応接室の扉をノックする。雲雀さんはあれでいて受身の人で、こちらから行動を起こさなければ返事ももらえないので、ノックしながら声をかけて、ついでに扉も開けてしまう。
「雲雀さん、」
扉の隙間から顔だけで覗き込んで、しかしそこにいたのは草壁さん、だけだった。
「おや沢田さん、いらっしゃい」
「あっ、ごめんなさい、」
慌てて首を引っ込めようとしたオレを、草壁さんも慌てて引き止める。
「どうぞ入ってください、委員長は見回りで、もう帰ってきますから」
「……えと、じゃあ、お邪魔します。」
「どうぞ、といっても、自分の部屋じゃあ、ありませんがね」
ちょっと迷ったけれど、おどけたようなセリフに笑いながら部屋に入ると、草壁さんはお茶を淹れてくれた。
「ごめんなさい、お仕事中だったんじゃないですか?」
「違いますよ。今日は自分は仕事もないですから、委員長が戻ってくる前にここの暖房だけつけて、茶と菓子の支度をしたら失礼しようと思ってたんで、お気になさらず。」
最近、草壁さんが雲雀さんのお母さんに見える。オレは少しだけ遠い目でお茶をすすった。
「沢田さんは、委員長と待ち合わせで?」
「や、そうじゃないんですけど、ちょっと調べたいことがあって。パソコン借りながら、雲雀さんにかまってもらえたらなー、みたいな」
情報処理室に行けば、生徒一人にひとつ与えられるIDがオレにもちゃんとあるのだけれど、あそこは空調があるせいで、暑い季節と寒い季節はあまりガラのよくない人たちのたまり場になっている。自分から近づくのは遠慮したいし、まあこれを口実に雲雀さんに会いたいだけだ。語尾を濁しながらへらへらとわけを話すと、草壁さんは、情報処理室のことは風紀委員でも議題に上がってますから、近いうちに取締りがあると思いますよ、と言った。
「抜き打ちでないと意味がないですから、これはどうぞご内密に」
草壁さんがたくましい人差し指を口の前に持ってくる。日曜日に雲雀さんがしたのと同じポーズだ。意外とやりなれている感じがする。もしかして草壁さんがやるから雲雀さんもやるようになったのかな?それとも逆?
「はい、ご内密にしときます」
オレもにやっと笑って同じ「しーっ」の仕草をする。
「でも、沢田さんが不便にしてると委員長が知ったら、明日にでも取締りがあるかもしれませんね」
雲雀さんはなかなか戻ってこない。見回りに行ってなかなか戻ってこないといったら、答えはひとつ、狩りに夢中になっているに違いないのだ。恐ろしいのでそれには触れず、ソファの、オレの向かいに腰を下ろした草壁さんとおしゃべりに花を咲かせる。
「ええっ、それはないと思いますけど」
「いやいや、お二人の仲睦まじさは、風紀委員一同、微笑ましいと言い合ってるくらいですから、」
微笑ましいとか思われてて問題はないのかカリスマ風紀委員長。いや、そんな風に言われてたなんて、オレが恥ずかしい。
「仲がいいって言うなら、草壁さんだって、彼女さんとラブラブでしょう」
苦し紛れに言い返せば、有効な反撃だったようで、草壁さんはほんのり赤くなった。話をオレたちから逸らすために、さらにたたみかける。
「クリスマスプレゼントとか、用意しました?」
「一応、ですがね」
雲雀さんによると、草壁さんの彼女は女子大生だそうだ。女子大生の彼女に贈るプレゼント、なんて、オレの貧しい想像力ではいくつも思い浮かばない。
「ええと、指輪とか?」
黒川が教室で広げていたファッション雑誌の、『クリスマス直前☆おねだりリスト!』というものすごく恐ろしい特集記事の内容を何とか思い出しながら、それでも何とも芸のない思い付きを口にしてみると、草壁さんは笑い出した。
「自分も、そういう、装飾品の類を、贈ってみたいと思うことは勿論ありますが。……沢田さんはもう、委員長からプレゼントもらったんだそうですね?」
オレは大きく頷く。思い出すだけで、にへ、と顔が崩れてしまう。
「クリスマスツリー採りに、山につれてってもらいました!大きなもみの木切ったんです!」
はりきって答えてから、再び話をオレたちのことに戻してしまったことに気づいて赤くなったけど、草壁さんは嬉しそうに、よかったですね、と言うだけだった。
「自分は、まだ学生の身です。自力では生活も出来ない身分で、高価な買い物はできません。身の丈に合わないことをしても、喜ばないし、心配かけるだけですから。」
静かに言った草壁さんは、かっこよかった。そう言う草壁さんも、中学生の草壁さんが高価なプレゼントを用意したら心配するという彼女さんも、お互いのことを、本当に想い合っているんだろうなぁ。
「委員長は、沢田さんが喜ぶプレゼントを見つけるのが、お上手ですね」
話はやっぱりオレたちのことに戻ってきた。
中学生が軽トラ転がして来るのは身の丈に合っていると言っていいんだろうか。でも、あの日曜日以上に望むプレゼントがあるのかと言われたら、オレには思いつかない。
「……なかなか、勝てません。」
いろんな意味を込めて呟いた。
草壁さんのターン!
2009年1月5日
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