【パラレルお題作ったー】より
「伊佐華で病院パロでR18な作品を9時間以内に9RTされたら書(描)きましょう。」

※どうせパラレルならとことんパラレル、と思ってファンタジー風味にしてみたらやりすぎました。これを伊佐華でやる必要はあるのか、という感じになりました。お心の広い方のみの閲覧を推奨いたします。申し訳ないです。






 街のはずれには国境まで続く広い広い森がありました。

 昔には、その森を抜けて隣国からたくさんの兵隊が攻めてきたことがありました。また、森の奥には恐ろしいけものがたくさん住んでいて、人間が迷い込めばひとたまりもない、と言われていました。ですから、街の人たちは皆、森は恐ろしいもの、とてもとても恐ろしいものと思って、近づこうとはしませんでした。自分から森に近づくような人間は、人嫌いの偏屈者か、日の当たるところに出てこられない罪人か、と言われていたのです。

 街から森へと続く、牧場を抜ける赤土の道を、一人の男が歩いて行きました。男、といっても、多分そうだろう、というだけのことで、夏だというのに足元まで隠れる真っ黒い外套を着込み、フードは目深に被って、すれ違う牧童が不審な様子に怪しみながら挨拶しても、返事もせず、一言も口をききませんでした。ただ、外套の高い襟をぐっと口元へ引き寄せた右手だけがちらりと袖からのぞき、その指にはびっしり、装飾品がつけられていましたから、街で一仕事終えて逃げてきた盗人なのではないか、と牧童は慌てて逃げ帰って、全部の家畜を小屋へ入れると、自分も家の中に入ってしっかりかんぬきを掛けました。

 牧草地は途切れて、次第に背の高い潅木が増えてきました。この辺りに住む人たちが薪を取ったり茸を採ったり、森のごく浅いところへ入る獣道はいくつもありました。その中にひとつ、他よりもたくさんの人が通ったような、何度も何度も使われているような、少ししっかりした道がありました。男はその道を辿り森の中へと入っていきました。

 大きな木が茂り、夕暮れ前でも薄暗く、空気は湿っていました。男の足で半時間も歩いてはいないくらいでしょうか、獣道の向こうから、煮炊きの匂いが漂ってきました。少しだけフードを上げて上を見れば、空を覆う照葉樹の梢を抜けて、細く煙が上がっているのが見えました。男は再びフードをしっかり引き下げると、煙に向かって足を速めました。

 人一人が通るのにやっとの獣道は、そこから先、進めば進むほど幅が広くなりました。毎日踏み歩いているものがあるということでした。すぐに、小さな家が見えてきました。どうやら、木こりの物置小屋に手を加えただけのようで、あらかじめそこに人が住んでいると聞いていなければ、家だとは思えないような粗末な普請でした。小屋の扉は開けっ放しで、そこからふんふんと機嫌の良さそうな女の鼻歌が聞こえました。

 小屋の周辺は少し木を伐って庭のようになっていて、青い花が咲いていました。裏手には小さな畑も見えました。餌付けをしているらしく、土の上では色とりどりの小鳥が集まって何かを啄ばんでいましたが、男が無遠慮に近寄っていくと小鳥達は警戒して、わっと一斉に逃げました。鼻歌が止みました。

「誰?」

 訝しげな様子を隠しもせず、小屋の中から女が出てきました。いいえ、女と言うには幼い、少女が出てきました。ここに住んでいる人間のことを聞いていた男は、予想とは違うその姿に少しだけ驚きましたが、態度には全く表わしませんでした。そろそろ着飾って男の歓心を引くことに興味を持ち始める年齢のように見えましたけれど、丈夫さだけを追求したような半袖のシャツに、厚手の生地のごわごわした膝までのズボンを穿いて、足元はブーツに覆われていました。腰には蔦の蔓を編んだものをベルトのように巻いて、そこに色々な道具をつるしていました。肩につくかつかないかというさらさらした黒髪と、可愛らしい顔立ち、幼い様子には似合わないようにも見える体型がなければ、農村のガキ大将でも通ったでしょう。

