11月11日、本日、ポッキーの日。

 放課後、応接室の扉を叩く綱吉は、緑の箱のメンズポッキーを制服の内側にこっそり隠している。ここの主は、まだ付き合い始めの綱吉の恋人であるからして、それはもう浮かれている。きっと雲雀は知らないだろうから、「今日はポッキーの日なんですよ!」と教えてあげて、由来も説明してあげて、それでこのメンズポッキーでお茶するのだ。もしかして、ポッキーゲームなんかしちゃったりなんかして。して。キャー!今日のオレってだいたーん!

 みたいな気持ちでノックしたわけなのだが。

「やあ、待ってたよ」

 入室した綱吉を、珍しく立ち上がって出迎えた雲雀は、にこにこ笑顔で、がらん、と床に積み上げられた何かを手に取った。何かとは、

「て、鉄パイプ、……!?」

 何故こんなところにこんなものが。いや確かに、鉄パイプといえばヤンキーの定番、直系4cmほどの、握りごろなそれは、長さも1mほどにカットされ、得物には適したサイズである。不良の頂点に立つ風紀委員長が手にしていても、おかしくないのかもしれないが、いやしかし。

「どうしたの、早く君も取りなよ。もう行くよ」

 困惑する綱吉をおいてけぼりに、わくわくした雲雀は鉄パイプを手に、殺る気まんまんである。

「ちょ、ちょっと待ってください雲雀さん、い、行くって、どこへ?何しに!?」

 話が見えないんですが、と眉を八の字にした綱吉が追い縋ると、雲雀はむっと片眉を上げた。

「何って、……今日はポッキーの日じゃないか。こういうのは、君の方が詳しいかと思ってたけど、」
「確かに、今日は11月11日でポッキーの日ですけど!それと鉄パイプと何の関係が、」

 全く意味がわからない。

「だから、ポッキーの日だから、今日は、この鉄パイプで、立ちはだかる群れを次から次へと咬み殺して、この素晴らしい鉄パイプが、あたかもチョコを塗りつけたポッキーのように、血に染ま」
「そんなイベントが販促になるとかどんな菓子ですかポッキー!!」

 綱吉は、雲雀に最後まで言わせずに、全力でツッコミを入れた。キレのある裏拳が、華麗に空を切った。雲雀は、話を遮った綱吉に怒りもせず、どう販促になるのか説明してくれる。

「群れをたくさん咬み殺したら、お腹が空くじゃない。」
「そんな禍々しいポッキータイム、嫌……!」

 両手で顔を覆って泣く。制服の内側でメンズポッキーがかさこそと音を立てる。

「さあ、沢田も鉄パイプ持って、一緒につぶつぶいちごポッキーを作りに行こう。」
「つぶいらない!いらないですから!」

 応接室の床には、工事現場もかくやという量の鉄パイプが転がっている。それらが皆、血に染まったところを想像して、綱吉は青ざめた。怖ろしい。絶対、死人が出る。

「……沢田、ポッキー、好きでしょ?」

 鉄パイプを握って、上目遣いの雲雀は、さびしそうな声を出す。

「そ、そんな風に首かしげて、可愛い顔で訊いたら、何にでもオレが頷くと思ったら、大間違いですからね!!」

 一気に顔を赤くした綱吉が、雲雀に指を突きつけて宣言すると、雲雀の様子が一変した。頬を紅潮させて、怒り、というか、かんしゃくを爆発させる寸前のような顔になる。びゅ、と鉄パイプを振られて、ヒィ、と綱吉は縮み上がった。

「だけど君、いつだって、僕が何か言えば頷くことしかしないじゃない!ほんとにそう思ってるの!?僕が怖いから、ただ流されてるだけなんじゃないの!?」

 湯気を出しそうな雲雀に言われ、綱吉は、え?とここ最近、雲雀に問われて頷いたことを、順に思い返してみた。すなわち、

 飲み物は紅茶でいい?―はい。僕のこと、好き?―はい。僕たち、付き合おうか。―はい。手を繋いで帰ろう。―はい。ねえ、キスしていい?―はい。

「……そんなの、頷く以外に返事なんてないから、頷いてるのに決まってるじゃないですか!!」

 憤懣やるかたない、と言った風の叫びにも、雲雀は疑わしそうである。確かに、押せ押せの雲雀に頷くだけで、自分から思いを伝えることを怠りがちであったことは否定しない。けれど、いくらなんでも、好きでもない人と、流されただけでキスしたりはしない。

「じゃあ訊きますけど!」

 綱吉は、緑の箱のメンズポッキーを取り出した。雲雀と食べようと思って、昼休みにも開けず、獄寺と山本には内緒にして持っていたのだ。ぺりぺりと箱を開ける。

「今日、ポッキーの日ですね、」
「……うん、」
「オレはポッキー好きですけど、雲雀さんはポッキー好きですか?」
「、うん」

 中の小袋を取り出して開封し、一本手に持った。

「じゃあ、このメンズポッキー、一緒に食べましょう、」

 チョコのかかっていないところを唇にくわえて、足元に転がる鉄パイプを避けながら、雲雀に近づく。胸がどきどきする。顔が赤くなる。あと一歩、というところで緊張のあまり鉄パイプを踏んでしまい、思い切り滑った綱吉は、雲雀に抱きとめられた。何やってるの、と呆れたように言う雲雀のほうを向く。ポッキーは無事である。綱吉は、ええい男は度胸、と胸のうちで呟いてから、雲雀の両肩に、ひた、と両手を置き、目を閉じて、ん、と唇、そこにくわえられたポッキーを、雲雀に向かって突き出した。

「…………うん。」

 ぽり、と先端に、歯が立てられたのが感触でわかる。綱吉も、チョコがかかっていないところから、中央へ向かって少しずつ食べ進む。まだ、まだ、と一口ずつ進んで、とうとう、唇が出会った。

 たった一本のメンズポッキーを食べるのに、何故か5分ほど時間がかかって、へろへろになった綱吉は、雲雀の胸にすがりつきながら、さらに訊いた。

「オレ、雲雀さんが、……す、好き、です。雲雀さんは、オレのこと、……す、……す、すっ、……す、好き、ですか?」
「うん、」
「……ひ、雲雀さん、だって、逆の立場になったら、やっぱり、頷いてばっかりじゃないですか。」
「うん、」
「こんな手の込んだことしないで、普通に、怒ったり訊いたりすればいいじゃないですか。」
「うん。……だけど、だって、それで君に、僕が怖いから言うこと聞いてたって言われたら、悲しくてやりきれない、」
「……オレは、怖いからって、嫌なことに頷いたりしません。」
「うん、……うん。よくわかった」
「でも、ちゃんとオレからも言わなくて、いままでごめんなさい。」
「うん。」

 そんなわけで、初めての喧嘩を十分も経たずに終わらせた二人は、あとは鉄パイプの散らかった床で、開けたばかりのポッキーが全部なくなるまで、一緒に食べたのだった。あなたもわたしもポッキー。



11月11日はポッキーの日!
思いついたのが当日なのでちょっといろいろとあれですが、
せっかくの季節ものなのでUPしてしまいました。
2009年11月11日