白いプラスチックのボタンが三つ、四つと外れて、そこから先は黒いスラックスの中に消えている。沢田はうつむいたまま、雲雀のベルトのバックルに手を伸ばした。ふわふわの茶色の髪から覗く耳は、桃色に染まっている。雲雀は舌なめずりした。

 ベルトが外され、ホックが外され、震える指がジッパーを半分だけ下ろして、シャツのすそが引っ張り出される。残りのボタンが全て外れると、雲雀はそこで自分から動いて、腕を袖から抜いた。二人とも、上半身は裸になって向き合う。沢田は真っ赤な顔で、もう耐えられない、というように、雲雀の首に腕を回してしがみついた。触れ合った胸が熱い。

「き、緊張して、……いつも、オレ、どうしてるんだったか、」

 本当は、いつも、と言えるほど、こういうことをした回数は多くはないのだった。応接室や沢田の部屋で、誰か来るのではないかとはらはらしながら、制服のスラックスの前だけをくつろげて、お互いの手の中で吐き出して終わり、というのが多いのだ。雲雀は、ふふふ、と笑って沢田の肩にあごを乗せた。

「ゆっくりでいいから、沢田が全部して?」
「ぜ、全部、ですか、」

 沢田は、ものすごく遠い道のりを今から歩いて行け、とでも言われたみたいな途方に暮れた声で、けれど、変でも笑ったり嫌ったりしないでくださいね、と言った。了承だった。雲雀はただ笑って、沢田の両頬にキスをした。

 それから、雲雀の身につけていたものを全て脱がすところから始まって、全てが、ゆっくり、進んでいった。

 裸で、汗をかいて、まだ大したこともしていないのに、二人とも興奮で息を切らしていた。仰向けに転がった雲雀の腰にまたがって、鎖骨を咬んだり、胸を吸ったり、へそに舌を入れたりするやり方が、つたないけれど、全て、雲雀が今までに沢田にしてきたことで、そんな風に、雲雀は、沢田の中に降り積もった自分の存在を思い知らされた。

 実のところ、今の今まで雲雀は、時に幼く見える沢田の好意について、確かに雲雀を好いてくれているには違いないが、雲雀がいつも内心で持て余しているような、激しい執着や、独占欲、大人気ないとわかっていても抑えられない、胸が苦しくなるほどの嫉妬、そういう感情は、沢田には無いのではないかと思っていた。けれど、こうして、雲雀の反応を見ながら、全く同じ手順をなぞって、ぎこちなくても、執拗で熱心な愛撫をされると、それが全くの誤解であることに気づかないわけにはいかなかった。沢田の色素の薄い大きな目は、今はすがめられて、征服欲にひかっている。雲雀は満たされて泣きたくなった。

「どうして、そんな顔、するんですか?」

 大きく開かせた脚の間で、まだ中心には触れず、太腿の内側の柔らかいところ(いくら雲雀が強いからといって、そういうところはやっぱり柔らかいのだ)を食んで、吸って、咬んで、夢中になって跡をつけていた沢田が、ふと唇を離して、唾液でべたべたのままの口で、不思議そうに訊く。

「きもちよくて、頭がおかしくなりそうだから」

 雲雀がそう答えると、沢田がぎゅうっと眉根を寄せて、泣き笑いのような顔をする。

「苦しいですか?」
「苦しい。……いれるまで、もたないかも」
「オレも苦しいです。」

 ふにゃっと情けない顔で笑って、ひとつ頷くと、沢田は自分の右手の指を口に含んだ。べちゃべちゃと唾液を乗せた舌を絡ませて、濡らす。場所が場所だけに、こういうことに使う道具は一通り揃っていたが、雲雀も沢田も、それを使おうとは言い出さなかった。馴染みのない無機物が、今、二人の間に入ってくることは、嫌だった。

 膝立ちになった沢田が、左手で自分の尻を掴んで、右手をそっと奥へ伸ばす。はぁ、と、身体中の空気を全部出すように長い息を吐いて、指を、中へ挿れる。

「っん、……あ、は、ぅ、ちょっと、だけ、ぁあ、まって、くださ、っ」

 にちにちと、きつそうに指を動かして、苦しそうに沢田が言うのに、雲雀は、力の入らない身体を何とか起こして、茶色の髪がいく筋もはりついたこめかみから、涙の浮かび始めた紅い目尻までを、慰撫するように舐めた。

「ちょっとじゃなくて、さわだが痛くないようにして、ちゃんと」

 そして、目の前に放り出されている、沢田の性器に指を絡めて、ゆっくりと扱いた。もう血液が集まっていたそこは、何度か手を上下するだけで、すぐに硬くなって、先端から体液をにじませる。

「だっ、め、すぐ、で、でちゃう、からっ、離し、」

 がくがくと震える膝で必死に身体を支えて、自分の中に指を挿れたまま、沢田が泣きそうな声を出す。けれど、雲雀だって本当はもう、泣きそうに辛いので、沢田の泣き言は聞かず、片手で扱きながら、もう片手の指で先端をぐりぐりと押し潰す。

