風が強いから肌寒いけれど、いい天気だ。ごろごろと石の多い川原に、突然できたクレーターの砂地の真ん中で、ヒバードが砂浴びしている。ぷるぷるっと身震いする仕草がすごく可愛い。危なくないように、オレと雲雀さんは、クレーターから少し離れた。
「そう、打ち込まれたら、払って、腕の、うん、外側で流して、くるっと、」
「くるっと……こうですか?」
「うん、そう、それで、取る」
「はい、」
「で、こっちに……違う、こっち、そう、こっちにねじって」
「んっ」
「後ろへ、そうそう、それできまるから。」
「で、できた!こっちへねじるほど痛いんですよね?」
「うん。強くすると脱臼するから、相手によってはそうしな。……まあ僕は外せるけど、」
「ああっ」
雲雀さんは本当に、オレに関節技講座をしてくれた。意外なことに、とてもわかりやすい。実際に、何かあったときにやれるか、と言われれば自信はないけど、覚えておいて損することじゃない、はず?
「自分が抜けられない技を人に教えるわけないよね。」
うん、まあ、ですよねー。
「…………。さっきの、膝が痛いやつはどうやるんですか?」
「あれは相手をまず倒さないと、」
「う、わっ」
向かい合って、にやりと笑った雲雀さんは、オレの腕を強く引きながら、草むらに尻餅をつくように倒れこんだ。当然、オレも、雲雀さんの胸に飛び込むようなかたちで、一緒に倒れこむ。雲雀さんの肋骨で鼻を打って、痛い。
「君は手榴弾避けられるのに、どうしてこれで顔をぶつの。」
あれはそれこそ「死ぬ気」だったし、雲雀さんの胸にぶつかるなんてことは特に回避したいと思わないんだから、そんなの当たり前だと思うのだけど、反論する前にぎゅうぎゅうと鼻をつままれた。
「ふがっ」
今度こそ鼻血がでそう。
「はなひ、はなひあれまふっ」
「出てないよ」
がし、と雲雀さんが両脚でオレの腰をホールドする。何だかまた痛いことをされそうで、じたばたと暴れると、びし、とデコピンされた。
「ひとの股間で暴れない。」
「こっ……ヘンな言い方しないでください!」
最近わかってきたんだけれど、雲雀さんは、すぐ照れるくせに、自分が優位に立ってるときは、やたら強気になる。オレだってやり返すからね!と、ホールドしている脚を取ったところで、頭上から聞き覚えのある声が降ってきた。
「Buon Natale! ツナぁ、恭弥ぁー、元気だったかー?」
この声はディーノさん!
「楽しそーだなぁ!リボーンに聞いたぜ、俺も混ぜてくれよ、」
冬の陽射しにも眩い金髪を光らせて、土手の上で陽気に片手をあげている。明日のパーティーのためにわざわざ来てくれたんだろうか。いつもだったらすごく嬉しいんだけど、さっき話題に上ったばかりの靴と手袋を思い出して、オレは雲雀さんと顔を見合わせる。
「やです。」
「咬み殺すよ。」
ほぼ同時に言い放ったオレ達に、ディーノさんは、かく、と前のめりに膝を折った。
「……ディーノさんて、イタリア人なのに、リアクションいいですよね。」
「イタリア人だから、じゃないの?西洋の人間は身振りが大きいって言うし」
どうでもいいことを言い合いながら、いつまでもくっついて寝転がっていてもしょうがないので、二人で立ち上がる。
「うう、つれないなーお前ら、一緒に遊んでく、っ、ぅわぁぁああああああぁぁぁぁ」
雲雀さんの背中についた枯れ草とか砂とかを、ぱふぱふと払っていたら、土手を踏み外したディーノさんがごろごろ転がってきて、オレ達の目の前を通り過ぎて少ししてから止まった。部下の人が誰もいないんだ。部下がいない時のディーノさんの運動音痴は、たいてい周囲を巻き込むから、駆け寄るのをためらってしまう。自分でも薄情だなぁと思うけど、過去のあれとかそれとかこれとかは、なかなか忘れがたい。それでも、やっぱり、ディーノさんだし、と思い直して助け起こそうとしたら、先に雲雀さんがディーノさんに近づいていった。やっぱり、なんだかんだって言っても、ディーノさんと雲雀さんって師匠と弟子なんだよね、って、
「ぐぇっ、おいコラ、恭弥!!」
てっきり、手でも差し出すのかと思ったら、雲雀さんはディーノさんの背中を、1ミリの躊躇もなく踏みつけた。トレードマークのモッズコートに、ショートブーツのかかとがぐいぐい食い込む。本気で踏んでる。そのまま、手招きでオレを呼ぶ。
「ひ、雲雀さん、」
おろおろするオレとは違って、雲雀さんは涼しい顔だ。
「ほら、さっきの膝の、教えるからちょっとここに乗りな」
どうやらディーノさんを教材に、さっきの続きを教えてくれるつもりのようなんだけど、踏んだ足元を指差されても、ハイと言って乗るわけにもいかない。
「自分がかけられながらだと、左右がわかりづらいんだよ」
なおも言う雲雀さんに、どうしようかと思っていたけれど、
「うう、あ、ツナ、クリスマスプレゼントにスーツ持って来たんだ、絶対似合うから、あとでこないだの靴と一緒に着てみてくれよー。もちろん恭弥のもあるぜ」
踏まれながらもへらりと言い放たれたディーノさんのその一言で、オレはあっさり、雲雀さんが指差したところへどっかり座った。
「ぐっ、何、なんだ!?」
「うん。じゃあまずどっちでもいいから脚を取って、」
「はい、」
「それを、こう、」
雲雀さんは後ろから教えてくれる。
「こうですか?」
「うん。」
「おい、ちょっと、何だよお前ら、うわ、痛ぇって!」
オレの技がしっかりきまったのを確認した後、雲雀さんはディーノさんの腕をとった。
「いやいやいや、恭弥お前、ねじるなって、そっち曲がらねーって。いや、痛い、痛い!」
さすがに、ディーノさんは、オレみたいにひいひいわめいたりはしなかったけど、そうなるとオレには加減がわからない。伺うように見たら、雲雀さんは、うん、と頷いた。まだいいのかな?
