真っ直ぐ照りつける太陽の光に舗装されていない砂の道は白く反射し目に眩しい。道沿いの土手に伸びるままのいたどりは叩きつけるような真夏の陽光に頭を垂れ、むっとする青い匂いを漂わせている。空気そのものが白く発光しているような昼の12時前、たけにぐさの地味な花に群がる蜂の羽音がやけに大きく響いている。

 暑さに揺らめいているような空気の中を、黄色の通学帽をかぶった二つの小さな影が覚束ない足取りで歩いていた。半分ほどしか中身の入っていない赤いランドセルをかたかた鳴らして両手で大事に朝顔の鉢を抱えたみちこの十数歩後ろを、ぱんぱんに膨らんだ黒いランドセルを背負って絵の具箱を肩にかけ、片手で朝顔の鉢を抱え込んでピアニカのはみ出した手提げ袋を持った反対の手で傾かないよう支えながらゆうすけがよろよろと歩いている。

「ゆうちゃん、おそい」

 みちこが立ち止まって振り返る。

「…ゆうすけパワーアップスイッチオン!だだだだだだだだだだだだだだだだ」

 走り出したゆうすけだがみちこを追い越して数メートルですぐに力尽きた。

「あついーおもいー、しぬー」
「ゆうちゃんが今日までにもってかえらんからそんなにようぐがあるんじゃん」

 担任教師の忠告通り、今週中に少しずつ持って帰っていたみちこは朝顔の鉢を除いて身軽である。全くの正論でありそれを守って荷物の少ないみちこが目の前にいるのは何とも癪に障ることだ。

「うるさい、みちこのぶーす、みちみちうんこー」

 そう言って振り返った拍子、もとからきちんと填まっていなかった絵の具箱の留め金がはじけて中身が白い砂の上にぶちまけられた。プラスチックの筆、パレット、絵の具のチューブ、雑巾、そして他にもう入れる余地がなく無理やり詰め込まれていた絵の具とは関係ない雑多なものたちが道いっぱいに散らばってゆく。

「あ」

 思わず立ち尽くし、箱から飛び出した色鮮やかな画材を呆然と眺める。しかし見ていたところで事態に収拾がつくわけもない。ゆうすけは仕方なく朝顔の鉢と手提げ袋をその場に置くと、熱い道の上にしゃがみ込んで絵の具箱の中身を拾いはじめた。八つ当たりじみた悪口を言った直後の失態で格好悪くバツが悪い。

「あーあ」

 みちこはそう言ったきりしばらく突っ立って見ていたが、やがて呆れたように朝顔の鉢を置くと自分の足元まで転がってきていたクレヨンを拾いはじめた。こんなものまで入れていたら留め金も填まらなくて当然である。

 黄、緑、桃、青…、巻いてある紙はほとんど剥がされていて使い方も汚かったが、真夏の昼間の道にばらまかれた色が鮮やかに目に焼きつく。

 二人とも黙ったまま探しては拾い集めた。勢いあまって土手の草むらに入り込んでしまったものもあり、そのうちに頬を伝った汗がぽたりと落ちる。

「…………みっちゃん」

 ゆうすけがおずおずと口を開いた。

「今日ひるたべたらみっちゃんちあそびに行ってもいい?」
「今日はだめ。お宮さんで巫女舞いのれんしゅうせんならんから」

 すげなく断られはしたが、その理由が先ほどの暴言ではないことと、口調からあまり怒っている様子ではないことを察してほっとする。

「…おまつりなんか夏休みのあとじゃん。もうれんしゅうするの?」
「夏休みのあとだで夏休みにれんしゅうするんだがね」

 みちこは両手いっぱいに集めたクレヨンを白いトレーの入った箱に並べる。

「それに今日はなおちゃんが先生やるからさぼれん」
「中学のなおちゃん?なんで?」
「なおちゃん小学校の1年から6年まで巫女舞いやったじゃん。そんでうまいもんで」
「みっちゃんだってきょ年やったじゃん」
「もうおぼえとらんもん」

 神社の秋の祭礼で奉納される、本来は小学生の女子が四人一組で行う巫女舞いの人数も揃わなくなって久しい。去年は六年生のなおこと一年生のみちこという不恰好な組み合わせでも一応二人で対になることはできたが、なおこは中学生になってしまって今年からみちこが一人で舞う。

 十二色のクレヨンはすぐに箱に収まった。ふたに書いてある色の順にきちんと並んでいるところが優等生のみちこらしい。そのままふたをかぶせようとして、ふと砂埃で汚れた指がそのうちのひとつを摘み上げた。