「あっ、あっあっ、……ああぁっ」

 自分を緩めようと動かしていた指を引き抜いて、崩れ落ちるように雲雀の首にすがりついた沢田が、びくびくと吐精した。雲雀の目の下で、白い背とそこから続く柔らかな部分が震えている。雲雀は、手の中に出された白濁をそのまま、塗りたくるように、沢田の中に指をもぐりこませた。ついさっきまで沢田の指をくわえていたから、ずぶりと簡単に受け入れられる。沢田は、やぁ、と悲鳴を上げた。痛んでいる声ではなくて、感じている声。それを聞いて、呑み込んでいる周りの、薄い皮膚をそっと撫でて、柔らかくなっていることを確かめると、すぐ二本に増やす。ぬちゃ、と泥の中に踏み込んだような音がする。沢田はしばらくは、射精後の脱力感にまかせてぐったりと雲雀によりかかり、中をかき回されるまま泣き声を上げていたが、やがてまた自力で膝立ちになった。力が入って、雲雀の指がきゅっとしめつけられる。恥ずかしそうにうめいた沢田は、ゆっくりと力を抜く。抜けてゆく指が、ずる、と壁をこすって、熱いため息が空気を揺らした。

「も、へいき、です……」

 身をかがめて沢田が、結局触れられないまま、勃ちあがって震えている雲雀の性器を口に含む。いかせるためでなく、咥内で何度か往復させてねっとりと唾液にまみれたところで、手で支えながら、それに向かって腰を落とした。物欲しげにひくひくと収縮する穴に先端があたって、沢田がぎゅっと目を閉じたかと思うと、張り出した傘の部分が、ぬぷん、と音を立てて飲み込まれた。雲雀が息を呑む。熱い。気を抜くと暴発させてしまいそうだと思った。

「あ、ちゃんと、入っ、」

 脚を投げ出して座る雲雀の肩に手を置いて、沢田は向かいあわせで、雲雀の膝をまたいでいる。目の前にある、赤く熟れた胸の先に唇で吸い付いたり、おぼつかない沢田の腰を支えてやったりしながら、雲雀はあえぎとは違う声で、ああ、と言った。

「うあ、あ、ゴム、あるのに、」
「ごめ、なさ、嫌、でした、?」
「そうじゃなくて、君が大変、っ、だから、」

 悠長に話していられる余裕なんてないのに、何をやっているんだろうかと考えている一方で、遠くの方では、沢田を後で苦しめることになるのはいやだと、待ったをかけている理性がある。

「そんな、の、あっ、ああああ!」
「っく、う」

 沢田は、ゆっくり、雲雀を胎内に収めるつもりだったのだろうが、震える膝は持ち主を裏切って、中腰に耐えられずにがくんと崩れた。重力に引かれるまま、一息に深いところまで繋がれて、ぎゅうっと閉じたまぶたの向こうが真っ白になった。二人とも、それ以上口も利けずに、ただ抱き合って、乱れた息が整うのを待った。熱い。

 何度も肩が上下して、ぜえはあと呼吸の音しか聞こえない時間の後、衝撃が過ぎ去った後で、雲雀は、奈落の底まで落ちていくような、重く深いため息をついた。

「出しちゃった……」

 泣きそうな声だったので、沢田は慌てた。

「おっ、オレが、もたもたしてたから、ごめんなさいっ」
「早すぎる……かっこ悪い……」

 雲雀は、沢田の肩にぐりぐり額をすりつけて、自己嫌悪のかたまりのようになって、ううう、と唸る。

「ひ、雲雀さんは、いつでも、かっこいいですよ!」
「……早くても?」
「そんなこと、今のは違いますって、」

 恨めしげに、雲雀が、下から沢田の顔を覗き込むようにすると、少し身体の位置が変わって、繋がったところから、じゅぶ、と音がした。卑猥な音だった。今の雲雀には追い討ちにしかならなかった。

「しかも中出し…………」
「大丈夫です!」

 どこまでも凹んでいきそうな雲雀に、沢田が胸を張って即答した。フォローというわけではなさそうだった。どんなことでも、先回りして考えすぎたり、心配しすぎるきらいのある沢田には珍しい。

「何でそんな自信満々なの、」

 雲雀が思わず、といった風に呟く。

「だって、オレ、女の子じゃないし、」

 さすがに雲雀だって、もしも沢田が女の子であったなら、どんなに切羽詰っていたとしても、中で出すような暴挙には出ない。それに、中出しによって沢田がこうむる不都合は、女の子ではないから起こる不都合なのだ。

「男らしく、雲雀さんのこと、愛しちゃってるから、大丈夫です。」
「……愛?」
「愛です。」

 沢田は厳粛に頷いた。雲雀は、この子だんだん赤ん坊の愛人に感化されてきたな、と思った。けれど、悪くないな、とも思った。

「じゃあ、愛のために、もう一回。」
「えっ、……んう、ん、」

 仕切り直しを要求して、断られる前に、口をふさいでしまう。二人の身体の間にある、沢田の性器に指を絡めれば、胎内がざわめくのがわかった。中に居座ったままだった雲雀のものが、それにこたえるように力を取り戻してゆく。は、と赤く腫れた唇が離れて、しょげていた雲雀はやっと少し笑った。

「大丈夫、今度は僕が、ゆっくり、全部するから。」

 沢田は、叶わない願いだと知りながら、お手柔らかに、と引きつり笑いで呟いて、雲雀の首に腕を回した。






2009年6月3日