雲雀が目を覚ましたとき、沢田はまだ寝ていた。ぱち、と目を開けると、焦点が合わないくらい近くに、沢田の寝顔があったので、雲雀はとても良い気分だった。額と額がくっついていて、ぱんつしか穿いてない脚が絡み合っている。指を重ねて繋いだ手は、離されずそのままで、少し痺れていた。今誰かに襲撃されたら、右手はうまくトンファーを扱えるかあやしい。沢田も、左手の炎がちゃんと使えるのかどうか、と思った。恋人と手を繋いで眠っていて、手が痺れたので戦えないマフィア、そんな想像をして、雲雀は唇から息を漏らすだけの笑いをこぼした。堕落しているが、悪くないと思う。実際には、たとえ片手しか使えなくても、雲雀と沢田が揃っていて、勝てない相手はそういないが。

 今何時くらいだろうか、と雲雀は考えた。雲雀は、沢田の寝顔を誰にも邪魔されず見ているだけでも、じゅうぶん楽しいのだが、沢田が寝る前にあれだけ、眠るのがもったいないとぐずっていたので、適当な時間になっても起きないようなら、起こしてやらないと後で怒られるだろう。壁の隅の、上のほう、多分、換気のためだけについている小さなすりガラスの窓は、鈍いグレーの空気を透かしている。気配を探る。街は静かだ。明け方くらいか、と判断して、雲雀は沢田をまだ起こさずに、その寝顔を観察した。

 沢田は頬をピンクにして、すうすうとよく眠っている。眠る前に性欲を大いに発散させたせいか、肌はつやつや、すべすべとしていて、色の薄いうぶ毛が生えた様は、もうじき旬となる桃を連想させる。まぶたのところは皮膚が薄く、静脈を透かしていて、肌は白い。閉じられた瞳を守るまつ毛は、茶色よりも光を集めて、金色だ。その目が開かれたときに、大きく潤んだ色素の薄い瞳が、どれほどまっすぐに人を射抜くか、雲雀はよく知っている。

 恋人の贔屓目でなく、客観的に、沢田の顔は良い部類に入ると思う。しかし、沢田に対する校内の評価は、相変わらず、冴えないダメツナ、だ。校内の風紀を取り締まっている雲雀は、たいがいの女子中学生という生き物が、むさ苦しいのが嫌いで、可愛らしいものが好きだ、ということをよく知っている。失敗ばかりな所だって、母性本能をくすぐると言い換えられないこともないし、爆発した茶色の髪も、そういう意味では愛嬌だ。確かに、勉強も運動も並以下かもしれないが、沢田はわけへだてなく優しいし(それはいつも雲雀の嫉妬の種である)、顔だけで人気を集めている男子生徒なら何人もいる。別に、沢田がもててほしいわけではないのだが、なぜ彼が女子生徒に騒がれることなく、埋もれているのか、雲雀はいつも不思議に思うのだ。

 首をひねっている雲雀は知らないことだが、沢田は最近、一部の女子生徒から支持を集めている。ただ、沢田に関心がある者のほとんどが、沢田と雲雀が付き合っている、ということを知っているので、表立って騒がないだけだ。

 沢田だって、最初から、雲雀の言うような、可愛らしい顔をしているわけではなかった。ダメツナ、と呼ばれ始めた頃は、沢田も、いつクラスメイトに乱暴なことを言われるかとおどおどしていたし、自分は何をやってもダメなんだ、という卑屈さが猫背にあらわれていた。視線も定まらずきょろきょろとして、常に怯えたような様子は、とても人好きのする印象ではなかった。

 それが、リボーンがあらわれて、まず、生まれ持った天然のツッコミ体質が目を覚ました。大きな声を出して、血色の悪い頬は上気する。山本、獄寺と知り合った。背の高い彼らと視線を合わそうとして、猫背が伸びる。はにかむように笑うようになる。味方がいると、校内でも自然と物怖じしなくなる。授業中だって、最初は、リボーンに脅されるから仕方なく、それからだんだんに、しごかれた自分の努力を惜しんでそうとは自覚せず自主的に、積極的になる。そうなれば、今まで隠されていた沢田の美点、可愛らしい顔立ちや芯の強さ、意外と男らしい性格などが、誰にも見えるようになってくる。

 そして、雲雀と恋をした。近頃は、恥らうようなしぐさ、花がほころぶような微笑み、色を含む表情を見せることもある。

 まだまだ、ダメツナ、の先入観が強いためにあまり知られていないが、それでも目ざとい生徒たちは、沢田綱吉の良いところに、気づき始めている。

 雲雀は、沢田を最初に認識したのが、死ぬ気の状態だったから、彼と彼を取り巻く周囲のそんな変化に、かえって気づかないのだ。雲雀は(恥ずかしくて誰にも、沢田にも言ったことはなかったが)、死ぬ気で、ぱんつ一丁の、目を三角にした沢田に、便所スリッパでぶん殴られた時、その額の炎が雲雀の世界にも灯って、明るくなったと思った。それ以来、沢田を見かけると、彼がどんなに怯えて、顔を青ざめさせていても、炎のイメージは消えなかった。果たして、雲雀の目は、真実を見て澄んでいたのか、恋に曇っていたのか。けれど、二人が付き合うようになって、沢田は、花が開くように変化しているのだから、どちらにしろ、見る目はあったということかもしれない。

「誰がどう思ったって、誰にもあげないけど。」

 小さく呟くと、沢田が、んん、と唸ってもぞもぞと身じろぎした。起きるかな、と思ったが、沢田は目を閉じたまま、自由な右手をゆるゆると動かしている。何かを探している。何となく、息を潜めるようにして、雲雀が動向を見守っていると、沢田の右手が、ぺた、と雲雀のあばらに触った。覚醒していない、不確かな動きで、さわさわと確かめるように動く。

「ひばりさん」

 寝言はほとんど吐息だったけれど、雲雀にはちゃんと聞こえた。

「うん、僕だよ。」

 ささやきで返事をすると、沢田は、にへ、と顔を崩した。その顔を見たとき、雲雀は、自分では意識していなかったが、同じように、ふへ、と顔を崩した。






2009年6月15日