ぐちゃぐちゃのケーキは、ケーキと言うよりトライフルに近かった。利き手を自分で拘束してしまった雲雀は、プラスチックのフォークに一口ぶんをすくいとるのも苦労するありさまだったが、もとから不器用な沢田は、利き手が使えても雲雀と同じくらい苦労していたので、やっぱり自分の右手と沢田の左手を繋いだのは正解だった、と雲雀は内心思った。

「…………ん、」
「…………あれっ」

 何とか口に入れて、もふもふとコンビニケーキを味わった二人は、ほぼ同時に、驚いたような声をあげた。顔を見合わせて、でも何も言わず、二口めを口にする。

「……おいしいですね。」
「……おいしいね。」

 ぐちゃぐちゃのケーキをすくうコツがつかめてきたので、すぐに三口めを食べる。

「何でですかね。」
「不思議だね。」

 ほんとうは、二人とも、なんとなく理由はわかっていた。けれど、男二人で、セックスの後でくたくたに疲れていて、ぱんつ一丁で、風俗店の個室で、時間は丑三つ時を過ぎて、君が居て幸せだからぐちゃぐちゃのコンビニケーキがおいしい、なんて言っていいものか。心なし頬を染めてうつむいた沢田は、黙って、食べることに集中した。でないとぼろぼろこぼしてしまいそうだった。もう既に、指先や頬にはクリームが白い線をひいている。雲雀もやっぱり黙って食べながら、沢田の汚れた顔を見ていた。そちらもおいしそうだったからだ。

 雲雀も沢田も、しばらく無言のままでケーキを攻略していたが、照れて伏し目がちなのだと思っていた沢田のまぶたが、いつの間にか完全に下りて目をふさいでしまって、右手のフォークがシーツの上にむなしく突き立てられた。

「んあ、」

 びくっとして、また目を開けたけれど、すぐに半目になって、フォークを握りしめたまま、ゆうら、ゆうら、と頭が揺れている。ぶ、と雲雀は吹き出して、沢田の手からフォークを取ろうとしたが、沢田は小さな子供のようにむずかって、いやいやをした。

「沢田、眠いんでしょ」
「ねむくない、おきる、」

 がくん、と頭が垂れて、はっと目を開ける。でもそれも十秒ももたない。くっくっと雲雀が笑っているのにも、気づいていない。

「無理だよ、寝なよ、」
「や、ねない、もったいな、ぃ、」

 雲雀はいったんフォークを取り上げることをあきらめて、空いた容器をコンビニ袋に入れると床に落とした。他の菓子やジュースは、足で適当に隅に寄せる。そして前のめりに舟を漕いでいる沢田を、手錠を引っ張って引き寄せると、胸に抱えた。

「いつもと逆だね。」

 応接室で昼寝をする時だとか、沢田の部屋に夜中に忍び込んだりする時は、たいてい、仰向けの沢田の胸の上に雲雀が頭を乗せている。寝ている間に沢田に逃げられないようにするためだ。けれど今日は手錠をしている。嬉しそうに笑って、雲雀は左手で沢田の半乾きの髪を撫でた。もつれあった柔らかい毛をほぐすように指で梳いていると、沢田の手からぽろ、とフォークが落ちる。雲雀はそれを蹴ってベッドから落とした。

「おやすみ、」

 くあ、とあくびしながら言って、雲雀は沢田を抱えたまま横になる。むずかっていた、不満そうな顔のまま眠っている沢田を覗き込んで、またくっくっと笑った雲雀は、フォークを握っていた手についているクリームを丁寧に舐めて取って、それから頬についたクリームの白い線も舐めた。そして、額、鼻先、まぶた、頬骨の上、何度か唇をつけると、沢田は、ふにゃ、と笑って、ひばりさん、と口が動いたのがわかった。沢田は、寝ていても、自分にキスをしたのが誰なのかわかっている。雲雀はそのことにとても満足した。

 沢田を抱えなおすと、ちゃり、と手錠がなる。雲雀と沢田が繋がっている、ということは、普段は目には見えない。今みたいに、眠っている沢田にキスして、それが雲雀だとわかってくれた、こんな時に、雲雀は、ああ、沢田と繋がっているな、と思う。セックスや深いキス、物理的に繋がることもできるけれど、それだって、日常の、生活している時間から考えたら、繋がっているの時間はほんの、コンマ何%かしかない。

 繋がっていることを確認すると安心するけれど、確認できるのはいつだって一瞬だ。その一瞬には、これ以上もなく満たされているのに、過ぎ去れば、すぐに足もとから不安が迫ってきて、雲雀の喉元に咬み付くのだ。「沢田と僕はちゃんと繋がっているの、沢田は僕のことちゃんと好きなの、」そんな言葉を雲雀に言わせたがる。

 いま、二人は、手錠で繋がっている。雲雀がそうすることを、沢田が許したから繋がっている。プラスチックにてかてかした銀メッキがかけてある、ちゃちなおもちゃの手錠だ。沢田だって雲雀だって、こんなもの、壊そうと思えば簡単に壊して抜け出すことができる。けれどそうしないで、繋がれたままでいる。だから雲雀は今、とても安心している。

「目に見えないものを、信じるのは、難しいね」

 沢田を好きになって、初めて、雲雀は自分が弱いことを知った。繋がっていることをしょっちゅう確かめていないと、不安で仕方ないのだ。甘えてみたり、わがままをぶつけたり、沢田を試すようなことばかりしてしまう。今日の「監禁」だってそうだった。沢田のほうは逆に、どっしり構えていて、もしかしたら内心では色々思っているのかもしれないが、雲雀にそれを見せたことがないように思う。付き合い始めてから知った、沢田の強さだった。

「僕も頑張るけど、たまには許してよ」

 風呂上りの肌はさらさらして、直接触れ合っていると熱くて気持ちいい。雲雀はもう一度沢田を抱えなおして、もさもさした茶色の頭のてっぺんにあごを埋め、手錠で繋がれた右手と左手を、さらに指を絡ませて繋ぐと、目を閉じた。待つまでもなく、眠りはすぐにやって来た。






2009年6月14日