別に、365日24時間、片時も離れずにそばにいたいだなんて、思っているわけではないのだけれど。
もうすぐ黄金週間を迎えようかという頃で、雲雀は浮ついた校内の雰囲気に眉をひそめ、休み前の日程に取締り強化週間でも組み込もうか、などと思案しながら廊下を歩いている。中庭に面した一階の長い廊下で、窓の外には黄色い小鳥が、雲雀の歩調に合わせてふらふらと宙を舞っている。
休み時間で、短い自由時間を謳歌しようとそこここに生徒たちがいたが、雲雀の姿を認めると、あっという間に散っていった。誰も連休前に怪我などしたくないのだ。週番によってきちんと、真ん中寄せで開け放たれた窓から、さっと風が吹いてきて、学ランの裾を揺らす。雲雀は、ふむ、とあごに手をあてる。群れていた草食動物はそれぞれ別れて教室へ戻ってゆき、戻りそびれたらしい者たちも、一人ひとり沈黙を保って休み時間を過ごしている。秩序ある廊下だ。一瞬で静まり返った廊下の真ん中を、堂々と歩く。
ところが、その進路をふさぐものがいた。どこの命知らずかと、緊張が走る。
「雲雀さん、やっとみつけた!」
その命知らずの愚か者は、ひたひたと、走らぬように早歩きで、それでもこらえられないように小走りで、ふわんふわんと茶色の頭を揺らしながらやってくる。雲雀の前に立つ。雲雀の前から去るならともかく、風紀委員でもない一般の生徒が、雲雀を見て駆け寄ってくるなんて!しかし現れた男子生徒を見て、居合わせた者のうち五分の一くらいは、ああ、と納得した。誰もが知っている、というわけではないが、ダメツナこと2−Aの沢田綱吉が、風紀委員長の雲雀恭弥と、実は親しいと、ひそかに囁かれている。
「……沢田、廊下を走ったらいけないよ。」
たしなめる雲雀の顔はとんでもなく甘いし、
「走ってないです!早歩きです!」
子供のように言い訳する沢田も、甘ったれた口調で、それを隠そうなどと、ちっとも思っていない様子だ。
「へりくつ、」
あまたの不良たちをのしてきた、大きな手が、その指が、ふくふくした沢田の頬を、つん、とつつく。つまるところ、雲雀恭弥と沢田綱吉の二人は、いわゆる、お付き合い、をしているのだけれども、さらにそれを隠してもいないのだけれども、そんなことを積極的に信じたがる者なんて、そうそういないものだから、いつまでも「五分の一くらい」の噂でとどまっているのだった。……ちなみに、積極的に信じたがる者も、少数だが存在する。生徒会と風紀委員の目をかいくぐって、非公式に極少部数、出回っている校内ゴシップ誌(編集長は女生徒ともっぱらの噂)では、この二人の恋の行方は定期的に特集が組まれる人気の話題だ。
「今日、三回も応接室に行ったのに、雲雀さん、居ないんですもん。」
獄寺くんを撒くのが大変でした、さらっとひどいことを言いながら、慌てていたのがわかる上気した頬で、会えてよかったです、とにっこり微笑む。
「何か用?」
言葉だけ聞いたらひどく冷たいように思えるが、雲雀の右手はトンファーを握るのではなく、沢田綱吉の頭をぽふぽふと撫でているのだから、最初はちらちらと様子を伺っていた生徒たちも、今はもう悪いものでも食べたような顔で、目をそらしている。
「あのですね……」
沢田は、勢い込んでやって来た割には、そう言ったきりもじもじしてしまう。意味もなく両の手のひらを合わせてみたり、指を組み合わせたりして、上目遣いに頬を染める様子は、男子生徒に言うセリフではないが、愛らしい。むしろ、愛くるしい。
「何?言ってごらん」
短気なはずの風紀委員長は、そんな沢田の態度に慣れているようで、優しく続きを促したりしている。こんな甘ったるい会話を是非もなく聞かされるはめになった、偶然この場に居合わせてしまった生徒たちにしてみれば、驚きを通り越して、もういっそ気持ち悪い。しかし当の沢田はそれに勇気を得たのか、くっとあごを上げ、その大きな目で雲雀を見た。
「あのっ、もうすぐ、雲雀さんの誕生日ですよねっ」
「うん、そういえば、そうだね。」
あの雲雀恭弥にも誕生日があったのか、するとやっぱり彼も人の子なのか、などと、廊下にはさざなみのように動揺が広がってゆく。
「それで、オレ、いろいろ考えたんですけど、何も」
「じゅうだいめええええええええええええええ!!」
まさか、沢田綱吉は、雲雀恭弥のお誕生日をお祝いする、などという恐ろしいことを考えているのではあるまいか、固唾を呑んだ聴衆の好奇心はしかし、満たされることはなかった。
「次は体育ですよ早くお着替えにならないと!」
電光石火とはこのことだった。その名の通り、はやてのように現れた獄寺隼人が、沢田綱吉の二の腕に自分の腕をぎゅうっと絡めると、そのまま連れ去ってしまった。もともとぼんやりしているところのある沢田は、え?え?、と疑問符を飛ばしているうちに、あっという間、雲雀から遠ざかってしまう。ずいぶんと遠くへ行ってから、廊下の角を曲がる前に、獄寺隼人が振り返って、ニヤ、と笑ったのを、雲雀だけが見た。雲雀は、二人を追いかけることはせず、再びあごに手を当てた。
「……ふん、」
ウェストミンスターのチャイムが鳴る。固まっていた生徒たちが散ってゆく。雲雀が思うに、たぶん獄寺隼人は、沢田綱吉に母親を重ねて見ている……自覚しているかどうかは知らないが。雲雀と、沢田が、互いに想い合っている、とわかっていて、それが面白くなくて、でも沢田には嫌われたくなくて、こんな風に他愛もない(そう、実際、沢田の次の授業が体育なのも、時間がギリギリなのも、本当なのだから、他愛もない、としか言い様がない)妨害をしてくるのだった。雲雀なりに、理解はしている。
「次に見かけたら、出会いがしらに殺す。」
だからといって、ムカつかないか、と言われれば、それはまた別問題だ。
随分遅くなりましたけれども雲雀さんのお誕生日をお祝いします。
2009年5月28日
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