「お前が医者か、」

 フードの下で男がようやく口を開きました。洞窟の奥から聞こえるような不気味な響きを持った声でした。

「……医者?人違いよ」
「いいや確かに聞いた、青い花の咲いている森の小屋に住んでる女が、治したと……医者じゃないなら、魔女か、」

 魔女、という単語を聞いたとき、少女ははっきりと怯えた様子を見せました。けれどすぐに、もとの気の強そうな表情に戻りました。子供のような女でしたが、肝は据わっているようでした。

「ずいぶん不躾ね、聞いたって、誰に」

 男の気配に驚いて一度は飛び去った小鳥達が、ぱたぱたと舞い戻り、小屋の屋根にとまりました。先ほどは姿の見えなかった、鴉などの少し大きな鳥も集まってきました。するすると絹の布地を滑らせるような音がして、良く見てみれば、小屋の周りにはたくさんの蛇も来ていました。まるで少女を見守っているようでした。蛇の姿があっても小鳥達は怯えることもなく、不思議な光景でした。

 鳥達は鋭いくちばしと目を光らせ、蛇達はちろちろと舌を出しながらゆっくりと鎌首をもたげました。男は威嚇されながら、やっぱり聞いた話は本当だった、と思いました。

「二足歩行する熊が、」

 そう切り出すと、少女ははっと目を見開きました。それだけで、男が情報に間違いはないと確信するには十分でした。

「志久万さんに会ったの、」
「そんな名前だったか、右の上半身と顔だけ人間の熊が、お前が仲間を治療して、熊の顔を人間に戻したと言っていた」

 男の言葉に、少女はしばらく黙ってから、ため息をつきました。

「……それは誤解だわ、仲間、そうね、異国の動物を連れていたから見せてもらって、ついでに簡単な怪我の手当てをしただけよ。志久万さんの顔が人間に戻ったのは、偶然。私は医者でもないし、もちろん呪いを操る魔女でもない」
「あの熊は、お前がいなけりゃ呪いは解けなかったと言った、」

 なお食い下がる男の言葉に、少女は少し苛立ったようにがりりとこめかみを掻いて、大きく息を吐きました。それからじっとまっすぐに男の方を見ました。瞳は濃い色で、澄んでいました。

「あなたも、呪われてるのね、……肉食?でも、陸じゃない、潮の匂いがするわ、海の動ぶ」
「俺は、人間だ!」

 言葉をさえぎって、男は少女に掴みかかりました。少女は悲鳴を上げませんでした。男が深く被っていたフードがはらりと後ろへ落ちて、隠れていた頭がむき出しになりました。少女は肩を強く掴まれた痛みを隠したまま、大きな目を開いて、じっと見ました。はあ、はあ、と男の荒い息だけが聞こえました。

 少女も本当は、心の中では怯えていました。驚いていました。けれど、目の前の男の、異形の顔をよく見るということが、その二つの感情を凌駕したのでした。

 男は確かに人間でした……頭の半分を除いては。血色の悪い、濃い隈はあるけれど、間違いなく人間の右側の頭、鼻筋を中心に少し左へずれて、そこからはぺったりとした体毛のない、皺を刻んだ濃い褐色の皮膚に覆われていました。口は裂けたように大きく、下顎だけに鋭い歯があり、目はらんらんと飛び出すように大きく、夜の闇の中の狼のように金色でした。そして額のあたりには、ぽっかりと、少女の握り拳が入ってしまいそうなほどの穴が開いていて、そこからしゅうしゅうと僅かな音とともに呼気が出入りしていました。遠い海の潮の匂いと、肉食動物特有の酷い匂いがしました。

 肩を掴んだ両手は、右手は、痩せてはいても人間の、男の手で、鈍く光る指輪を指一杯につけていました。けれど左手は、頭の左半分と同じように、ぺったりとした、体毛のない、皺を刻んだ濃い褐色の皮膚に覆われていました。

