夏休みもそろそろ折り返し地点である。
 盆も近くなれば、成績不振者の補習も休みになる。短い安息の日々……と思いきや、家に居たら居たで、子供たちの「どっか連れてけ」攻撃にあうのであった。沢田綱吉、中学生にして既に、子だくさんサラリーマンの気分を味わっている。
「ねーツナぁ、プール!海!!ランボさん、遊びに行きたいのよー」
「うーん……」
 ニュースは連日、真夏日を伝えている。綱吉だって、連れて行ってやりたいのはやまやまなのだが。というか、自分だって遊びたい。けれど、真夏日とともに伝えられるのが、子供の水難事故、行方不明事件である。行楽客でごった返すこの時期の海やプールに、この暴れん坊たちを連れて行ったら、綱吉の心臓はいくつあっても足りない。ついでに身体も。しかし、イーピンも、フゥ太も、聞き分けがいいから、ランボのようにだだをこねたりはしないが、何よりもその目が雄弁に語っている。
「あー……水遊び、」
 水風呂でもいいか、と思いかけて、でもせっかくこんなにいい天気なんだから、やっぱり外で、と思い直して。
「あ、……あーあーあー、あれがあるかも!ランボ、ちょっと待ってな。……母さーん!」
 扇風機の前に両脚を投げ出して座って、肩にランボ、膝にイーピン、背中にフゥ太、とまとわりつかれて汗だくだった綱吉は、三人の子供たちを振り落とすように立ち上がると、台所へ駆けて行った。綱吉の膝から足の甲まで、滑り台のように滑り落ちたイーピンのご機嫌な笑い声がきゃあきゃあと響いて、羨ましがるランボの声がそこへ被さる。外のセミにも負けない喧騒である。

「そうねぇ、まだ捨ててないと思うけど、あれじゃ、みんなで遊ぶには小さすぎるわよ。新しいの買いに行ったら?駅の向こうにホームセンターあるでしょう、あそこなら安いのがあるはずだから。よし、母さん、おこづかい奮発しちゃうから、スイカとか花火とか、色々買ってきちゃいなさい。」
 どこにも遊びに連れて行ってあげられなくてごめんねと、渡されたのは福沢諭吉。目的が目的だけに、炎天下のお使いも心が浮き立つ。
「お前たち、帽子かぶんなさい、買い物行くよー。」
 良い子たちの元気なお返事。
「ツナー、アイス!アイスたべたい!!」
「おー、良い子にしてたら帰りに買ってやるよ」
「ランボさんいつでもいいこだもんね!」
 そのもじゃもじゃ頭にキックしてチョップしたイーピンが何事か抗議している。気持ちはわかるがもう少しお手柔らかに頼む、と引きつり笑いをすれば、しっかりエコバッグを抱えたフゥ太が僕も僕も!と擦り寄ってくる。うん、お前は正真正銘良い子だ、苦労をかけるなぁ、綱吉は目頭を押さえる。ホームセンターへの道行きでも、二本しかない綱吉の手を取り合って、三人の子供たちは大騒ぎ、大はしゃぎ、このくらいの外出でこんなに喜ぶなんて、とまたもや目頭を熱くする少年は、自覚もないうちにすっかり所帯じみている。

 Tシャツがしぼれそうなくらい汗をかいて、ようやくたどり着いたホームセンターで、目的のものを買う。それから花火も。手持ち花火の詰め合わせは、一番大きなの。とんぼ花火にドラゴン。嫌な予感しかしないので、ねずみ花火は断固却下する。
「ツナ兄ぃ、へび花火〜」
「ええ、オレ、それあんまり好きじゃないんだよなー……」
「うんこ花火!うんこ!うんこー!」
「…………」
 ランボがうんこうんことうるさいので、一番小さい一袋だけ。中華の魂、爆竹を買いたがるイーピンを、近所迷惑だからと諭して、代わりにキャラクターものの可愛い絵のついた花火を一つ。何mか噴き上がる、手持ちの大きなのも、フゥ太にひとつ、綱吉にひとつ。
「花火は軽いから、ランボとイーピンも持てよー」
 楽しい買い物なら、お手伝いを頼んでも嫌がられない。次は商店街の八百屋へ一直線。腕組みをした綱吉は、狙いを定めて、店頭のスイカをいくつか叩いてみる。
「これください!」
「お、兄ちゃん、いい耳してるねー。絶対当たりだよ、それ」
 落としたら一巻の終わり、の大きなスイカは、しっかり者のフゥ太の担当。綱吉の手は、ホームセンターで買ったものでふさがっているので、助かる。
「きょうだいたくさんで大変だなー、これおまけにやるよ、スイカと一緒に冷やして食べな」
「ありがとうございます!ほら、お前たちもお礼言って、」
 きゅうりとトマトをおまけにもらって、お店を出れば、フゥ太が嬉しさを隠せないように、くすくす笑う。
「きょうだい、だって!ツナ兄!」
「似てないきょうだいも居たもんだなぁ」
 そう言う綱吉も、くすぐったい気分でふふふ、と笑う。一人っ子から四人きょうだいのお兄ちゃんにジョブチェンジだ。このグローバルな世の中、国籍の違うきょうだい、それもアリかもしれない。

