元旦
ぱち、と雲雀が目を開けてすぐ、目の前にあった沢田の顔の、目蓋もぱかりと上がった。顔を見合って、何となく笑ってしまう。
「おはようございます、」
「おはよう」
「あけましておめでとうございます。」
「あけましておめでとう」
ふふふ、と笑った沢田が枕に顔を伏せた。シーツがごそごそと音をたてた。
「若くもないのに二夜連続ですよ、なんか恥ずかしい」
「まだじゅうぶん若いでしょ、僕ら。いいんじゃない、春から縁起が良くて」
「何の縁起がどう良いんです」
暗い部屋に二人分の笑い声が、くっくっと低く響いた。沢田は全裸でシーツに埋もれていて、顔を枕に押し付けて、うなじから肩甲骨の辺りまでが澱んだ寝室の空気にさらされていた。雲雀は浮き出た肩甲骨の間に頭を乗せて、頬ずりをしてから唇を付けた。背中から腰へ手のひらをゆっくり滑らせた。風呂には入ったから肌はさらさらしている。ン、と鼻に掛かった声がしたが、そのまま手を伸ばして尻を触ろうとすると、寝返りをうって避けられてしまった。沢田の身体にぐるぐるとシーツが巻き取られて雲雀の取り分が少なくなりそうだったので、ぐっと距離を詰めた。
「人出がまだ少ないうちに、初詣行きましょうよ」
鼻先が触れ合うような距離で沢田は笑った。昨夜は大晦日だというのに、酒を飲んで肴をつまんで蕎麦をすすって、飽きることなく話をして、それからいやらしいことを、前日のようなもどかしい飢餓感はもうなかったから、時間をかけて穏やかにゆっくり、心ゆくまでして、そして、除夜の鐘を撞くことも二年参りに行くこともせず、風呂に入って寝てしまったのだ。寺も神社も、大晦日の夜なんて群れが大挙して押し寄せているに決まっているし、それを見たら雲雀は取り締まりたくなるに決まっていた。さらに、群れの中には二人の顔を良く知っている者もたくさんいるだろう。なんだかんだと言われるのも気分が悪い。
沢田がごそごそと手を伸ばして部屋の明かりをつけた。時計はまだ早朝と言っていい時間を指していた。
「ね、今なら、そんなに人もいませんよ」
雲雀は、澱んでいてどこか少し性交の匂いの残るベッドの上で、冬の早朝のきんと凍るような寒さの並盛神社の清浄な空気を思い浮かべた。きっと元旦の朝にふさわしく、しゃっきりした気持ちになるだろう。深呼吸すれば、気管はつめたく冷えて肺にはぴりりとした新鮮な空気が満ちるはずだ。
そこまで考えておきながら、それ以上寝返りを打って逃げられないように沢田の身体の脇に手をついてから、覆い被さって、ちゅう、と鼻先に吸い付いた。沢田は笑っている。のっしりと胸の上に体重を掛けても、痩せていても打たれ強い身体はびくともしない。女性のように胸に凹凸があるわけではないから、二人の身体はぴたりと合わさった。とんとんとんとん、と二人分の心臓が静かに響いている。
「子供の頃、オレに『一年の計は元旦にあり』って言葉を教えてくれたのは雲雀さんだったと思いますけど、」
脚を絡めれば性器が触れ合った。首筋に鼻面を押し付けながら、そういえばそんなこともあったか、と遠い記憶を呼び戻す。沢田が、雲雀に関しては記憶力は良い、と言うのは本当のことだ。大晦日にはしゃぎすぎて元旦の朝、いつまでも布団に包まっている彼を、引っ張り出して初詣に出かけた記憶がかすかにある。今年こそ遅刻を減らせと、早朝から。
「だからでしょ」
あの時も今も、言いたい事は同じだ。今年こそ、もっと雲雀に構って、戦って、セックスして、ご飯を食べて、一緒に過ごしてほしい。
「……そういう意味だったんですか」
風紀を守って規則正しくすごせと言われているのだと思っていた、と沢田はぽかんとした顔をして、それから赤くなって、最後に笑い出した。両腕を雲雀に向かって伸ばして、さらさらと髪を指で梳くようにしてから、抱え込んで額に唇で触れてくる。
「そんなの聞いちゃったら、今日はもうベッドから出られません」
雲雀はシーツをたぐり寄せて、二人の間に入り込んでいた布を全て排除した。ぎゅっとしがみつくように抱きついて、ぴったりと身体を合わせた。
「今年はこんな一年になるよ」
「なるといいですねえ」
「いいですねえじゃなくて、君が協力してくれなきゃならない」
沢田が駄々っ子を宥めるように頭を撫でるのが、気持ちいいのが少し悔しい。
「今年も、どうぞよろしくお願いしますね、雲雀さん」
「こちらこそ」
笑って、キスをして、あとはシーツが擦れる音と吐息ばかりが大きくなった。本当に、こんな一年になればいい、と心の底から雲雀は願った。
アドヴェントカレンダーこれにて終了です
約8ヶ月もの間おつきあい頂きましてありがとうございました!
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