だいじなもの
幸せ極まる誕生日を終えた雲雀は、経営者が、風紀委員に差し押さえられた物件に忍び込む、という危険を冒してまで、回収しようとしたものを我が物にしようと、再び風俗店へと戻ってきた。5人の賊は既に、簀巻きにして風紀委員が運び出している。今頃、委員の監視の下、風紀の乱れないような職に就くための、職業訓練を受けさせられているであろう。
ワゴンには鍵がかかっていたが、そこは何様雲雀様、道具さえあれば鍵開けなどたやすい。数十秒で、かしゃん、と確かな手ごたえと共に、引き出しが開いた。
「………………写真?」
そこには、おびただしい枚数の、幼女の写真が入っていた。アルバムのほかに、綺麗に箱に収められたもの、CD−RにDVD−R、SDカードなどもある。まさかあの男、売春だけでは飽き足らず、幼女の売買もしていたのか、と気色ばんでアルバムをめくった雲雀はしかし、すぐに、あれ、と思った。
「全部おんなじ子、」
幼女ストーカー?ロリコン?と思いながらさらに見てゆくと、経営者が相好を崩して幼女を膝に乗せている写真、涙ぐんで赤ん坊を抱いている写真などが出てくる。
「…………孫か!」
雲雀は脱力した。まあ人にもよるが、確かに、それはそれは大事なものだろう。だが、他人には何の価値もない。一緒に来た四人の男たちは、このことを知っていたのか、と思ったが、すぐに、禿げたデブが肩車している写真、ホスト風の男が指切りをしている写真、レスラー風の男が高い高いをしている写真、中年男がおひげじょりじょりをしている写真、なども大量に出てきたので、知っていて協力したのだろうと思われた。おそらく、経営者の孫は、従業員のアイドルだったのであろう。途中で帰ってしまった外の二人は、別にアイドルのファンではなかったに違いない。
「返してもいいか、」
アルバムを元通り戻して立ち上がった雲雀は、手配するために草壁に電話をした。僕が持っていても仕方ないし……人間、自分が幸せだと、寛大になれるものである。
あの男たちも、幼女が大きくなったときに、はばかることなく口に出来るような仕事に就ければ良いと、雲雀は思う。
うわさのふたり
さて、黄金週間も明けて、校内ゴシップ誌は、連休中のスクープを載せた特別号が発行された。
『風紀を乱す委員長!? 深夜のデート熱々路チュー』
「わお、『路チュー』ってすごい言葉だね、」
「………………っ」
『読者から寄せられた大スクープ!』
「街灯くらいしか明かりがなかったのに、よく撮れてる」
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
『本誌が総力を挙げその恋の行方を追ってきた、風紀委員長H氏と、ダメなところが可愛いと評判のS氏。連休中は開放的な気分になるのか、深夜と言えど路上で堂々、風紀を乱す濃厚なラブシーン!』
放課後の応接室である。いつもの通り、雲雀はデスクワークを、沢田はソファで宿題をやっていたのだが、途中、草壁が入ってきて耳打ちと共に茶封筒が届けられると、休憩しようと言って雲雀が沢田をデスクまで呼び寄せた。
「これ、目線入れる意味あるのかな、」
「あ、あり、」
「なに?蟻?」
「あ、ありえないんですけど!ありえないんですけど!!」
大事なことなので、沢田は二回言った。
雲雀がぺらぺらさせている、A4のコピー用紙(草壁が持ってきた茶封筒の中身である)には、いくつかの写真(モノクロコピーなのでとても見にくい)と、9ポイントくらいの小さなフォントで、びっしりと文章が書き込まれている。風紀委員にも生徒会にも属しない、アングラゴシップ誌が出回っている、というのは、沢田も噂だけなら耳にしたことはあったが、実物を見たのははじめてである。だが別に、それだけではそう驚くにあたらない。沢田が何を見て打ち震えているのかといえば、そこに掲載された一番大きな写真、それはあの日、風俗店に向かう道、コンビニを出てすぐのところで、『路チュー』していた沢田と雲雀なのだった。
