「雲雀さん、これがいい!」
 小一時間ほどうろうろして、オレは、これぞクリスマスツリー!という綺麗な形の立派なもみの木に狙いを定めた。見上げるくらいだから、高さは2mくらいだろうか。ここに来るまでが長かった。

 なんというか、間抜けなことに、オレは本物のもみの木を見たことがなく、当然、「じゃ、どの木がいいか選んできなよ」と雲雀さんに言われても、どれがもみの木かなんてわかるわけがなかったのだ。気合とは裏腹に、なかなか探しに行かないオレを不審げに見た雲雀さんに、もじもじと説明すれば、呆れられるかと思ったけれど、ぶ、と吹きだして「ばかな子だね」と笑いだした。しょうがないなぁ、という感じの、雲雀さんには珍しい優しい笑顔で、オレは自分が笑われているというのにちょっと見とれてしまった。こんな顔もするんだ。
「プラスチックのクリスマスツリーだって、本物のもみの木に似せて作ってあるんだから、それに似た木だよ。この季節に緑色をしているんだから、そう多くないだろ」
 言われて、みどり、みどり、と辺りを見回すものの、何やらよくわからない。
「ええと、これですか?」
「それのどこがクリスマスツリーなの。葉っぱが丸いでしょ。イヌツゲだよ」
 みどり、ということだけに反応してしまった。確かに良く見れば全然違う。
「ええと、ええと、あっ、これは?」
「気持ちはわからなくもないけど。コウヤマキ。もみの葉っぱはもっとちっちゃいからね。色も濃い。」
 木の形も考えて探してみたけれど、また違う。ちっちゃい葉っぱ、濃い緑、とぶつぶつ呟きながら、うろうろと歩き回るオレの後を、雲雀さんが着いて来てくれる。
「……これ!」
「惜しい、これはツガだよ。似ているけれど、もみの木は葉の先がとがってる。まぁ、これをクリスマスツリーといって持って帰っても、たいした違いはないと思うけど。」
 ここまで来たんだから、本物がいい。オレが途方に暮れて突っ立っていると、雲雀さんは「ちょっとついておいで」と言って先にたって歩き出した。
「あぁ、あった。これだよ。これがもみの木。よく見て覚えな。」
 それは、多分10mくらいある立派な木で、そうやって本物を見れば、確かに、うちにある古い小さなツリーも、この木を模したんだということがわかる形をしていた。雲雀さんに言われたとおり、しっかり目に焼き付ける。葉っぱの形、色、付き方、木の幹の肌の様子、全体の形。
 そうやって辺りを見回せば、その景色はさっきまでとは違っていた。全部同じように見えていた木も、名前まではわからないけれど、いくつかは違う種類だってことがわかる。
「わかった!雲雀さん、これ!これ、もみの木でしょ!」
 ちょうど、うちのツリーくらいの小さな木を見つけて、オレは小さい子みたいにはしゃいで駆けて行く。雲雀さんはやっぱり笑いながら、後から来てくれる。
「そう。よくできました。」
 ……撫でられちゃった。へへへ、と笑うオレの鼻をつまんで、「ほら、もうわかったろ。探しといで」と言う雲雀さんに見送られて、行ったり戻ったり。
 そしてようやく、この木を見つけたのだった。

 木を切り倒す前に、そこでお弁当を広げた。
「雲雀さんて、木のこと、詳しいんですね」
 皿におかずを取り分けながら、ここに来てからずっと驚いていたことを口に出してみる。
「どうぞ。」
「ありがとう。いただきます。」
「いただきまーす」
 母さんが持たせてくれたのは、おにぎり、からあげ、たまごやき、たこさんウィンナーに、茹でたブロッコリーと、うさぎりんご、という定番のメニューだったけれど、はしゃぎまわった後で、外で食べると、ものすごくおいしい。雲雀さんも、顔を見る限り、おいしくない、とは思ってないみたいだけど。オレと同じように思っていてくれたら嬉しいな。オレはそうっと様子をうかがってみる。
「……死んだ婆さんが、」
 雲雀さんはそう言いかけて、でもどう続けようか迷ったように、そこで一旦言葉を切って、水筒の熱い緑茶をずずっとすすった。
「僕は婆さん子で、小さな頃ここによく連れて来てもらった。婆さんが山を歩くのが好きな人でね。春は花見。夏は竹を切りに来たし、秋は茸と栗。冬はもみの木を採りに来たよ、今日みたいに。僕は特に山が好きという訳ではなかったけど……いや、今考えると好きだったのかな。婆さんが好きだったから、自然と覚えた。」
 雲雀さんの口から自主的に、家族の話が出るのはこれが初めてだ。ひそかに感激していると、思い出を語ってどこか遠くを見ていた雲雀さんの目が、急にオレの方へ戻ってきて笑う。
「さっき、うろちょろする君を見てたら、婆さんもこんな気分だったのかなと思って、おかしかった。」
「オレ、雲雀さんの孫ですかぁ?」
「まさか。ちゃんと『彼氏』だと思っているよ、」
 情けなく眉尻を下げたオレを見て、また笑う雲雀さんはやわらかい。雲雀さんの方こそ、きっとその「婆さん」の前では、こんな風な子供だったんだろう。口では文句を言いながら、またひとつ知った雲雀さんの一面を、オレは幸せな気持ちで胸にしまっておく。
「婆さんは、群れるのを嫌って同年代の子たちと遊ばない僕を、気にしていたけど。今はこうやって君といるね。」
 雲雀さんは長い指でオレのほっぺたについていたご飯粒をとって、ためらいもなくそれを自分の口へいれてしまった。オレは思わずそこを押さえる。
「君が好きだよ。今日はここに君と一緒に来られて嬉しい。」
 ……………………わああ!もうどうしよう、オレは叫びたい。こんな、こんな、人の目をまっすぐ見てこんなこと言える雲雀さんなんて反則だ。普段は、どちらかというと、雲雀さんがオレの領域の方へ来てくれている。そこでの雲雀さんは、物慣れなくて、照れ屋なとこもあるから、オレは、からかったり、偉そうなことを言ってみたり、そんな恐れ知らずの振る舞いができるのだけど。ここは雲雀さんの巣の中で、雲雀さんは全然ためらわない。さらに、オレが手に力を入れすぎてぐにゃぐにゃにしてしまったおにぎりを取り上げて皿に置くと、手に付いたご飯粒も、唇で直接とってしまう。
「おっ……オレも、ひっ雲雀さんに、ここに連れてきてもらえて嬉しい!雲雀さんが、す、好きです!」

 それからしばらくいちゃいちゃしていたので、昼食ももみの木採りも中断した。




2008年12月18日