「スーツって言うけど、サイズはどうしたの。」
「何言ってんだ恭弥、男なら、抱きつけば相手のだいたいのサイズくらい……ぎゃー!待て!ギブ!ギブ!!」
赤かったディーノさんの顔が、だんだん蒼くなってきた。え、大丈夫かな、と思いながらも、オレはさらにもうちょっとだけ力を入れた。
「混ぜてくれ、と言ったのはそっちだよ。」
雲雀さんが、無表情で淡々としているのが怖い。
「いや俺が混ぜて欲しいのは、お前たちのキャッキャウフフなあれこれであって、こんなバイオレンスな、」
ディーノさんが全然空気を読んでないのも、ある意味、怖い。
「いてええええぇぇぇぇえええぅぅぅぉぉおおおおおすみませんよくわからんがわるかったもうやめて!」
「……そういえば、お昼。どうします?」
「ああ、今日は僕が持ってきたよ。」
雲雀さんが持ってきてた大きな風呂敷包みは、なんと重箱のお弁当だった。土手に座って、つやつやした黒塗りのフタを開けると、中にはいなり寿司。白菜のごま和え、豚のしょうが焼き、里芋とにんじんと鶏肉の煮物、さばの竜田揚げ、おかずも完璧な和食メニューだ。うちは今、小さな子供や日本育ちでない人が多いから、こういうメニューはなかなか見ない。
「すごい、おいしそう!」
オレが目を輝かせて言うと、雲雀さんはいなり寿司を一つつまんで、オレの口に入れてくれた。
「ごはんにゆずが入ってる、」
行儀悪いけど、もぐもぐしながら喋る。母さんが作るいなり寿司は、甘めの寿司酢の白いご飯だ。よそのうちの味を食べるのは楽しい。
「五目だよ。あと四つ当ててごらん」
雲雀さんは嬉しそうにそんなことを言う。
「紅しょうが!」
「うん」
「ごま!」
「うん」
「かんぴょう!」
「うん」
「うーんと、うー、あっ、こんぶ!」
「正解。」
よくわかったね、と頭を撫でてくれる。
「奈々さんのごはんがおいしいから、沢田は舌が肥えてる。」
食べさせ甲斐がある、と雲雀さんが言うから、もしかして、と思ったんだけど。
「このお弁当、雲雀さんが作ったんですか?」
「まさか。」
あれ、違った。
「雲雀さんのお母さんが作ったんですか?」
「まさか。」
雲雀さんのお母さんは「まさか」ていうような人なのか。
「作ったのはうちでずっと奥のことをやってくれてる人。僕は油揚げにご飯を詰めただけ。」
「やっぱり雲雀さんも作ったんじゃないですか。」
「そんなの作ったとは言わないよ、」
オレは雲雀さんの手をとって、くんくんと手のひらの匂いをかいだ。さっきの火薬の匂いが強すぎて、ほかの匂いはしない。当たり前か。
「なに?」
「いなり寿司作ると、しばらく手が揚げの匂いになりません?」
「ああ、なるね。」
ふふ、と雲雀さんは笑う。重箱の中にきちんと並んだいなり寿司は、みんな大きさが揃っていて、形も綺麗だ。雲雀さん、料理できそうなんだけどなぁ。今度ビアンキの代わりに家庭科の授業やってくれないかなぁ……
雲雀さんの手のひらに鼻の頭をくっつけたまま、かなり真剣に、そして切実に、そんなことを考えていたら、むに、と唇をつままれた。
「ほら、ぼっとしてないで、早く食べて早く続きをしよう。」
「はい。……雲雀さん、今日、楽しい?早く続きしたい?」
「楽しい。もっと君とやりあいたいよ。」
よかった。オレもうまくクリスマスプレゼントを選べたみたいだ。誰かが喜ぶ顔を想像して、プレゼントのことを考えるのは、悩みもするけどとても楽しいし、こうやって実際にプレゼントして、喜んでもらえたらもっと嬉しい。今までのクリスマスは、何をもらおうかってことばかり考えてたから、こんなこと、知らなかった。
「雲雀さん、ありがとう」
「うん?うん。たくさん食べな。」
雲雀さんはお弁当のことだと思ったみたいだけど、何だか照れるから、それでいいや。
「いただきまーす。」
「いただきます。」
「いただきまーす!」
「…………何当然のように食べようとしてるの、図々しい」
「あ、ディーノさん、いたんですか。」
「何だよお前ら今日はやけに冷たいじゃねーか……!」
そうしてやっと食べ始めたら、くっついて座ったオレたちの、向かいに座ったディーノさんが、恭弥にやられた腕が痛くて動かない、食べられない、としくしく泣くので、オレと雲雀さんとかわりばんこで口に食べ物を入れてあげた。
弟弟子はかわいいし弟子もかわいいなーいいなー混ぜてほしいなー(性的な意味で)、
と思ってるディーノさん。
2009年2月15日
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