12月27日

 深夜から降り始めた初雪は明け方には止んでいた。ほとんど溶けてはいたが、それでも月曜の交通の麻痺を心配して、早朝から並盛町内を見回った雲雀は普段より一時間ほど遅い出勤となった。風紀の地上部の玄関前には大小の雪だるまや雪うさぎが並んでいた。出勤してきた研究員が残っている雪をかき集めて作ったものだろう。毎年、降雪のたびに見られる風景だ。最初は驚いたが、慣れた。

 スパナがいい例だが、研究職の人間がおしなべて稚気に富んでいるのはなぜだろうかと、黒いスーツの肩に落ちた風花を払いながら雲雀は考える。真理の追究、すなわち「どうして?」とは子供にしか持てないものなのだろうか。

 エレベータに乗る。執務室のある地下ではなく、屋上へのボタンを押した。今から雲雀がしようとしていることも、稚気と言えばそうだろうか。チン、と控えめな音が鳴って、すっと扉が開いた。いきなり屋外というわけではなく小さな階段室になっているが、空調はないので底冷えしている。手のひらがくっついてしまいそうなほど冷え切ったドアノブを回し外に出た。

 ここもやはり既に出勤した職員たちの餌食になったようで、無数の足跡や、なんと雪合戦らしきことをした跡まであった。間もなく冬期休業に入るが、一足早く体調不良で欠勤などということにならなければいいが、と雲雀は肩をすくめた。想像通り、地上よりはたくさん雪が残っている。踏み荒らされたぬかるみを避けて、屋上の端まで出る。ヘリポートになっているため柵はない。だからあまり近寄る者はない。一段高くなったへりの部分までくると、ところどころに鳥の足跡があるくらいだ。

 薄く積もったまっさらな雪の中でもさらに、見た目に綺麗な部分をいくらか掬う。それをポケットから取り出したコンビニ袋に詰めた。綺麗な部分を探しては、さくさく、さくさくと掬っては袋に入れ、やがて元は缶コーヒーとガムが入っていた小さな袋はいっぱいになった。

 沢田綱吉が、毎年酒に雪を入れて飲むのだった。器にこんもりと盛り付けた雪に甘い酒をかけてカキ氷風に食べていることもあるし、ぎゅっと握った雪玉で洋酒のロックを楽しんでいることもある。掘りごたつと火鉢をそろえた雲雀の私室で、木桶につめた雪に徳利を埋めて冷酒を飲んだこともあったか。いつも嬉しそうなのだ。

「汚いよ、」

 やめろ、と止めたこともあった。銀白の、穢れなどなさそうな顔をして、雪というやつは大気中のゴミを吸い込んでいる。けれど、

「毒を持って毒を制す、いいじゃあないですか」

 腹黒いのはお互い様、まあオレは見た目も汚いですけど、などと彼は笑って取り合わなかった。最近では雲雀も飲めないなりに付き合っている。凍える空気の中の汚れを吸い込んで、溶けて無くなれば美しく春になってめでたしめでたし、そんなことは許さないよと伝えるために。

 あふれるほど雪が入った袋を少し押し固めて、口をしっかり縛った。これを冷凍庫に入れておけば、五日後、大晦日にはまた雪の入った酒が飲めるだろう。真っ赤になって濡れた指先をスラックスの腰の辺りに拭いつけて、執務室へ行ったらまず熱いお茶を飲んで指と身体を暖めて、今日のカレンダーを開けて、それから仕事をしよう、と考えた。