「お湯に浸かると、身体が冷えてたんだってわかりますね」
 ほこほこと湯気を立てて風呂から上がった綱吉は、身体を拭きながら雲雀に話しかけたが、雲雀は無言で、黒地にピンクの、キティちゃんのトランクスを広げて動きを止めている。
「……ネコ、」
「それ、一回穿いただけなんで。もちろん洗濯してありますから、使ってください」
 表面上はにこやかに、何でもないことのように、あっさりと言う。言うことに成功する。自分はいたってありふれた、タータンチェックのを穿いている。
「僕はタチなんだけれど、」
「え?……ごめんなさい、何て言いました?」
 綱吉には意味がわからないのだった。雲雀は、いや、と首を振って、パンツを穿いた。
「雲雀さん、キティちゃん、似合…………っぶは、っは、ふはっ」
 そのまま、何でもないことのように、にこやかに話を続けようとしたが、キティちゃんのパンツを装着した雲雀を真っ正面から見たら、ついに作り笑顔を保てなくなって、綱吉は思いっきり吹き出した。黒地のそれは、本当に似合っている。デザイン的にはむしろ、綱吉が穿くよりも違和感がない。だが、ピンク色で描かれているのはキティちゃんなのだ。雲雀とキティちゃん。キティちゃん似合ってる……と思うと、もう笑いが止まらない。しゃがみこんで腹を抱える。肩を震わせていると、ばふん、と白い煙が立った。洗面台に置いてあった、ベビーパウダーだ。雲雀がもさもさしたパフにたっぷりつけて、綱吉の背中をはたいたのだった。もうもうと立ち込める、甘いような香りのする粉を吸い込んで、うえっほ、と綱吉はむせた。それでもまだ笑う。咎めるように、まふん、まふん、と雲雀はさらにはたいてくる。
「ひ、ひばりさ、っげほ、つけすぎっ、です、っうぇ、」
 笑いが止まらないので、どうしても吸い込んでしまう。背中に手を回すと、指が粉で白くなる。綱吉は手のひらで背を拭って、振り向くと、雲雀の胸になすりつけた。雲雀も、鎖骨に粉が溜まっている。
「ちょっとじっとしてください、」
 それを指で掬って手のひらにとって、華奢に見えるが綱吉よりは格段にたくましい、胸や腹や背中につけている間、雲雀はされるがままになって、手にはめたパフを見ている。
「この匂い、好き」
 どこか幼い口調で、雲雀は目を閉じると、ふんふん、と鼻を動かした。
「……小さい頃、これ、ケサランパサランなんだと思ってた」
 パフを缶に戻したり、また出したり、いじりまわしながら言う。耳慣れない言葉に、綱吉は首をかしげる。
「ケサランパサラン、知らない?」
 雲雀も首をかしげる。綱吉と雲雀は、これまでの生活習慣などがあまりにも違いすぎるので、こういうことがよくある。
「知らないです。け、けさらんぱさらん?、って、なんですか?」
 綱吉はわくわくと身を乗り出した。二人で頻繁に言葉を交わすようになった頃、付き合い始める前や、付き合うようになってすぐの頃は、こういうことがあるたびに、雲雀は苛立っていたし、綱吉は不安になっていたはずなのに、いつからそれをおもしろがるような余裕が出来たのだろうか。もう思い出せない。
「ケサランパサランっていうのは、こんな感じの、白い毛玉みたいな、……妖怪?なのかな。毛玉なんだけれど、空中にふよふよしてる。つかまえたら、空気穴を開けた桐の箱に入れて、おしろいをエサにする。どんどん増える。」
 妖怪、と聞いて、綱吉が少し怯えた顔になった。
「妖怪を飼って、増やすんですか?」
「うん。そうすると、幸せが訪れて、家が栄える……と、言われている。」
 あ、怖い話じゃないのか、とほっとした顔になる。雲雀はその頭をなでなでした。
「もし捕まえたら、桐の箱に入れて君にあげる。」
「それは嬉しいですけど、ボンゴレが栄えたら困るから、雲雀さんが飼って、時々オレに見せてください。」
「いいよ。」
 並盛が栄える、と雲雀は嬉しそうに笑った。そうして粉まみれで向かい合ってしゃがんだまま、いつか二人でケサランパサランを探す旅をしよう、などと話して、ふふふ、と笑っていると、がすがす、と脱衣所の扉が外から、おそらく蹴飛ばされた。
「そこのバカップル!!ていうか馬鹿二人!」
 リボーンだ。
「先にメシ食ってるぞ!10分以内に来ねーんだったら、おめーらの分はないものと思いやがれ!!」
「はーい。」
 その剣幕に、ヒィ、と青くなっている綱吉をよそに、雲雀が良い子のお返事をした。

「渋いですね!」
 言ってしまってから綱吉は、獄寺くんがうつった、と思った。四六時中一緒にいると、口癖もうつるのだろうか。そのうちに綱吉が、「果たす!」とか「なのなー」とか、言うようになったら、雲雀は怒るだろうか、と考える。それとも「咬み殺すよ」がうつるのが先か。
 雲雀が持ってきた甚平は、雲雀のものが芥子色の地に紺の格子、綱吉のものが紺の地に芥子色の格子で、縮の、しぼのある生地がいかにも涼しそうだった。着てみれば、さっと風が通るようで、肌に張り付かない。
「着心地良いですね、」
 高価そうですね、と言いそうになったが、もらったものの値段のことを言うのは野暮かと、何とか口をつぐんだ。
「雲雀さん、ありがとうございます。」
「うん。……似合ってる、」
 並んで鏡の前に立って、おそろいだよ、と見ればわかることをわざわざ口にしたので、雲雀的に最重要ポイントはそこらしかった。おそろい、嬉しいです、と相づちを打つと、雲雀が、ふにゃん、と小さな子供のように顔を崩したので、綱吉は、ああもう可愛いな押し倒しちゃうぞこんにゃろう、とネコらしからぬことを考えたが、そういうわけにもいかないので、一度だけぎゅっと抱きついて、後は性欲を食欲に変換するよう努力する。
「お昼ご飯、食べましょう」
 タイミング良く、雲雀のおなかが、きゅう、と鳴った。