「なんで赤だけこんなちっちゃいの?」
「こないだしょうぼう車かいた」
「ふーん。くちべにみたいなかたちになっとる」

 道の真ん中にしゃがみ込んだまま赤いクレヨンを目の前にかざし眺める。ゆうすけはその向かいから覗き込むようにした。

「みっちゃんことしも巫女舞いのときけしょうする?」
「そりゃ、するよ」

 巫女舞いをする子供は家である程度の支度を済ませてくるため、お神輿が集落内を廻り終わった頃に神社へやってきて社務所で巫女装束を着付ける。去年、小学生になったため初めて法被を着て神輿と一緒に練り歩いたゆうすけは、既に支度が終わった着物姿のみちこが神輿にご祝儀を渡すために母親と一緒に家の前に立っているのを見た。

 白く塗られた顔に、真っ赤なくちびる。舞いの時に冠を載せるため髪は束ねられ前髪はゆるく分けて横に流されている。うぶげのような後れ毛が小さな額でそよいでいた。

 ゆうすけは何だかろくに顔を見ることもできずに足早に通り過ぎた。この時期だけの、しかも役目と言えば舞いを舞ってお神酒に浸した榊の小枝を参列者に向かって振るだけの小学生巫女でも、朝から今までしたこともない化粧をされて着物を着付けられると、みちこも自覚しないまま何だか本当に神に仕える娘のような振る舞いになってしまう。祭礼が始まってしまえば巫女舞いの奉納の間は参列者は筵に正座して頭を下げていなくてはならないし、結局ゆうすけがまともに見たのは朝まだ普通の着物だった目を逸らす前の一瞬と、儀式で巫女の正装を身に付けて本殿に上がるため神主について歩く後姿だ。

「けしょう、かおがきもちわるくなるからきらい。」

 みちこが言った。手の中のクレヨンをじっと見ている。ゆうすけもそこへ視線を落とし、出かける前に母親が鏡の前で取り出しているものと色も形もそっくりなそれを見た。

「くちべにとクレヨンてちがうのかな?」
「ぜんぜんちがうよ」
「えー、だってそっくりじゃん」

「…じゃあゆうちゃんにぬってやる!」

 突然みちこに飛び掛られてゆうすけは尻餅をついた。やめろとも、何するとも、言えないうちに押さえつけられて口にクレヨンが当てられる。独特の油くさい臭いがして眉をしかめた。見えるはずもないのに自分のくちびるを見ようと寄り目になるゆうすけが可笑しいのか、興奮したみちこがきゃあと笑った。

「くちびるのかわが1まいふえたかんじがする」
「けしょうってそんなかんじ。きもちわるい」
「じゃあやっぱりくちべにとクレヨン同じじゃん」

 赤く染まったくちびるを尖らせて、ゆうすけはみちこの手から指をこじ開けてクレヨンをもぎ取った。いたいいたいと言いながらみちこはまだ笑っている。みっちゃんにもぬってやる!と言うゆうすけもやっぱり笑っている。今度はゆうすけがみちこに飛び掛ると押さえつけて、暑さや興奮で真っ赤に色づいているくちびるにクレヨンを塗りつけた。

「くさいくさい」
「クレヨンくさい」
「とれるかな?」
「せっけんであらったらとれるんじゃん?」
「とれなかったらどうしよう」
「ゆうちゃんにあっとるよ」

 ゆうすけが思わずこぶしを振り上げる動作をすると、みちこはだってにあっとるもん、と避けながら笑う。そしてよれよれになったハンカチをポケットから取り出すとぺっと唾を吐きかけて濡らし、ぐいぐいとゆうすけの口元を拭った。かなり痛かったが「ぐー」とか「むー」とか言うことしかできない。みちこの唾液の匂いがする。

 首が揺れるほど強く拭われながらゆうすけは白いTシャツの裾を掴むと無理やりたくし上げてみちこの口を仕返しのように強引にこすった。可笑しくて仕方なくて、みちこもゆうすけもすぐに手を離して笑い出してしまった。前髪が額に張り付くほど汗だくだ。

「これみっちゃんにあげる」
「じゃあ、もらう。」

 赤いクレヨンをハンカチと一緒にポケットに入れたみちこが立ち上がると膝小僧に食い込んでいた砂礫がぱらぱらと落ちる。ぱちん、と絵の具箱の留め金がかかる音がした。

「もう、はよかえろ。おなかへった」
「うん」
「ゆうちゃん明日はうちこれる?」
「じゃあ明日のごごみっちゃんちいく」
「うん。おひるたべたらすぐおいでんよ」
「こないだのゲームもってく」

 並んだちいさな二つの影が、逃げ水の向こうに消えた。






04/05/13
「文字書きさんに100のお題」1:クレヨン