「いいのかなぁ、」
白いレースの、ハイネックで、セパレートではあるが、煽情的では決してなく、夏のお嬢さん、といった雰囲気の水着を着たうさぎが、少々不安そうにきょろきょろとする。
「いいのよ、ママと私から、うさぎちゃんに誕生日プレゼントなんだから。」
それを見たのがうさぎでなければ、どこか得体の知れない笑みであると思ったかもしれない。けれどうさぎだったので、亜美ちゃんは大人だなぁ、と感心しただけだった。
亜美は、いつもと違って、水の中でばらけないようきつく三つ編みにされた、うさぎの長い髪が、持ち主の不安そうな動きにあわせて、ゆぅら、ゆぅら、と揺れるのを、にこにこして見ている。身につけているのは、うさぎと同デザインの、紺色の水着である。
高級スポーツクラブの会員証(もちろん月野うさぎ名義)、派手さはないけれどその辺の小娘にはとても手のでないブランドの水着、水を司るセーラーマーキュリーの水泳教室、水野亜美(と、その母親)から月野うさぎへ、今年の誕生日に贈られたもの。
「ずるいズルイずるーいっ!美奈子ちゃんだけなんてズ・ル・イ!!」
胸の前でこぶしを握り締めて、駄々っ子のようにいやいやをする月野うさぎの、長い髪がふわんふわんと揺れるたび、甘いお菓子のような匂いがする。
「なんで私がそんなこと、」
対する火野レイは、いつもの巫女装束に竹箒、凛とした佇まいは、うさぎが砂糖菓子だとして、こちらは造形も美しい、職人の手による和菓子と言ったところか。ばさ、と苛立ったようににかきあげられた長い黒髪は、ほのかな白檀の香りがする。
「ねっねっ、お願い、いーでしょっ?あたしの誕生日なんだからぁっ!」
彼女の言葉こそつれないが、誕生日、という言葉でぐらついているのを、おねだりの名手、月野うさぎは、ちゃーんとわかっていて、大きなおめめをうるうるさせて、泣き落としに入る。いつでもクールな孤高の美女は、実はこの、上目遣いに弱い。あと一押し。
「お願い、うさぎをT.A.女学院に連れてって、レイおねえさま!」
白皙の肌に映える赤い唇が、シュガーピンクの唇の動きをなぞって声も無く、おねえさま、と動き、それから、かああああ、と白皙のはずの肌は一転、りんごのほっぺになった。
軍神セーラーマーズ、陥落。
「ムーンパワー!お上品で清楚な、T.A.女学院の、じょがくせえ!に、なーれっ!!」
T.A.女学院に一日潜入権、学食でランチのおごり、それに付随した数々のスキンシップのサービス(「迷子になられたらこっちが迷惑よ」と手繋ぎ、「みっともないわね、ついてるわよ」ハンカチで頬のソースを拭いて、「どこが清楚でお上品な女学生なの」とタイを直して髪を撫で)、火野レイから月野うさぎへ、今年の誕生日に贈られたもの。
「まこちゃぁん、これは?」
ふわん、とフリルの裾がひるがえる。黒ウサギと白ウサギが散らされた柄の、リネンのエプロンは、フリルの部分にまでアイロンがかかって、美しい。けれど、身に着けている月野うさぎが、エプロンというものを着慣れていないせいか、少し身体から浮いているような印象である。
「ああ、錦糸卵にするから、ほそーく切るんだ。金色の、うさぎちゃんの髪みたいにね。ゆっくりでいいよ、」
菜ばしを片手に振り返った木野まことは、同デザイン同素材のフリルのエプロンでも威風堂々、裾さばきも鮮やかに、布の方で着ている人間の意思に従っているようにさえ見える。こちらは、グリーンの濃淡で描かれた、薔薇の模様である。
「ちらし寿司なんて、あたしに作れるのかなぁ?」
不安そうに、包丁を握りしめ、少し唇をかむようにする。寄った眉と、上目遣い。まことは、可愛いものが好きだ。
「うさぎちゃん、くちびる、かんじゃダメだよ。眉間も、シワついちゃう」
ガスの火を止めて、みんなよりも少し、大きくて、ごつごつして、でも優しい、少し荒れた指が、口元とおでこをそうっと撫でる。
「だぁーいじょうぶっ、すしめしはもうできたし、具だって、このまことさんがついてれば、間違いないっ!」
胸を張ってみせると、うさぎはやっとにっこり笑って、まこちゃんすごーいっ、と言いながら拍手をした。
