とん、かん、とん、かん、とん、かん、とん、

空には満月。
果てまで荒野。

厚い靴底に覆われている両足も、こんなひそやかな夜は左右違う音を隠さない。

とん、かん、とん、かん、とん、かん、とん、

「兄さん、」
「なんだ、アル」

ご機嫌だね、と言おうとして、兄さんの性格からすればそれはそのご機嫌を損ねることになりかねないと判断した僕は、月が綺麗だね、と言った。

「おう!いい月夜だ!」

とん、かん、とん、かん、とん、かん、とん、

視覚と聴覚。
僕と共有できる僅かな感覚が快を訴えるのが嬉しいのだろう、ということが僕にも嬉しい。

とん、かん、とん、かん、とん、かん、とん、

廃線になったらしい線路はみすぼらしく枯れかけた夏草に覆われて、それでも僕らの前に真っ直ぐ続いている。レールの上を跳ねるように進む兄さんの足音。生身と機械鎧と繰り返すリズム。

「何か、こんなカンジの歌なかったか?」

とん、かん、とん、かん、とん、かん、とん、

楽しそうに笑った兄さんが、あ、そうそう、と独りごつ。

 ら、り、ら、り、ら、り、らー

「コレだよ、コレ!」

まだテナーになりきれないアルトが夜露を震わせる。

 み、ん、なーで、き、こ、おー
 (とん、かん、とん、かん、とん、かん、とん、)

僕はがらんどうを響かせてボーイソプラノを重ねる。

 た、の、しーい、おるごおるー、を
 (きっ、きしょ、きっ、きしょ、きっ、きしょ、きっ、)
 ら、り、ら、り、ら、り、らー
 (とん、かん、とん、かん、とん、かん、とん、)
 し、ら、べーは、あまりりすー
 (きっ、きしょ、きっ、きしょ、きっ、きしょ、きっ、)

「いいぞ、アル!」

さすがはオレの弟!、とよくわからない感激の仕方をした兄さんがリズムにあわせてトランクを持った右腕を振り回す。と、軽い身体は遠心力につられ揺らいでレールの上から落ちそうになる。気をとられた足音はシンコペーティッド・クロック。それすら楽しいらしく、少し緩んだ三つ編みをぴょこぴょこさせて笑っている。

とん、かん、とん、かん、とん、かん、とん、

青く照らされた世界で眠れない、僕らは夢も見ない。

 ら、り、ら、り、ら、り、らー

同じところばかり繰り返して歌っている、月の下で踊り続けるオルゴールの人形の、螺子を巻いているのは誰なんだろうか。



2004年10月(加筆:2008年3月)