大晦日の2

 間もなく紅白歌合戦の始まる時間、リビングのテレビはNHK総合でつけたままにしてある。こたつの上にはお節の他にこれも持って行けあれも持って行けと奈々に持たされた惣菜や酒のつまみが並び、沢田は雲雀が自宅から持ってきた、27日の朝に風紀の屋上から掬ってきた雪をボウルに盛って、そこへ昨日開けた日本酒を入れた徳利を埋めている。雲雀はコンロの前で、ふつふつと底からあぶくの立ちはじめた鍋をお玉でくるりとかき回して、一舐めして味をみた。蕎麦のかけつゆである。沢田の方が割りと濃い味を好むから、雲雀の好みの味で作ってよそった後、各自好みで味を調節するのだ。

「できた、」
「こっちも準備できましたよ」

 いそいそとキッチンからリビングへ蕎麦と酒を運んだ。配置は昨日と同じ、テレビの前に長方形のこたつ、その長辺に二人で並んで入って、ソファーを背もたれにする格好だ。

「今年も一年、お疲れ様です」
「君もね」

 状況によってはお互いに敵に回ることもあるし、沢田ができない汚れ仕事を雲雀が引き受けたり、強引な手を使った雲雀の後始末に沢田が出てきたり、考えれば仕事上は「お疲れ様」などと簡単に言えるような間柄でもないけれど、そういったことに悩む時期は一度過ぎてしまった。今はただ、互いの労をねぎらって、癒しを求めていちゃいちゃするだけである。

「そうだ、忘れるところだった」

 雲雀は一度席を立って、自宅から持って来た風呂敷包みをごそごそとかき回した。

「これ、返すよ」
「ああ、」

 紺地に白い紐、並盛神社のお守りだ。

「持って行かなかったけど」
「そーだろーと思ってました」

 ちぇ、と拗ねた素振りで、顔は笑っている。失くすといけないから、と沢田も席を立って鍵や財布などを置いているトレイにお守りを置きに行った。

「薬とばんそうこうはどうしたんですか?」
「持って行くつもりはなかったけど哲に見つかってカバンに入れられた。役に立ったから驚いたよ、案外、馬鹿にしたものでもなかった」

 役に立った、という言葉に薬を持たせた沢田の方が目をぱちぱちさせた。それこそ、「お守り」くらいのつもりで実際に使うとは思っていなかったのだろう。

「象をも倒す毒にも負けない雲雀さんが、何食べたらお腹壊すんです?」
「毒と胃腸の強さは関係ないでしょ、腹を壊したのは僕じゃないけど」

 酷い言い草だ。しかし誰もが洗礼を受けるというアジアの屋台食文化で、雲雀は過去一度も腹を壊したことがないのだから、反論は弱い。

「ばんそうこうは使ったよ」
「ええっ、雲雀さんが、マイメロディのばんそうこうを!?見たかったなあ」
「マイメロディってなに?」
「うさぎの絵が描いてあったでしょう、その子の名前です」

 昔アニメやってて、イーピンに付き合って観ましたけど、オレはクロミちゃんの方が好きだったなぁ、と雲雀にはまったく意味不明なことを懐かしそうに語った。そこからは、アドベントカレンダーに入っていたものと手紙の話になった。テレビでは国民的歌番組が始まっていたが、もともと観る気のない雲雀はもとより、沢田も聞き流していた。

「カレンダーそのものも、最初は、お菓子屋さんとかで売ってる綺麗なのをどっかで調達してきて、中身だけ入れ替えるつもりだったんです。オレは雲雀さんもよく知ってる通り不器用だし、面倒くさがりだし。だけど、駅前デパートの地下行ってみても、お菓子屋さんで売ってるのって厚みがないし、そもそも小さくて。海外のサイトで木で出来てるみたいな本格的なのも見ましたけど、雲雀さんもらっても困るでしょう」
「そりゃあ、困るね」

 こっくりと、雲雀は頷いた。沢田の手紙が入っていたからこそ毎日毎日一つずつ扉を開いたのであって、来年以降手元に残っても、使うあてなどあるわけがない。

「そしたらちょうど、リボーンがビアンキと日光に行って来たって温泉まんじゅう買ってきて、箱の大きさがちょうどいいなって思って、」
「……赤ん坊は、暇なわけ、」
「……やりたいことしかやらない奴です」

 二人そろってしばし遠い目になった。しかしまあ、今に始まったことではない。気を取り直して話を続けた。

「そんなこともあって、去年はもう、絶対に12月1日には渡せないなって思って、今年になりました。雲雀さんに鍵を渡す口実、と言えばそれだけで、別にカレンダーにこだわることはないとも思いましたけど、」

 雲雀は雪の中から徳利を抜いて、沢田の手元のぐいのみに注いでやった。嬉しそうに顔をほころばせて口に運ぶのを見て、雲雀も微笑う。

「僕は、君が作ったへたくそなカレンダーもらって良かったと思う」
「へたくそは余計です」

 ぷう、と頬を膨らませた沢田が、雲雀が自分の小皿に取り分けておいたからすみと長芋の和え物からからすみだけを攫っていった。奈々に持たされた小鉢にはまだたくさん入っているからまったく意味のない嫌がらせだ。それよりも、20歳を過ぎて頬を膨らませるのが似合う男(しかも巨大マフィアのボス)というのはどうなのか。

「子供の頃、クリスマスを楽しみにしたことなんてないけど、もしもそんな子供だったとして、きっとこんな気持ちだったんだろうと思いながら毎日開けてた。君は昨日、僕に毎日君のことを考えさせる作戦だって言ったけど、まんまとはめられた、考えたって会えるわけじゃないのに、毎日君のこと考えた」
「……オレも、今日は雲雀さんカレンダー開けたかなとか、今日は何入れたんだっけとか、毎日ちょっとでも必ず雲雀さんのこと考えて、自分でやったのに、会えないのに雲雀さんのことばっかり考えるの淋しいなあって思ってました」

 テレビではちょうど、若い女の歌手が切なげにラブソングを歌っていて、歌唱力に恵まれているとはとても言えなかったけれど、音楽としての完成度よりも、色恋沙汰という普遍的なテーマの中に多くの人の心を引っかくものがあるから流行るのだろう、とらしくもなく考えた。

「これからは鍵を使うよ、」
「そうしてください、オレがいなくてもどんどん入っちゃってください」

 沢田がいない時にここにきて、いないうちに帰ることの方が多そうだけれど、そうしたら今度は雲雀が手紙を書いて残して行けばいい。

「来年はよろしく、」
「こちらこそ」

 沢田が軽くぐい飲みを掲げた。酒を飲まない雲雀にはぶつけるグラスもないので、代わりに沢田の唇に唇をぶつけた。