監禁場所は、繁華街のはずれの、見るからにいかがわしい古いビルだった。壁には、おそらく女の子の顔写真が多数印刷されていたであろう大きな看板(上から紙が貼られていてよく見えなかった)があり、入り口には、黄色の電球に彩られた小さなネオンサイン(店名のところが割られていた)があった。そこをふさぐようにして、風紀委員会、と書かれたトラ柵が置かれていた。雲雀は、ウォレットチェーンを出して、その先につけた小さな鍵で、トラ柵を閉じている大きな南京錠を外した。
「ここって……」
「うん、風俗店だった。売春をやってるってタレコミがあって、連休初日に取り締まって、建物と設備は没収した。」
沢田は、うわぁ、という顔でビルを見上げ、看板を見、ネオンサインを見、トラ柵の向こうにある階段の奥へ伸びる、吸い込まれそうな闇を見た。少し嫌そうに見えた。
「どうする、やめるかい?学校の方がいい?」
雲雀は、監禁場所をここに決めたときから、沢田が入りたくないと言うのなら、それも仕方がないと思っていた。もう営業していないとはいえ、数日前まで風俗店だった廃ビルに、普通の中学生が足を踏み入れるには相当の勇気が要るだろう。沢田を普通の中学生と言っていいかどうかはさておき。
「…………もう、」
様子を伺っていると、ため息をつき、つないでいた手がほどかれたので、雲雀は少し淋しくなったが、沢田は、すぐに後ろから雲雀の背を押してきた。
「雲雀さんはオレを監禁しようと思って、うちから誘拐してここまで連れてきたんでしょう。だったらオレの意見なんか聞かないで、押し込んじゃえばいいんですよ。」
今押し込まれているのは雲雀の方だが。
「だって君は嫌そうだから、」
手探りでスイッチを押すと、明滅を繰り返す頼りない蛍光灯が灯る。電気、ガス、水道の類は止めていない。雲雀は押されるままに、ためらいながら足をすすめる。
「オレが嫌なのは、営業中の風俗店、雲雀さんがガサ入れしたってことです。学校が休みのときくらい、もうちょっと心和む過ごし方すればいいのに……」
続いて入ってきた沢田は、後ろを振り返ってトラ柵の隙間を閉じると、雲雀が外した南京錠を、もう一度掛けた。がちん、という音が、驚くほど階段によく響いた。沢田を閉じ込めた音だ。今日一日は、沢田を、見ること、話すこと、触れること、全てが、雲雀だけのものになった音だ。
雲雀は、一度だけ、ぎゅ、と唇を咬むと、沢田が言うとおり、沢田の意見なんか聞かないで、まるで彼を荷物のように、肩の上に俵担ぎに担ぎ上げた。驚いて、わぁ、と声をあげた沢田を無視して、三段飛ばしで階段を上がって、ガサ入れの時のまま荒れ果てた事務所や受付を突っ切って、一部屋だけ掃除しておいた個室のベッドの上に、投げ落とした。
「ぶっ」
急に、担がれたり、落とされたり、乱暴に扱われて、平衡感覚がおかしくなったらしい沢田が、頭から突っ込んだシーツから、もぞもぞと時間をかけて起き上がろうとするのを待たずに、雲雀もその上から突っ込んだ。カエルがつぶれるような声がしたが、やっぱり無視して、細い腰に腕を回してしがみつく。薄い背に、ぐりぐりと顔を押し付けた。
「ひ、ひばりさん、さすがにちょっと、苦し」
「君が好き」
遠慮がちに上がった抗議の声も聞かずに、雲雀は言った。一度言うと、それではとても足りない気がして、何度も言った。
「君が好き。好き、好き……すき。」
顔を上げると、沢田の手のひらが、手探りで伸びてきて、雲雀の頭を捜し当てるとそうっと撫でた。沢田の背中にくっついているので、顔が見えないのが少し残念だった。沢田もそう思っていた。
「オレだって雲雀さんが好きです」
そう言いながら、沢田はもぞもぞと、雲雀の腕から抜け出そうとするような素振りを見せたので、雲雀は逃がすまいとぎゅっとわき腹を掴んだ。
「ふぎゃっ!ちょ、雲雀さん、そこ、くすぐった……ひゃあっ、放し、」
「逃げたらだめ」
「違っ、そっち向、うひゃひゃ、手、ゆるめてひばりさん、向き変えるだけっ、だ、からっ」
どたんばたんと暴れる沢田を押さえつけていると、だんだん楽しくなってきて、雲雀はわしゃわしゃとわき腹をくすぐった。細いけれど、最近少し筋肉のつき始めた身体が、びくん、びくん、と凄い力ではねる。身悶える。
「あっ、あっ、ひゃ、ふはっ、あん、やっ、ああぁっ」
「くすぐったいところは性感帯だって、言うよね」
力が抜けてきた頃を見計らって手を放し、上から覆いかぶさって見下ろすと、沢田は髪をぐしゃぐしゃに乱して、上気した頬ではぁはぁと息を荒げて、口は開いたまま閉じられず、目には涙の幕が張っていて、めくれ上がったTシャツからはへそが見えていた。
「いやらしいな。いやらしい沢田も好きだよ。」
「……き、嫌いだって、言ったら、怒りますよ。オレを、いやらしくしてるの、雲雀さんなんだから。」
沢田はまだ息が切れている。雲雀がTシャツのまくれ上がったすそから手を入れて、みぞおちの辺りに、ひたり、と手を置くと、さんざんにいじめられて感じやすくなった身体はひく、と震えた。沢田は濡れた目で雲雀をじっと見上げて、ぎゅっと唇を引き結ぶと、身体を起こしてTシャツを脱ぎ、雲雀のシャツのボタンに手をかけた。一つずつゆっくりと外してゆく。
緊張しているのか、なかなか進まない指を、雲雀は、じれったいなぁ、と思いながらも、それさえ楽しむように、何もせず両手をだらりと垂らして、にこにこしながらシーツの上に座っていた。
2009年6月1日
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