12月7日

 珍しく、普通の勤め人のように17時頃デスクワークを終わらせた雲雀は、常に身につけている爪と牙、トンファー以外は手ぶらでふらりと外へ出た。クリスマスのイルミネーションが点灯しだした街に浮かれ気分の輩も増えてきたようだ。並盛町の秩序と風紀を乱すたくさんの群れ。腹の底から湧き上がる苛立ちは、しかし高揚感でもある。邪魔なコートは脱ぎ捨てて、舌なめずり一つ。駅前で、繁華街で、公園で、雲雀は、目に付く獲物を次々と咬み殺す。

 近頃少し机に向かわなければならないことが多く、こうして街を見回る機会も減っていた。トンファーに付いた血を振り落とす。一つひとつの群れは有象無象の集まりだが、数が多ければそれなり、咬み応えもある。わくわくする。獣が浮かべる物騒な笑みは裏がないから無邪気だ。すぐに日も暮れた夜の中を、音も無く縦横に駆ける。

 深夜、ねぐらへ帰った雲雀は、疲労感を心地よい充足感に変えて風呂へ浸かった。隅々まで躍動した筋肉がぽかぽかと暖まる。このくらいなら乳酸もたまらない。子供の頃のように暴れるだけで過ぎる毎日ではないけれど、衰えるような過ごし方はしていない。

 肌になじむ寝巻きに着替え、床に入った。充実した、良い一日だった。灯りを消した部屋で横になり目を閉じて、そして、ぱっちり開いて、がば、と起き上がった。

 カレンダーを、開けていない。

 日付はとうに変わってしまっている。もう、12月8日だ。ぶる、と薄い寝巻きを通してしみてくる冷気に震えた雲雀は、再び横になって布団をかぶった。ゆっくりと侵食してきていた睡魔は、すっかり遠くなってしまった。沢田綱吉に申し訳ないとは思わない。あれは彼が勝手に押し付けていったものだ。しかも直接ではなく、人づてに。できたら毎日開けてくれたら嬉しい、とそれだけの言葉に拘束されるつもりはない。

 ただ、十二月でなくたってなかなか会うこともできない彼が、三十日間毎日、雲雀のために用意した言葉、それを一日分受けそこなったことを、雲雀が勝手に後悔しているだけなのだ。朝一番、執務室に入ったときに、草壁がいるから、なんて見栄を張らないで開けてしまえばよかった。掛け布団を頭まで引き上げて、その中で雲雀はむくれた。

 さっきまでは確かに、充実した素晴らしい一日だったと思っていたのに、カレンダーを開けなかった、そのことだけで急に、12月7日が取るに足らない日だったように感じられた。なんて酷い、沢田綱吉のせいだ。

「ばーかばーか。沢田のばーか。」

 そのままふて寝を決め込んだけれど、ふかふかの布団に一ヶ月ほど前に泊まっていった沢田綱吉の残り香などもちろん残っているはずもなく、清潔なシーツの匂いにますますつまらない気分になった。