「『本誌が総力を挙げて』って、オレたち追われてたんですか!いつから追われてたんですか!?」
「え、沢田、知らなかったの?」
そのことにこそ驚いたように、こきりと雲雀が首をかしげる。
「僕らの特集が組まれてる号は全部あると思うけど……見る?」
引き出しを開けてごそごそやりだした雲雀に、沢田は、ありえないんですけど!ともう一度言った。
それはかたちがあるようなないような
沢田の、白くて細い左の手首を、ぐるっと一周取り囲む、赤い擦り傷を見たときに、山本武はそれが雲雀がらみの怪我だと即座に思った。根拠なんてない、ただの勘であるが、どう考えても、沢田の周りにいるほかの人間に、沢田にそんな傷をつける理由が思い浮かばない。
それでも山本は、いきなりそれを沢田に問いただすようなことはしなかった。沢田が何かひどいことをされているのなら、慎重にやらなければ、と思ったので。
廊下に、斜めに夕日が差し込んでいる。夏の大会に向けて、今日の練習はまだまだ途中なのだけれど、二枚持ってきたうちのタオルを一枚、教室に置きっぱなしにしていたことに気づいて、10分の休憩のうちに取りに戻ってきたのだ。部活か帰宅か、生徒の居なくなった教室も廊下も静まり返っていて、面倒なので上履きも履かず足音の立たない山本は、何となく、その静けさを乱さないように静かに歩く。教室は目の前だ。
(……誰かの声、…………ツナと、ヒバリの声、)
小さな話し声と、くすくす笑い。沢田は今日は居残りでプリントをやると言っていたが。教室の扉は閉まっていて、山本は扉についている小窓から中を覗き込んだ。
自分の席で勉強道具を広げた沢田と、その前の席の椅子に腰掛けて、プリントを指差して何か言っている雲雀。沢田が消しゴムでプリントの文字をごしごしと消して、再び何かを書き込んでゆく。そのシャーペンを握った右手に、雲雀が左手で触れる。
(擦り傷、)
山本は、自分の推測が間違っていなかったことを知る。雲雀の右手首にも、同じ傷がある。シャーペンを置いた沢田は、その傷のついた雲雀の手首を捧げ持つようにして、そっと唇で触れた。雲雀も、沢田の手をとって、同じようにする。
二人が何を話しているのかは、山本にはわからなかったが、顔を上げた沢田の唇が、愛、と言ったのだけが何故かはっきりとわかった。
(愛って何だ、)
休憩時間が終わる。山本は、きびすを返して立ち去った。
ふたりはひばつな
日曜の午前、沢田家の居間には、テレビを見ているランボとイーピンとフゥ太、それから、その3人につきあっている沢田と、ちゃぶ台に向かって、イーピンからもらったお手紙に、返事を書いている雲雀がいる。
お手紙の内容と、それに対する雲雀の返事は、気になるところだ。しかし沢田が、何が書いてあるのか見せてもらおうとしたら、真っ赤になったイーピンに、ダメー、と言われてしまい、危うく爆発するところだったので、それはあきらめた。好奇心で自宅が半壊してはたまらない。
テレビの中は、女児向けのアニメ番組がクライマックスで、子供たちにつきあっているだけだったはずの沢田も、結構、手に汗握りながら観ている。沢田たちと同じ年頃の、女の子の二人組みが、変身して悪と戦うのだ。そろそろ必殺技、というタイミングで、主人公たちは手を繋いだ。
(……ん?)
かざした、繋いでいない方の手から、光の渦が飛び出して、見事、悪の手下は倒された。何だか既視感が、
(あ……っ)
それは先日、風俗店の経営者たちをフルボッコにした時の、沢田と雲雀の姿に他ならないのだった。気づけば、返事を書き終わったらしい雲雀も、ちゃぶ台にほおづえをついてテレビを見ている。
「……今の、」
「言わないでください恥ずかしいから!」
ヒバツナ・マーブル・スクリュー。
以上、おまけでした!
2009年8月11日
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