若さにまかせた嵐が通り過ぎた。
「うん大丈夫……早くない。僕は。」
眠るためでなく、いかがわしいことを目的に作られた、寝心地の悪いベッドの上で、仰向けに、大の字に寝転がった雲雀が、汗で額に張り付いた前髪をかきあげながら、うんうん、と頷いて、独りごつ。
「だから、最初っからオレ、そんなこと言ってないって……」
その雲雀の腹の上に、カエルの死体のような格好で、腹ばいになった沢田が、しゃがれた声で呟く。汚れた尻をさらして、間抜けな格好だが、脚が震えて自力で閉じることができない。
「満足だ。」
天井を見ながら、やりとげた、という感じに言う雲雀に、沢田は、ええそうでしょうとも、と半眼になったが、雲雀が手を伸ばしてきて、マッサージするように腰を撫でてくれたのが気持ちよかったので、文句を口に出すことはせずに、はー、と息を吐いて目を閉じた。頬を乗せた胸の下から、とんとんとんとん、と響いていた鼓動が、次第に落ち着いたリズムになって、沢田をゆっくりと眠りに誘う。
「沢田、寝たらいけない、」
うとうとしかけたところに、雲雀が突然はっとしたように言って、がばりと起き上がったので、上に乗っていた沢田は急にえび反りにされて、ぎゃっ!と言って転がった。かなりのダメージだった。
「あ、ごめん。」
「痛い……」
おかげで脚を閉じることはできたが。
「風呂に入らないと。」
「動けません。」
「始末」をしないと自分が大変だと言うことは、沢田にもよくわかるのだが、いかんせん身体を起こすこともままならない。
「ここに風呂があるよ。」
雲雀が部屋の隅にある扉を開けると、その向こうはシャワーブースになっていた。
「なんていうか、便利ですね。」
「風俗だからね。」
そこでようやく、沢田は、自分が今、本来ならば中学生が足を踏み入れることなどない、自分の性格から考えて、将来お世話になるかどうかも怪しい、風俗店の中に居るのだということを思い出した。
「……ボンゴレって、薬はやってないなら、こっち方面はやってるのかなぁ。何が資金源なんだろ……」
ぼんやりと呟くと、雲雀がベッドまで戻ってきて、沢田を、いわゆる「お姫様抱っこ」で抱き上げた。それがどうにも恥ずかしく、沢田は、今の自分の呟きを忘れた。呟いたときの、沢田の、どこを見ているのかわからないような、色のない透明な目が気に入らなかった雲雀は、羞恥と少しの憤りの色に染まった沢田の目を見て、安心した。
サービスを受ける前に身体を清める、その目的だけで作られているシャワールームは、必要最低限のものしかなく、簡素だ。雲雀は、ぬるめのお湯を出すと、床に直接あぐらをかいて、膝に沢田を座らせた。
「あったか……っげほ、うぇ、しゃべると口にお湯が」
雲雀は最初から、お湯がかからないところに頭を出している。手のひらで沢田の額にひさしを作ってやると、顔についた水滴を手で払いながら沢田が笑った。
「ちっちゃい子みたい。ランボが、こうしてやらないと、頭すすげないんですよ。」
「……今日は仔牛の話は禁止。」
割と真剣にむっとしている雲雀を見て、沢田がさらに笑う。
「これだけ好きなことしといて、まだ不満なんですか?」
「どれだけ何したって、気に入らないものは気に入らない。」
「……じゃあ今日はしません。雲雀さんの誕生日だし。」
言いながら、くすくすと笑うと、雲雀がいつまで笑ってるの、とほっぺたをつまんで引っ張った。
「いつまでも笑ってると、くすぐるよ。」
「わ、笑ってません、笑ってないです、」
くすぐる、の一言で、ぴたりと沢田が口を閉じる。ついさっきの、自分の痴態を思い出しているのか、頬が赤い。
「今度から、君をその気にするには、くすぐればいいのかな。」
ふにふにとほっぺたをいじりながら雲雀が言うと、沢田は複雑そうに眉を寄せて口をもぐもぐと動かした。
「別に、オレだって、くすぐられなくたって、「その気」はありますよ、」
ただ、沢田は雲雀ほどフリーダムになれないので、誰か来るんじゃないだろうかとか、こんなことをして家に帰ったら、こんなことをしてたと皆にバレるんじゃないだろうかとか、明日は体育があったはずとか、そういうことが気にかかって、積極的になれないだけだ。
「ほんとかな。」
「ほんとですよ。」
見合って、真面目な顔で頷きあって、それから二人でふふふ、と笑った。まったく、ここにリボーンが居たら、弾倉が空になるまで銃を撃ち尽くしそうな会話だった。今日は二人を止めるものは何もないのだ。
お湯で温まって、強ばった身体を動かせるようになった沢田は、ゆっくりと雲雀の膝から降りた。雲雀は少し残念に思ったが、いつまでもここに座っている訳にもいかない。
「今からオレは身体を洗うので、雲雀さんは向こうを向いて、決して振り向かないでください。」
沢田が厳かに宣言する。
「……恩返しする鶴みたいなセリフだね。」
「そうですね、雲雀さんが振り向いたら、オレは帰っちゃいます。」
その点で鶴だと思ってくれていいです。と頷く沢田は、冗談めかしてはいるが、目には切実さがある。感じるものがあった雲雀は、おとなしく後ろを向いて、自分の身体を洗うために、手のひらで石鹸を泡立てた。
そして雲雀は、身体を洗いながら、沢田が同じ男でありながら、受け入れる方の役割になってくれていることについて考えた。「始末」しているところを見られるのが、単純な羞恥などではなく、嫌なのだろう、というのは、雲雀がそういう立場になったことがなくても、なんとなくわかった。沢田が、今日、何度か、「男の甲斐性」とか、「女の子じゃない」とか、「男らしく」と言ったのは、無意識に、彼の中で、心のバランスを取っているのだろうか、と考えて、役割を交代することについても考えた。
雲雀は考え続けた。何故なら、真面目な考え事でもしていないと、後ろから聞こえてくる、あえぎにも近い声や、苦しそうな息遣い、シャワーの湯とは違う、粘度の高そうな水音などに、身体が反応してしまいそうだったからである。
(しょうもない、)
心の中で呟いて、沢田の咬み跡がいくつもついている太腿を、ぎゅっとつねった。そして、その跡をつけているときの沢田を思い出して、役割を交代するのも悪くないな、と思った雲雀は、もしも今後、沢田が申し出ることがあったら、快く受け入れよう、と決意した。どっちにしろ、しょうもなかった。
2009年6月7日
|