 少女はこの男を、二重の意味で知っていました。

「病気で臥せっているはずじゃあなかったの、王子様、」
「……俺の顔を知っていたのか、貴様、ただの田舎の野蛮な小娘かと思えば、何者だ?」

 もう随分前に、この国の王子様は病気で寝たきりだと、王様は発表していました。そもそも、王子様はあまり公の場所に顔を見せたことはありませんでした。ワガママだからと言うのが陰の噂でしたが、病気だという発表の後には、病弱だったからだ、ということに国民の間では落ち着いていました。そんな王子様の顔を直接見たことある人間は、王都の住民でもごく僅かです。絵姿はもちろん出回っていますが、かなり美化したもので、本人とは似ても似つきません。

「その呪い……以前港に上がったのを見たことがあるわ、くじ」
「黙れ!」

 ワガママだという城下の噂はあながち間違いでもなかったようです。男、この国の王子にかかった呪いの正体を、いくつかの特徴からすぐに特定した少女が口にしようとすると、王子はそれを遮って怒鳴りました。感情に合わせるようにぶわりと外套が膨らみ、巨大な影になって、庭に咲き乱れる青い花をなぎ倒しました。尾鰭の形をしていました。高く振り上げられたそれが、少女の上に下ろされようとした瞬間に、森の木陰から目にも留まらぬ速さで駆け寄った白い影が、少女を突き飛ばして、拳で尾鰭を止めました。

「蒼井華に、何するんじゃ」

 森で暮らす少女、華と、海の大きな生き物、鯨に呪われた王子様の間に割って入ったのは、二足歩行で、人間の言葉を喋る、大きな兎でした。けれど注意深く見てみると、鯨の尾鰭を止めている腕の手首から先は、人間のものでした。

「園長!出てくるなんて、」
「ウワバミが呼びに来た、こいつ何じゃ、人間か!?」

 園長と呼ばれた大きな兎はファイティングポーズで、少女、華の返答次第では、今夜のメニューを鯨汁にする気まんまんのようでした。華は、やっぱり、王子様が言うような医者でも、魔女でもありませんでしたから、大きな尾鰭にぶたれなかったのはとても助かりましたが、いくらワガママでも、呪われていても、この国の王子様に危害を加えては大問題だ、と青ざめました。

「に、人間よ!ありがとう園長、私なら大丈夫、この人はお客さんで、」

 押し潰された薬草の畑の中に倒れていた華は、何とか起き上がって、喋る兎にすがりつきました。

「こいつは驚いたな、熊の次は兎か、呪われた人間てのはいったい何人いるんだ?」

 王子様は、兎も、自分自身も、そして志久万という熊に呪われた人間も、すべて嘲るように薄く笑いながら言いました。ぶんと一振りで兎の手から尾鰭を取り戻して、それはするすると外套の形に戻りました。それからふと、人間の方の顔の、眉毛を跳ね上げました。

「貴様、椎名か」
「何でワシを知っとるんじゃ、」

 華は片手でぱちんと顔を覆って、天を仰いでため息をつきました。森の奥から飛び出してきた、華が「園長」と呼んだ、兎に呪われた人間、椎名という名のこの男もまた、王子様でした。ただし、森の向こう、隣の国の。この国と、隣の国の王様の仲は、あまり良くはありませんでした。

「……園長ってもしかして、人の顔覚えるの苦手なの?」

 独り言のようにぼやいた華の足元で、大きな緑の蛇が相づちを打つようににょろにょろと動きました。国交はありますから、きっと王族で食事会などもあったでしょう。今は鯨の王子様と、今は兎の王子様は、きっと呪われる前に面識があったに違いありません。しかし、鯨の王子様は相手が兎の顔をしていても正体が分かったようですが、園長、兎の王子様は、半分は呪いが解けている顔を見ても正体が分からないようでした。そもそも、この国の王子と会ったこと自体、覚えていないのかもしれませんでした。

 鯨に呪われた、この国の王子様は、伊佐奈という名でした。伊佐奈は、椎名がそんな男だと知っていたのでしょう、自分のことが分からなくても特に気にした素振りも見せず、ふん、と鼻を鳴らしました。そして大きな鯨の尾鰭を受け止めた、椎名の手を見ました。