「完成したら、衛さんにも、あげるんだろ?」
うさぎが持参した、かわいらしいお弁当箱を指差して、まことは、からかうように笑う。すると、うさぎは、あの、えーと、と言いながら、エプロンの裾をつまんで、もじもじとした。
「まもちゃんも、なんだけど、ち、ちびうさ、に……ち、違うのっ、あのねっ、アイツ、生意気にも、誕生日があたしと一緒なの!だから、食べさせてあげないことも、ない、んだ、けど……」
支離滅裂なうさぎの言葉を聞いて、まことは、うつむいたつむじのあたりをぽんぽんと撫でた。
「ちびうさちゃん、嬉しいね。じゃあ、ますますはりきって作らなくっちゃね。」
木野家にお泊り、手料理によるささやかな(これ以上もなく豪華な)晩餐、一緒にお風呂に入って、風呂上りにはとっときの薔薇水でお肌をお手入れ。翌日は、手作りのおそろいエプロン、身につけて、家事の達人、木野まことのお料理教室。木野まことから月野うさぎへ、今年の誕生日に贈られたもの。
「美奈子ちゃぁぁぁ〜んっ」
へろへろと呼び声が地に落ちる。梅雨の晴れ間、七月も間近なら、じっとりと絡みつくような暑さだ。もともと運動は苦手な月野うさぎのHPは、家から駅までの全力疾走で、もう既にゼロに近い。
「んもうっ、うさぎちゃんっ、こっちこっち、こっちようっ」
白いサンダルで、待ちきれないようにぴょんぴょん跳ねる動きに合わせて、愛野美奈子の肩で、お花のついたカゴバッグがわさわさと揺れる。大きく手を振って、きゃあきゃあと叫ぶ美少女二人を、駅から出てきたご婦人たちが微笑ましそうに見ながら去ってゆく。
「ま、ま、まにあった?大丈夫っ!?」
胸に手を当てて前に身体を折り、ぜえはあと息を整えるうさぎの首で、ホルターネックのキャミソールの、レースで出来た蝶々のリボンが、危うくほどけそうになっている。
「ギリギリセーフよっ、けどうさぎちゃん、ちょっとじっとしてっ」
ふわふわと髪を揺らして、あっちこっち、動き回るうさぎは可愛らしいのだけど、変に無防備なところがある。美奈子は、今の結び目よりも少しきつめに、大きな蝶々を作ってリボンを結びなおす。
「はい、おっけーよ」
「ありがとー。髪もぐしゃぐしゃー?」
「そんなことないわよ、大丈夫」
そう言いながらも、さらさらと、前髪や綺麗に編まれた後ろ髪を、指で整えてやる。
「今日はおだんごじゃないのね」
「だってぇ、前のコンサートのとき、後ろの席の人に当たっちゃって、怒られたんだもん」
指を伸ばされるまま、簡単に目を閉じてしまううさぎの、金色の長いまつげにそっと唇を寄せる。
「よっし、かんぺき!今日もかわいいうさぎちゃんっ」
「えっへへ、ありがとー!美奈子ちゃんもいつも可愛いよう!」
またまた、いやそんな、あなたこそ、なんて井戸端の奥様みたいな会話をしばし。鳴り響く発車ベルに悲鳴を上げた。
「きゃああ、デッドラインは次の電車よっ」
「あああ、あたし切符!きっぷぅ!」
再びきゃあきゃあと叫びながら、ホームへと階段を駆け上がる。うねった線路の向こう、構内へと向かってくる電車のライトが見え隠れする。
「よかったぁ」
「ほんと、まにあってよかったわっ。あ、うさぎちゃん、じゃーん!見て見て、これっ」
「きゃー何これ何これ、かっわいいいい!」
「愛野美奈子とっくせい!デコレーションペンライト!はい、うさぎちゃんにも、おそろいよっ」
「うそうそっ、くれるのっ!?やーん、うれしー……」
にぎやかなお喋りは途切れることなく、ぷしゅー、と音を立てた列車のドアの向こうに消えた。
アイドルのコンサートチケット、二人でそれに出陣、手作りのきらきらペンライト、親愛のこもったキス、愛野美奈子から月野うさぎへ、今年の誕生日に贈られたもの。
うさぎちゃんは総受け。それが宇宙の真理。
外部にたどり着く前に力尽きました……
2009年6月23日〜7月1日
(UP:2010年3月4日)
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