ハロウィンの黒とオレンジが町から消えたと思ったら、もう赤と緑に侵食され始めている。木枯らしの駅前ではクリスマスソングがかかっていた。気が早い。毎年こんなに早かったろうか、と考えてみても、以前のオレは、学校と家の往復、部屋に帰ってしまえばゲームか漫画かテレビか、外出することはないし、そもそも行事と言うものに縁が薄かったのだ、と思い当たった。
「ただいまー!かーさん、しょうゆいつものやつなかったけどー」
 言いながら適当に靴を脱ぎ散らかして、あったかい家の中に駆け込む。けど、返事がない。なにかざわざわしてる。
「かーさん?」
 台所ののれんをくぐるとエライことになっていた。
「うわぁ、」
 テーブルの上、床、あちこちに、新聞紙……いや、新聞紙にくるまれた色々なものが散乱している。それだけじゃない、母さん、リボーン、ランボ、イーピン、フゥ太、ビアンキ、うちの同居家族が、そう広くはない台所に全員そろっていて、コーヒーを飲んだり(リボーンだ)、お菓子を出したり(母さんとビアンキだ)、床に座り込んで新聞包みを開いたり(残り全員)していた。なんだなんだ、何が起こった。
「あぁ、ツナ、おかえりなさい。おつかいありがとう、たすかったわー」
「なに?クリスマスツリー?」
 納戸の奥にしまわれていた古いクリスマスツリー。オレが小学生の時には出していた気がするんだけど、そういえばここ何年かは見ていなかった。
「ランボちゃんがね、テレビで、特集を見たらしいの」
 母さんは、関東の海沿いにある、ネズミがたくさんいる某遊園地の名前を出した。それならオレもテレビで見たことある。確かに、あのクリスマスツリーはすごい。
「うちにもあるわよって言ったらはしゃいじゃってかわいいわぁ。ツナも昔はああだったのに……」
「なんだよ!」
 今はランボが可愛いならいいじゃないか。おうちで家族とクリスマスツリーを飾り付けてはしゃぐ男子中学生なんて嫌だ。
 それはともかく。フゥ太と一緒に、三分解されたクリスマスツリーを組み立てているランボを見る。ランボがテレビで見たツリーを想像しているのなら……
「こんだけ?ママン、ツリーこんだけ?テレビでみたのとちがう!」
 やっぱり。うちのツリーの長所は、小学生のオレでもてっぺんの星を飾ることができた、ということくらいだ。小さかったオレと母さんの二人きりなら十分だったツリーも、この大所帯で飾り付けるには貧相だろう。
「あんなおっきなの、うちにあるわけないだろー?これだってクリスマスツリーじゃないか」
 騒ぎ立てるランボの襟首をつまんで抱き上げて、諭すように言ってみたけど、もちろんこの暴れん坊が聞くわけない。癇癪を起こしてしまった子供の気をそらせるのに、お菓子を出したり、上手くもないクリスマスソングを歌わされたり、騒音に機嫌の悪くなったリボーンは発砲するし、まったく散々な目にあった。
「あ、ちょっとツナ、おしょうゆ違うじゃないの!」
「さいしょに言ったじゃん……」


 雲雀さんが、風紀の仕事が少ないから一緒に帰ろうと誘ってくれた。オレの家と雲雀さんの家は「一緒に帰る」というほど近くもないし、方向も違うけど、要するにこれは、いわゆるデートのお誘いなのだ。応接室で雑務が終わるのを少しだけ待って、グラウンドで部活中の山本に手を振りながら、草壁さんも並んで三人で校門を出る。草壁さんはオレ達とは逆方向。今日はこれから駅で待ち合わせて、彼女さんとご飯だそうだ。
「手がつめたい。」
 歩き始めてすぐ、雲雀さんが無表情で言うのにオレは頬がゆるんでしまう。オレは両手に例のミトンをはめている。立ち止まって右手のをはずすと、雲雀さんに差し出した。
「どうぞ」
 うん、と頷いた雲雀さんは右手にミトンをはめる。それから、差し出されたままのオレの右手を、左手で握る。
「あったかい。」
 そう言って再び歩き出す。オレは、雲雀さんが、黒い革のかっこいい手袋を持っているのを知っている。なぜなら、それを贈ったディーノさんから聞いたからだ(オレはなんかものすごい靴をもらった。イタリアは革製品が名産なんだとか)。雲雀さんが一人の時には、それをはめているのも知っている(この間商店街で偶然見かけた。オレストーカーみたい……)。だけど、オレの前では絶対にそれを出さないので、オレたちは手袋を片方ずつわけて、手を繋いで歩くことができるのだ。オレが気づいてる、ということに雲雀さんもうすうす気づいているっぽい。
「……いつも思うけど、君はそんな簡単に自分の得物を他人に触らせていいの」
 いまさらな照れ隠しが可愛い。そう、正直に言って、雲雀さんは、可愛い。
「雲雀さんだけです。」
「何人に言っているの?それ」
 頬が赤くなっているのは、寒いからってことにしてあげようと思う。
「雲雀さんだって、最近オレにトンファー触らせてくれるじゃないですか。」
「戦闘で触ってくれるなら、もっといいんだけど」
「遠慮します!」
 全力で否定すると、真っ白な息が、夕暮れの薄青い空気の中にもわっと浮き上がった。
「あ、息まっしろですよ、寒いはずです」
 驚いて高い声をあげてしまったオレの周りがぽわぽわと白くなる。雲雀さんからはあんまり白い息が出ない。なんでだろう。まさかそんなに体温が低……いやいや、それはない。さすがにない。ないはずだ。
「おもしろいからもっとしゃべって」
 そういう雲雀さんの、多分オレとか草壁さんとかにしかわかんない、かすかな微笑がとてもきれいだったので、オレはとにかく何か話をと思って、ついこの間の、沢田家で起こったクリスマスツリー騒動についてしゃべった。白い息がたくさん吐き出される。

「雲雀さんちは、クリスマスツリーもう出しましたか?」
 大げさな身振り手振りを交えてのオレの話が終わって、雲雀さんはそんなオレを見てなんだか機嫌良さそうにしているので、話を終わらせたくなくて、そう尋ねると、雲雀さんはなにやら考え込んだ。
「どうかな、時期的に飾っていてもおかしくないけど、ここのところ厨房と自分の部屋くらいしか行ってないから……」
 オレの家でクリスマスツリーを出せばすぐにわかる。子供たちが騒ぐから、と言うのはもちろんあるけど、物理的に、視界に入れずに生活することは無理だからだ。家の中で何が行なわれてるのかもわからないなんて、どんだけでかいんだ雲雀さんち……(オレは風紀委員が借りているという駅近くのアパートにしか行ったことがない)
「雲雀さんちのツリーは、大きそうですね」
 ランボじゃないけれど、某所の巨大ツリーを思い浮かべてちょっとわくわくしたオレを見下ろして、雲雀さんはぽつりと言った。
「大きいクリスマスツリー、採りに行く?」

 …………採りに行く?




2008年12月14日