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 風呂から上がって、服を着る着ないでもめた。雲雀はもう服を着るのはおっくうで、どうせごろごろしているだけなんだから、男同士だし、裸で何を困ることがある、と思ったのだが、沢田は下だけでも穿きたい、と主張した。
  
「全裸でケーキはどうかと思います。」 
「いま食べるの?」 
「食べてないと寝ちゃいそうで、」 
「寝ればいいじゃない。僕も眠い。二回したし。」 
「寝たらもったいないじゃないですか。」
  
 言いながら、ぐしゃぐしゃに脱ぎ散らかした服の中から、ぱんつを発掘しようともぞもぞしている沢田を尻目に、雲雀はやっぱりぐしゃぐしゃのコンビニ袋を拾い上げると、中からプラスチックの手錠を出して、自分の右手首と沢田の左手首をかしゃんと繋げた。
  
「……………………。」 
「はい、ケーキ。」
  
 床に膝を着いたまま、なんとも表現しがたい顔で振り返った沢田の鼻先に、雲雀はコンビニ袋を突き出した。全裸で。
  
「く……っ」
  
 既に左手に、探り当てた花柄のトランクスを握っていた沢田は、不自由になった左手をぐいぐい引っ張って、むりやり穿こうとした。雲雀は、沢田がぱんつを穿きたいなら穿けばいいじゃない、とは思っていたが、反抗的な態度に出られるとつい、持ち前の負けん気が頭をもたげてきて、意味もなく邪魔をしたくなって、手錠で繋がった手を自分の方へ引っ張り返した。
  
 こういう、単純な力比べなら、雲雀の方が断然強い。
  
「う、わぁっ」
  
 ぱんつを握りしめたまま、どたーん、と沢田がすっ転ぶ。ひっくり返ったせいで、ナニからソレまで丸見えだったが、もちろん、色気も何もあったものではない。しかも、ちょうど足もとにあった、雲雀の白いブリーフを蹴飛ばしたので、それが雲雀の顔に向かって飛んできた。
  
「……ナイスパス、」
  
 ぱし、と顔に当たる前に取って、もそもそと穿くと、沢田がぱんつを穿きやすいように、繋がれた手を近付けてやった。沢田も寝転がったまま、もそもそとぱんつを穿く。それにしても、トランクスで花柄は珍しい気がする。まるで女性下着のような、全面プリントのカントリーな小花柄である。可愛い、と言えないこともない。
  
「さっき訊きそびれたんだけど、それって、勝負ぱんつ?」 
「……雲雀さんは、オレが、はいそうです、って言ったら、嬉しいですか?」 
「いや、正直、微妙。」
  
 雲雀は目を逸らし、沢田も遠くを見た。
  
「ですよね、よかった。……母さんが、どこで買ってくるのか知らないですけど、変な柄のぱんつ、よく買ってくるんです。ていうか、怖いんですけど、このあいだ、前に『YES』、後ろに『NO』って書いてあるぱんつ買ってきて……」 
「何なの、奈々さんは、何を知ってるの、」 
「何も知らないはずなんですけど……」
  
 重い沈黙が落ちて、沢田が立ち上がった。ベッドまで移動すると、お互いにもたれかかるように座った。シャンプーと石鹸のにおいがいつもと違うが、でも二人とも同じにおいがする。
  
「今日は何て言って来たの。」
  
 コンビニ袋の中身を、シーツの上に並べながら雲雀が訊く。のどからからです、と言って、沢田がお茶のペットボトルを開け、一口飲んだ。雲雀も飲む。間接キスをしたら直接のキスをしたくなって、啄ばむように唇を合わせる。
  
「連休だから雲雀さんちに泊まるって、夜出かけて、帰りは遅いよ、って言ってきました……リボーンはニヤニヤしてましたけど、」
  
 まあ、無難なところである。
  
「仲の良い先輩、だと思ってるはずなんですが……あ、この間のパウンドケーキ、ありがとうございました。あれも、母さんに渡したら、『ツナがいつもお世話になってる上に、こんなものまでもらっちゃって、よくお礼を言っておいてね』って言ってましたよ。」
  
 雲雀の利き手に繋がれた沢田の左手は、雲雀と一緒に忙しなく動いているので、沢田は、プラスチックのフォークが入っているビニールを、右手と歯を使って剥いた。ケーキのパックは、散々に乱暴に扱われたせいで酷い有様で、透明なはずのパッケージは、クリームで真っ白に塗りつぶされていて、中が見えない。ところどころに血痕のように見えるのが、イチゴのはずだ。
  
「一度ちゃんと挨拶に伺うべきかな。『息子さんを僕にください。』」 
「その前にオレにプロポーズしてくださいよ。」 
「……雲雀綱吉と沢田恭弥だと、沢田恭弥の方が語呂がいいんだよね、残念なことに。」 
「じゃあオレがした方がいいんですかね?」
  
 軽口をたたきあいながら、雲雀の手も借りてケーキのパックを開けると、フォークを使って、何とか形を整えようとするが、不器用な沢田の手では、うまくいかない。雲雀も手伝って、何とか、三角形に見えるくらいにまで修復した。掘り出したイチゴを上に乗せる。雲雀は沢田をじっと見た。期待に満ちた目で。
  
「何度も言いますけど、雲雀さん、誕生日おめでとうございます」 
「ありがとう。君になら何度言われても嬉しい。」
  
 雲雀は沢田をじっと見た。
  
「ええと。ささやかですが、誕生日ケーキ、食べてください。」 
「うん。ありがとう。」
  
 雲雀は沢田をじっと見た。
  
「あの、」 
「歌は?」
  
 雲雀は沢田をじっと見た。
  
「その、うちではろうそくに火をつけて、歌うんですけど」 
「ろうそくないと歌わないの?」
  
 雲雀は沢田をじっと見た。沢田は白旗を上げた。咳払いをする。
  
「……はっぴーばーすでー とぅーゆー 
 はっぴーばーすでー とぅーゆー 
 はっぴーばーすでー でぃーあ……ひ、」 
「恭弥。」 
「…………でぃーあ、き、きょ、……」 
「恭弥。」 
「………………でぃーあ きょーうやー!! 
 はっぴーばーすでー とぅーゆー」
  
 沢田が赤い顔で、おめでとうございまーす、と拍手をしたのにつられて、雲雀も拍手をした。二人とも、性器を口に入れられるのに、どうして、たかがファーストネームを呼ぶだけのことがこんなに恥ずかしいのだろうか、と思った。
 
 
 
 
 
  
2009年6月11日
 
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