「その手、この小娘が呪いを解いたのか?」
「違、」
「そうじゃ!」

 華の否定する声と、椎名の肯定の声が被って、大きな椎名の声ばかりがよく聞こえました。伊佐奈王子様は、ぎろりと華を睨みました。呪いを解く力を出し惜しみするのか、と言わんばかりでした。華はため息をつきながら、ゆるく首を左右に振りました。

「蒼井、とか言ったか、俺の呪いも解いてもらおう」
「だから、違うんだったら!」

 癇癪を起こしたような甲高い少女の悲鳴が上がっても、さすがワガママ王子様というべきでしょうか、呪われた鯨男は全く気にした様子もなく、ふんぞり返っていました。伊佐奈は、華が今までに会った、呪われた人間の中で、一番人間に近づいた姿をしていましたから、そんなに必死にならなくとも、すぐにもとの姿に戻れるのじゃないか、と華は考えました。がりがり、とぼさぼさになった頭をかきむしりました。

 椎名は、呪いにかかったとき、国の民から愛され、善政を布く、よき王となるための修行を重ねれば、呪いは解ける、という声がした、と華に言っていました。

「……王子様は、」
「その呼び方はやめろ」

 華が口を開いた途端、呼びかけられた伊佐奈の方はぴしゃりと遮りました。華はむっとしましたが、伊佐奈もむっとしていました。

「わけがわからない、」
「王子にはふさわしくないとかいうふざけた呪いにかかったことを、バカにしてんのか」
「……お、あ、あなたも、呪いの解き方は知っているんじゃない。別に私に何かさせなくたって、その姿、あと少しでしょ?」

 華と伊佐奈は、じっとりと、お互い半眼で睨み合いました。腹の探りあいでした。二人の横では椎名がもう飽きた様子で、森の奥の動物の気配にきょろきょろしていました。

「……呪われてから、城の奥に水を張った部屋を作らせて、隣の部屋に教師を呼んで、政治に必要なありったけの知識を学んだ。でも、ここから先が、どうしても戻らない」

 この国の王子、伊佐奈は、性格には難がありそうでしたが、話を聞けばなんだか生真面目な男でした。楽しいことしかしない主義という椎名、万事投げやりだった志久万、華の知っている三人の呪われた人間の中で、一番呪いの解けた姿をしているのも、どこか納得できる気がしました。

 椎名は森の中へ走り去ってしまいました。薄闇の森の中でも光る金色の、大きな鯨の目が、その後ろ姿をじっと見ました。

「椎名は、どんな「修行」をしてんだ」

 華はぐっと詰まりました。椎名がこの国境の森でどんな生活をしているのか、おおよそのことを知っていましたが、伊佐奈のように勉強しているところは見たことがありませんでした。

「ど、動物園を、」
「はあ?」

 華が椎名を園長と呼んでいるのは、まさかこの国で、お忍びの隣国の王子様を堂々と王子様と呼ぶわけにも行かない、という理由ももちろんありましたが、椎名はこの森で動物を集めて動物園を開こうとしていて、それで「園長と呼べ」ときつく言われていたのでした。

「く、国の民に愛される、っていうのを、実地で学ぼうとしてるんだと、お、思うわ、たぶん、」

 華は視線を泳がせ、伊佐奈はため息をつきました。

「それでお前は、ここで隣の国の王子をかくまって、呪いを解いて、俺の顔を知っていて、それで俺の呪いは解けないと言うのか。スパイか何かか?」

 伊佐奈の黒く長い外套の下で、ちゃき、と金属が触れあう音がしました。華の返答次第では、剣を抜こうと言うのでしょうか。

「ちょっと、酷い誤解もあったものね、私のどこがスパイに見えるっていうの」
「スパイがスパイに見えたらスパイ失格だろ、」

 それは確かに、と納得しかけた華は、慌てて首をぶんぶんと左右に振りました。華は少し、おっちょこちょいなところがありました。

「説明を聞いてもらえると嬉しいけど」
「いいだろう」

 華の話はこうでした。






あと2話ほど続きます
2012年1月4日