「ブドウあじ!ブドウあじの!」
「ぼくチョコレートがいいな」
 最後はスーパーで、約束どおりのアイス。人数が多いので箱アイスを買って分ける。ブドウを主張するランボ、チョコ味に熱視線を送るフゥ太、フルーツ系が気になる様子のイーピン、オーソドックスにバニラで行きたい綱吉の間を取って、パナップにする。駐車場の隅の日陰でおやつタイム。行儀悪いと言うなかれ、家まで持って帰っていたら溶けてしまう。
「おや沢田さん、」
 こんな時に限って、見回り中の草壁哲矢に遭遇してしまい、綱吉は決まりの悪い心地で、でへへ、と笑った。草壁は子供を連れた綱吉を微笑ましげに見ている。
「沢田さんは毎日そうやって鍛えているから、委員長の扱いも上手いんですねぇ」
 この人、にこにこ顔ですごいこと言った!草壁と一緒にいる平委員A君は顔を青ざめさせ、綱吉はたらりと汗を流す。さすが、伊達に副委員長ではない、といったところか。草壁が雲雀のことをどう思っているのか、深くつっこむのは恐ろしく、綱吉はごまかすように、6個入りパナップの残り2個を、草壁と平委員A君に差し出した。
「見回り、お疲れ様です。どうですか?」
「いいんですか?恐れ入ります」
 ファミリーパックの小さなパナップは、いかつい風体の風紀委員たちにかかれば、一口サイズである。草壁が三口で食べ終わった空容器を、空き箱の中に回収して、えへへ、と綱吉は笑った。
「これで共犯ですよ!こんなとこでアイス食べてたって、雲雀さんには秘密にしといてください」
「おや、これはいけませんね、秘密にしておきましょう」
 抱っこをせがむランボとイーピンを抱き上げながら、草壁も、ふふ、と笑う。
「ランボ、イーピン、草壁さんはお仕事中なんだから、あんまり疲れさせちゃだめだぞー」
 このくらい構いませんよ、と二人をあやす草壁を、良いパパになりそうだなぁ、と見ていると、食べ終わった平委員A君が、ゴミ、捨ててきます、とさりげなく綱吉の手から空き箱を取り上げた。すみません、と恐縮する綱吉に、いいえこちらこそ、と生真面目に頭を下げる平委員A君、実は以前、綱吉が、機嫌の悪い雲雀が気まぐれに委員を殴り飛ばそうとしたのを叱っただけでなく、その後ご機嫌の回復まで、鮮やかな手腕でやってのけたのを目撃して以来、風紀委員長の恋人だから、ということだけではなくて、沢田綱吉を尊敬している。だがそれは綱吉のあずかり知らぬことである。
「今日はこれから、それで遊ぶんですか?」
「ああ、はい、こいつら、どこにも遊びに連れてってやれないんで、このくらいは」
 草壁の頭にのっかって、リーゼントをおもちゃにしているランボを慌てて抱き取っておろして、イーピンも受け取る。
「あ、そうだ、草壁さん今日、雲雀さんと顔あわせることありますか?」
 ふと思い立った綱吉は、イーピンを着地させながら草壁に尋ねる。ヒバリ、と聞いて、イーピンが期待した顔で綱吉を見上げる。
「この後、一度学校に戻って委員長に報告しますが。」
「雲雀さん、今日、一度学校に顔出したあと、うちに来るって言ってたんですけど、」
 そこまで言うと、草壁が、はい、聞いてますよ、と相づちを打ったので、綱吉はびっくりした。風紀で、朝にミーティングのようなことをするというのは聞いていたが、そんな個人的なことまで伝達するものなのか。
「ああ、いえ、そうではなくて、委員長がずいぶんと楽しみにしているようでしたので」
 今日は日中は仕事はしないと草壁にわざわざ宣言したのだという。そういえば、綱吉の補習に次ぐ補習、それにリボーンの監視の元での宿題の消化で、せっかくの夏休みだというのに、平日午前の補習の後、綱吉が応接室に顔を出す、昼時のわずかな時間しか会っていないのだった。いろいろな意味で恥ずかしく、綱吉は頬を染める。
 実は草壁には、今日のことで雲雀に手配を頼まれたものなどあったのだが、それは秘密である。綱吉からも雲雀からも秘密や伝言を預かって、やってられるか、と言いたくなってもおかしくない立場であるのに、お二人に信頼されて名誉なことです、と微笑んでしまえるのは、忠誠心のほかに、彼女持ちの余裕、というやつもあるのかもしれない。
「えっと、じゃあ、雲雀さん、うちに来るとき、海パン持ってきてくださいって伝えてもらえますか、」
 草壁は綱吉の伝言を聞くと笑いだした。
「楽しそうですね、伝えておきます。……きっと制服の下に履いて行かれますよ、すぐ遊べるように。」
 草壁の言葉を聞いて、綱吉も、ぶ、と吹き出した。
「だめだめ、だめですよ、雲雀さん、絶対ぱんつ忘れるから!」
 あっはっは、と笑っている二人の横で、ゴミ捨てから戻ってきた平委員A君が、ノーパン委員長を想像しないように必死に九九を暗誦しているが、綱吉は気づいていないし、草壁は気にしていない。
「沢田さんなら大丈夫かと思いますが、怪我など無いよう、お気をつけください。」
「ありがとうございます、お願いします。」
 ごちそうさまでした、と再び見回りへ出てゆく風紀委員たちに手を振って別れる。にこやかな草壁の横で、顔色の悪い平委員A君が少し気になったが、フゥ太に早く帰ろうよと裾を引かれた綱吉はすぐにそのことを忘れた。買うものは買って、おやつも食べたし、あとは遊ぶだけだ。走っちゃだめだぞ!なんて言いながら、重い荷物を抱える綱吉も、浮き足立っている。






2009年9月3日