通りに面した事務所の窓の外は、もうすっかり昼になっていた。
「あ、すごい、ナミモリーヌのフルーツサンド、」
日の光が入らず、明りをつけなければ昼でも薄暗い事務所の、冷蔵庫の前にしゃがみ込んだ沢田が歓声を上げる。ぼんやりしたオレンジ色の光に照らされた二人は、ズボンだけ穿いている。服を着ようとしたが、手錠で繋がっているので、上が着られなかったのだ。それでも、二人とも、手錠を外そうとは言い出さなかった。だから、下だけ穿いて、靴のかかとをつぶしてひっかけて、荒れた風俗店のなかをうろうろしている。
「一日限定10食のですよね。オレ初めて見た……」
商店街のケーキ屋で、正午から10食分だけ店頭に並ぶ、幻といわれるフルーツサンドを手にとって、沢田は目を輝かせている。伊藤のパウンドケーキの件で、きっとこういうものを喜ぶだろう、とあたりをつけて、昨日の昼に風紀委員に買いに行かせたものだが、まさに読みが当たって、雲雀は笑う。
「おにぎりもある!あ、肉屋さんのコロッケ、……もー、オレが買ったコンビニのお菓子なんて、お呼びじゃないじゃないですか、」
「どうして?僕は嬉しかった。」
「……う、なら、いいんですけど、」
かぁ、と赤くなった沢田に並んでしゃがんだ雲雀も、冷蔵庫の中を覗き込んで、梅とおかかのおにぎり、それから、お惣菜のパックを手に取った。弁当屋の、ドミグラスソースの煮込みハンバーグ(二個入り)である。
「あ、ハンバーグ。」
目ざとく気づいた沢田が、ちゃんと二個入りですね、と、えへへと笑いながら言う。
「いっこずつね。」
どこか幼い口調で言って、うふふと笑った雲雀があんまり可愛かったので、沢田はつられて、にへら、としながら、これから二人で外出する時は、食事は必ずハンバーグにしよう、と心ひそかに思った。
シーツの上に、おにぎりや、サンドイッチや、お惣菜や、お菓子や、いろんなものを並べて、好きなものを食べる。男子中学生の健全な胃袋二つが、まったく健全でない遅めの昼食を平らげてゆく。別に打ち合わせをしたわけではなかったが、雲雀が、左手では上手く箸でつかめないものは、沢田が口に入れてやる。沢田が片手ではどうしようもできないときは、雲雀が、沢田が左手を動かしやすいように、手錠の手を近付けてやる。
「ん、んんっ」
沢田はハンバーグのパックに手を伸ばした。フタのほうに自分の分を取ってから、容器を雲雀に渡す。割り箸で一口大に切ろうとするのだが、冷蔵庫から出したばかりのハンバーグは、なかなか素直に切れてくれない。繋がれた左手で、パックを押さえているので、手錠に引っ張られた雲雀は右肩が下がったおかしな姿勢で、おにぎりを食べながら、悪戦苦闘する沢田をじっと見る。お世辞にも綺麗とは言えない箸使いを、黙って見ていられるのも恥ずかしく、沢田は間を持たせるために適当な話題をふった。
「えと、これって、2丁目のバス停前のお弁当屋さんのですよね。雲雀さんのお気に入りだったりするんですか?」
雲雀は、沢田の手もとから視線を外さないまま、うん、と頷く。
「冷めても味が落ちないから。お昼にはよくあの弁当屋、使う。」
「お昼って、学校のお昼ですよね、」
「日替わりの火曜はハンバーグ弁当だよ。沢田も応接室に来たらいいじゃない。」
ううん、と沢田が考えるそぶりを見せたので、雲雀は、お、と思った。
沢田は、学校での昼休みは、獄寺や山本と過ごしている。一度、応接室に来たら?と誘ったことがあったのだけれど、断られてしまった。沢田の方では、一番長い休み時間に、雲雀と一緒に過ごしたい、という気持ちがないわけではないが、授業後は応接室に入り浸っているし、お昼休みは親友としゃべったり遊んだりしたい、という欲求の方が強いのだった。雲雀は、ちぇ、とは思ったけれど、雲雀が風紀委員の仕事で沢田をほったらかしにしてしまうことがあるように、沢田にだって沢田の生活があるものだ。しつこく食い下がることも聞きわけが悪いようで格好悪いと、それ以上言えずにいた。
今日は、誕生日の、何でも許してもらえそうな雰囲気に便乗して言い出してみたが、悪くない反応なので、俄然雲雀は期待した。ハンバーグ素晴らしい、と思った。
「じゃあ、火曜日、オレも母さんに頼んで弁当にハンバーグ入れてもらうんで、応接室で半分ずつ食べるっていうのはどうですか?」
そこまで言わせることが出来たのなら、もう篭絡はたやすい。
「うん、いいよ。毎週火曜日ね。」
雲雀は少々強引に言質を取った。沢田が眉尻を下げて笑う。
「まいしゅう……うん、はい、毎週火曜日に。」
事情を聞いた奈々に、「じゃあツッ君がハンバーグ作り置きしなさい。母さんは毎週火曜の朝、解凍して焼いてお弁当に入れてあげるから、」と言われ、急遽、阿鼻叫喚の家庭科の授業が行なわれることになるのは、もう少し先の話である。それはさておき。昼休みを一緒に過ごす約束を取り付けて、雲雀は心の中で快哉を叫んだ。顔に出さないようにするのに苦労した。
沢田はやっとのことでハンバーグを切り分けた。ソースを絡めてから、箸で挟んで、口まで持っていこうとすると、雲雀が、かぱ、と口を開けた。
「………………(切るの苦労したのに!)、」
苦労していたからこそ、雲雀は自分で切り分けるのが嫌なのだろう。沢田は、雲雀さん利き手の方が使えないし、誕生日だし、と思い直して、素直に雲雀の口へハンバーグを入れてやった。雲雀が嬉しそうに、もぐもぐごくん、と咀嚼嚥下する。当然のように、再び、ぱか、と口を開けたので、沢田はもう諦めて、一口大に切り分けたハンバーグを、順に雲雀の口へ入れてやった。
「雲雀さんて、甘えんぼですよね。」
今日を過ごす前であれば、いくら雲雀とお付き合いしているといっても、沢田はこんなことを言えやしなかっただろう。
「だって、僕が甘えるだけ甘やかしてくれるんだもの。沢田のせいだよ。」
雲雀も、怒ったり、否定したりはしなかった。甘えんぼ、と言われたことが嬉しいみたいに、そう言った。
「オレのせいなんですか、」
「沢田に甘えるより前に、他人にこんな風にしたことない、」
殺し文句である。拗ねたような、照れたような顔で、赤くなってうつむいた沢田に、雲雀はさらに追い討ちをかけた。
「だから責任とって、この先ずっと甘やかしてね。」
「……はい、そうします。」
ぼそぼそした声だったが、沢田は赤い顔で確かにそう言った。それを聞いて、珍しく声をあげて笑った雲雀は、いつの間にか一口大に切り分けていた自分の分のハンバーグを、沢田の口元へ差し出した。沢田は恥ずかしそうに、はむ、と口に入れる。
「じゃあとりあえず、食事が終わったら、絵本読んでもらって、それからもう一回セックスしよう。」
ハンバーグを咀嚼していた沢田は、ぐっとつまったが、何とか耐えた。ハンバーグを吹かなくて良かった、と心の底から思った。
2009年7月17日
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