得点は1対3。距離は20メートルくらいだろうか、雲雀さんと向かい合って立ったオレは、死ぬ気丸を飲み込んだ。
「は、……っふ、」
頭の中がすうっと冷える。ものすごく腹が立って、かえって冷静になってしまった時と、よく似ているといつも思う。わめいたりはしないけれど、これ以上もなく興奮している。普段なら、こわいなぁ、としか思わない雲雀さんの舌なめずりを、オレも舌なめずりしたい気持ちで見る。ごう、と自分の炎で視界が橙色にぶれると、雲雀さんのトンファーも紫に揺らいだ。まっすぐに見つめあう。
貴方がのぞむなら、オレは攻めましょう。
「行く。」
「おいで。」
短いやり取りのあと、雲雀さんに向かって全力で走る。ぐっと拳に炎を溜めて、モーションは軽く、振りかぶる。構えられたトンファーが、来る!
「っ!」
左から来る初撃を炎をまとった手のひらで受ける。いちかばちかで握りこめば、手のひらに金属の感触がある。取れた!と喜ぶ間もなく、そのまま逃げられないよう力を込めて、利き手の攻撃を封じる。橙と紫の炎が渦を巻いてぶつかり合って、小さな爆風がいくつも起こる。一瞬のできごとなのに、雲雀さんの重い前髪が吹き上げられて、現れた瞳に揺らめく炎が映っているのを、綺麗だとどこかで思っている。右上から振り下ろされた2撃目を右の手の甲で受け流して、払う。苛立ちか、紫の炎が、どう、と大きくなって、トンファーを封じ続けることができずに、炎を噴射していったん下がる。目の前を、あごを狙って蹴り上げられた足先がかすめる。完全に当てる気だ。
「ちっ」
雲雀さんの舌打ちがかすかに聞こえる。舌打ちしたいのはオレも一緒だ。象が歩けなくなる毒もものともしないような体力の人と、まともにやりあえるわけがない。基本はさっきと一緒で、短期決戦、インパクト勝負。あまり長引くと、熱くなった雲雀さんに、ルール関係なくぼこぼこにされる危険もある。
距離をとったオレに、今度は雲雀さんが向かってくる。場数が違いすぎる。死ぬ気になったオレにパワーはあっても、バリエーションがない。どつきあいを何度も繰り返せば、不利だ。拳を構えて、しっかりと見る。トンファーを回転させながら距離を詰められると、いつ打ってくるのかわかりにくい。にらみ合ったまま、直感にまかせる。右から蹴り!
ほふく前進、というくらい身を低くして、蹴りの下を炎で一気に抜ける。後ろに回って、背後から両腕をとった。ぶっちゃけると、骸のまねだ。ただ、骸くらいの体格があれば、後ろから覆いかぶさるだけで十分動きを封じられるけど、オレは小さいので、蹴りの脚が浮いている姿勢のうちに、思い切り後ろへ引き寄せて、体勢を崩させる。……勝負あり。
「くっ……!」
二色の炎が絡み合って、踊る。後ろから、あごに手を掛けて引いた。雲雀さんの丸い頭が目の前に落ちてきて、つやつやの髪が暴れる。その隙間から見え隠れする、貝殻みたいな耳のカーブが、際立って白く見える。は、と短く息をついてから、首を伸ばしてそこを唇で挟んだ。冷たくて薄い。複雑な曲線を唇で確かめながら、口を開く。
「オレの勝ちだ」
残念ながら、変声期を終えていないオレの子供っぽい声じゃ、耳元でささやいたところでさまにはならない。と思いながら、ため息をつく。ところが、雲雀さんの首筋が、見る間に真っ赤になった。頭を抱えるようにして覗き込むと、顔が赤い。さかさまの雲雀さんと、目が合う。悔しそうに顔が歪められる。
「ぶっ!」
雲雀さんは自由になった腕を振ると、手のひらでオレの顔面をはたいた。鼻血がでたんじゃないかと思うくらいには痛い。
「減て……、ええええぇぇぇぇえええ!!」
ライダースジャケットの袖の中から、ものすごく見覚えのある黒い物体が転がり出てきた。オレは雲雀さんの身体を放り出して、死に物狂いで跳び退ったけれど、直後に足もとで起こった爆風と爆音で、軽く数メートルはふっ飛んだ。炎の噴射で何とかダメージを減らしたけれど、巻き上がる小石とか枯れ草の切れ端とか爆煙とかが、容赦なく襲い掛かってくる。顔が痛い。音にやられた耳も痛い。だけど間一髪、直撃は避けられたので、まあ良しとする。さすがに直撃したら、入院は免れない。ていうか死ぬ……ランボの手榴弾。何で雲雀さんがそんなもの持ってんだ!
死ぬ気の炎が消える。すっと高揚感が消えて、膝を突く。げほげほと咳き込んでいるうちに、もうもうとたっていた砂煙が収まってくる。その向こうには、黒く煤けた(そりゃあ、あの近距離で手榴弾なんて持ち出したら、多少は自爆もするだろう)雲雀さんが、肩で息をしながらまだ赤い顔で立っていた。
「君、死ぬ気禁止!」
なんなんですか、とオレが訊くより先に、雲雀さんはオレを指差して叫んだ。
「はい!?」
声がひっくり返ってしまった。意味がわからない。
「なんなの!」
それはオレが訊きたいのですが。
「今まで、あんな……、いつも、」
ずかずかと、オレの方へ近寄ってくる雲雀さんは、爆発で出来たクレーターを迂回もせずに、まっすぐやって来る。
「あー、手榴弾なんて、どうして持ってたんですか?」
座り込んで、尋ねたオレの前に、雲雀さんはちょこんとしゃがみ込んだ。顔がちょっと拗ねている。
「今朝、君がまだいたら後ろに乗せてこようと思って君のうちに行ったら、」
それは惜しいことをした。
「もじゃ毛の仔牛が出てきて、」
「……ランボが、」
「最近君があんまり遊んでくれなくなったのは僕のせいだって言うから、」
そんなこと思ってたのか。後で話を聞いてやらないと。
「それは申し訳ないが沢田のことは幸せにするから許して欲しいと懇々と諭したら、」
「なっ」
「いたく感激して手榴弾をくれた。折角だから使おうと思って、どこに仕込もうか考えてたら、ここに来るのが遅くなった。」
……どこからツッこめばいいのかわからない。ええと、
「幸せにしてくれるんですか。」
「うん。君の協力が不可欠だけど。」
頷きながら、雲雀さんはオレの頬についた泥をぬぐう。別にもう十分幸せなんだけど。雲雀さんの頬も黒い煤がついているので、そっとこすったら、その下から現れた肌はほんのり赤かった。
「とりあえず、超死ぬ気禁止。」
「だから、なんで、」
「死ぬ気にならなくても、戦えるようになりな。さっきの関節技と、あと簡単な締め技も教えてあげるから。トンファーも使ってみる?」
「はぁ……、」
「とにかく、だめ。あんな顔も目も。どうしてもって時しか使っちゃだめ。」
「……はい」
よくわからないけど、雲雀さんがものすごく真剣なので、オレは頷いた。もともと、死ぬ気なんて、ならなくて済むならなりたくないものだから、いいんだけど。
さわだのこうげき
さわだはハイパーのいろけをたれながした!
ひばりはこんらんしている
2009年2月12日
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