 居間のちゃぶ台の上には、おにぎりと焼きそば、八百屋でおまけにもらったきゅうりとトマトは塩を振られて、他にはウインナー、ナゲットだとかいった簡単な肉類が、それぞれ大皿に盛られて置かれていたが、綱吉たちが来たときには残りは三分の一ほどになっていた。まったくリボーンの言うように、現在の沢田家の食卓においては、最初の10分で勝負が決まると言うのも、あながち大げさな話ではない。
「良かった、残ってる」
 子供たちはもう腹いっぱいに食べたのか、三角に切られたスイカを持って縁側に座り、種飛ばし競争をしている。
 雲雀は全種類食べたいと言って、取り皿を持って端から攻略していたが、綱吉はちゃぶ台の前に座ったら、性欲と食欲を飛び越えて、もう睡眠欲が頭をもたげてきて、おにぎりを手に取ると、もそもそと口に入れながらぼんやりしていた。思い返してみれば、昨夜は、今日から補習もないからと、深夜までゲームに夢中になっていたし、今朝は早くから子供たちにどっか連れてけと起こされた。それから炎天下に子供三人を連れて買い物に行って、水遊びで大暴れしたのだ。眠くなるのも道理である。
「焼きそば、おいしい。」
「うちの、オイスターソース、入れてるんです。かくし味はカレー粉だって、」
 もりもりと麺を食べて雲雀が言うと、綱吉がおにぎりを持ったまま雲雀の方を見て、返事をする。その一連の言動が、いかにも眠そうなのだった。おにぎりも持っているだけで、なかなか減っていかない。
「沢田も焼きそば食べなよ」
「はい、」
 雲雀が箸で一口分の麺を口元へ持っていくと、ぼんやりしている綱吉は何の疑問もなく口を開ける。眠そうでも腹は減っているから、口に入れられればもにゅもにゅと咀嚼して、食べる。雲雀は面白がって、ちゃぶ台の上のメニューを端から綱吉に食べさせた。綱吉がぼんやりともぐもぐしている間に、自分も食べる。やっていることは子供の遊びのようなのだが、とろん、とした綱吉の顔と、従順に口を開ける態度、ピンクの唇と白い歯、その向こうでちらちらと見え隠れする赤く濡れた舌などが、いけない想像をさせる。何しろ、男子中学生であるし。
「僕が差し出すものなら何でも口開けて、いやらしいなあ、沢田。」
 ちょうどその時、台所で奈々にエスプレッソを淹れて貰ったリボーンが、居間の戸口まで来ていて、うぜぇ、と物凄く嫌そうな顔で一言残して、また台所へ戻っていった。雲雀が、赤ん坊、どこ行くの?、とかなり淋しそうな声で言ったが、返事もない。ちぇ、とは言うものの、またすぐに綱吉に昼食を食べさせる作業に戻る。
「ごちそうさま、おいしかった。」
 あらかた片付いて、雲雀が手を合わせると、綱吉は、かくん、と頷いたんだか舟をこいだんだか、よくわからない動きをして、ふらふらと立ち上がった。大皿を重ねて持って、食器を下げようとする。
「危ないな、」
 奈々のしつけというより、身に染み付いた様子は、家庭科の家庭教師が身体(味覚?)に直接指導したのであろう。だが今は、落としそうで見ていられない。手伝おうとかちゃかちゃやっていると、奈々がやって来た。
「これがさっき言ってた甚平?二人とも似合ってるわねー、そういうの着ると、綱吉が家光さんに似て見えるわぁ。本当に頂いちゃっていいのかしら?」
「こちらこそ、お昼、ごちそうさま。おいしかった、」
「あら、嬉しいわ、ありがとう。簡単なものばっかりでごめんなさいね。食器もありがとうね、私が持っていくから、雲雀君もスイカ食べて?」
 あっという間に皿を奪われ、雲雀は結構おどろいた。沢田家光の妻、なかなかの実力者である。
「このくらいは、」
「ふふ、そんな気をつかわないでー。綱吉はどこか好きなとこに転がしといてくれればいいから」
 立ってはいるがもう目を閉じてしまっている綱吉が、むーん、と唸る。
「でも、」
「いーからおめーらはこっち来るな!」
 問答をしていると、ついに台所からリボーンが怒鳴って、それで決着がついた。軽やかに笑いながら、奈々が皿を持って背を向ける。
「好きなところ、」
 奈々に言われたことを反芻する。おねむな沢田綱吉を転がしておくのに適当な場所と言えば、やはり雲雀恭弥の腕の中であろう。一人納得して、縁側のスイカの大皿のところまで、雲雀は綱吉を抱えて引きずって行った。






ひばつな夫婦の新婚旅行は
『東北周遊・河童と出逢う旅・7泊8日』でいいと思います。
それで「ケサランパサランは見つからなかったよー」って言いながら
座敷わらしを連れて帰って来るといいと思います。おみやげはこけし。
2009年9月12日