12月24日

 そろそろ一息入れようか、と顔を上げたところで盆を持った草壁が入室してきた。先ほどまで執務室の中で資料整理をしていたはずだが、退室していたのにすら気づいていなかった雲雀は何度か瞬きした。もともと気の利く男であるが(雲雀に仕えるがために気が利かざるを得なかった、という事実については雲雀の認識の外であった)ここ数年、特に磨きがかかっている気がする。

「どうぞ。……こっちは、うちのが作ったものですが、良かったら」

 盆の上には白い湯気を立てる熱い紅茶と薄く切り分けられたシュトーレンが数切れ載っていた。料理上手の草壁の細君の手作りとあって、雲雀は期待を隠しもせずにそれを受け取った。世間はクリスマスイブである。今年は沢田綱吉の「アドベントカレンダー」があるから今日の日付については承知していたが、草壁がさりげなく添える茶菓子で季節を知るのが例年のことだ。

 草壁夫人は風紀の研究員である。といっても草壁と出会ったのは草壁が中学生、奥方が大学生の頃の話で、研究所設立の際、草壁が泣き落としに近い形で頼み込み、某大企業の研究機関から風紀に転職してもらったのだった。巨大マフィア幹部の妻に毎日通勤電車に乗られては身辺警護のしようもないし、万が一一般市民の皆さんを巻き込むようなことがあってはいくら後悔してもし足りない。

 妊娠、出産にあたっては産休と育休をとっていたが、現在はボンゴレ並盛支部内にある託児所に娘を預けて勤務を再開している。先日差し入れてもらったサンドイッチだとか、冬至にはかぼちゃの煮付けが入ったタッパーを持たされたし、夫の上司(独身・同性のパートナーあり)の存在に色々と気を遣わせているようである。子育て、仕事、多忙なことは間違いないはずで申し訳ないとは思いつつ、「料理は実験と一緒」と言い切る(草壁談)彼女の腕は仕事同様確かなもので、雲雀はどうにも「お気遣いなく」の一言が言えずにいる。

 ほろほろとこぼれ落ちる粉糖を不要になった書類で受けて、真ん中にマジパンの入ったシュトーレンをゆっくりと口に運んだ。熟成の進んだ生地にはフルーツの香りが良くなじんでいて、おそらくドイツの伝統通りアドベントの前に作ったものだと思われた。舌に残るラム酒が濃い目の紅茶とよく合う。掛け値なしに美味である。「自分も休憩を取らせてもらいます」と退室を告げる草壁に感想と感謝と今日は定時で帰るように伝えて、それから雲雀はカレンダーを取り出した。

 はじめてイタリアに行ったとき
 偶然入った教会で
 あんまりきれいな音だったのと
 オレでも知ってる曲だったから
 ケータイでこっそり録音しちゃいました

 SDカードが入っているのは2度目である。指先の砂糖をティッシュで拭ってPCで再生してみる。

「……Gloria in excelsis Deo……荒野の果てに、か」

 イタリアならカトリックだろうから、あめのみつかいの、と言うべきかもしれない。彼が初めて渡伊したのは高校生の頃と記憶している。途中から始まって途中でぶつ切りになっており、携帯電話の機能の限界で音は割れていたが、それでもスピーカーからあふれる圧倒されるような荘厳な響きからは美しいものに対する沢田少年の素直な感動が想像され、雲雀の唇をほころばせた。

 リピート再生にしておいて再びシュトーレンの攻略にかかった。ふと、聖歌をBGMにシュトーレンを食べる、などとこんな「らしい」クリスマスイブは、生まれて初めてのことではないか、と新鮮な驚きをもって考えた。意外と悪くない気分だった。