昼食を食べ終わると、ディーノさんは日本に来たついでに仕事があるとかで、オレたちにキスとハグを残してどこかへ行ってしまった。手が痛いんじゃなかったのか。
「ツナも、恭弥も、また明日、パーティーでな!」
その仕事と言うのは、雲雀さんにトンファーでどつかれた青タン顔でも大丈夫なんだろうか。たとえば、会談とかだったら。目の周りに丸く、漫画みたいな青あざがある顔じゃあ、まとまる話もまとまらない、というのは、オレでもわかる。いろいろと複雑な心境で後姿を見送っていると、重箱を風呂敷で包みなおしていたはずの雲雀さんが、いつのまにか背後に立っていた。
「ひば、ひぃいい!」
ひばりさん、と言おうとして、オレはひっくり返った声で、すっとんきょうな悲鳴を上げた。雲雀さんが、背中から、オレの着ているジャケット、スウェットパーカ、ロンTを一気にまくりあげて、冷たい手でオレの脇腹をなでたからだ。
「いつまで見てるの。じっとしてると寒いんだけど。」
少しかさついた手が、それ以上悪さをしないように、オレも自分の服の中に手をつっこんで、ぱっと捕まえて握ったら、抵抗もされなかった。にぎにぎとすると、指を絡めてくれる。やっぱり雲雀さんの手はオレより冷たい。冷え性、てやつだろうか。オレよりも大きな手を、暖めたくて包むようにする。でも足りない。早くもっと大きくなりたい。
「ディーノさん、また明日って言ってましたけど、雲雀さん、明日のパーティー、」
「行くと思うかい、僕が、群れの中に、」
「……思わないです。」
でも、オレは、たぶん雲雀さんはパーティーに参加することになるんじゃないかな、と思っている。
午後もまた、勝負したけど、やっているうちに、結局は最初に心配した通り、熱くなった雲雀さんにぼこぼこにされた。オレも一度、拳を雲雀さんの顔に思い切り当てて泣いてしまった(雲雀さんは「どうして当てられたのに泣くの?」と心底不思議そうだった。闘うのがほんとに好きなんだなぁ……)し、それ以外にも、かする程度なら何度か当ててしまった。キスも、何度もしたりされたりした。二人で、埃まみれ、あちこち、擦り傷や、アザだらけになって、だけど楽しくて仕方ない。ランナーズ・ハイだ。
しまいには、オレは、
「雲雀さん!今、思いついたんですけど、雲雀さんがオレの背中に乗って、オレが炎で飛んで、雲雀さんが攻撃するってどうですかっ!?」
後から思えば、ばかばかしいことこの上ないんだけれど、今はただ、名案だと思っていて、雲雀さんもテンションが高くなっているのか、馬鹿にするどころか、
「ちょっとやってみよう」
なんて言い出す。
「じゃ、おぶさってください、」
「小さくて不安な背中だね」
「失礼な!……じゃあ、行きますよ!」
オレ達は夕空に飛ぼうとして、もちろん一瞬で墜落した。リボーンに見られていたら、なんて言われただろう。バランスも悪いし、炎の出力の調整もまずい。河原の固い地面にめり込んで、砂だらけになって、それでもげらげら笑っている。
日が傾き始めて、オレはもちろん、さすがの雲雀さんも、もう無理だった。ヒバードは随分前から、お弁当の重箱の上で丸くなって眠っている。ばったりと土手に転がって、一番星が輝き始めた空を見た。はあ、と息を吐いたら、橙から藍が混じり始めた空を透かして、白い。疲れた。油断するとこのまま眠っちゃいそうだ。
「雲雀さん、得点、覚えてますか?」
オレが冷えてきた手に息を吹きかけながら言うと、雲雀さんは、そういえばそんなものもあったね、という顔をした。土手の枯れ草を、冷たい風が揺らしてざわざわと音がする。仰向けだった雲雀さんが、寝返りを打ってこちらを向いて、かさかさの冷たい手でオレの頬を包むから、それを暖めるように自分の手を上から重ねた。
「オレももうわかんないです」
そういって笑うと、雲雀さんがぐっと身を乗り出してきたから、オレも首を上げて、唇を触れ合わせた。おたがいに、乾いた唇はところどころ切れていて、少し血の味がする。
「……じゃあこれで引き分け、」
「はい。」
「今日はすごく楽しかった。」
「良かったです。」
オレも楽しかったのだけれど、そんなことを言うと、じゃあまたやろう、ということになりかねないので、笑ってごまかした。やっぱり、雲雀さんとどつきあうのは、こんな遊びでもいやだ。
「風邪ひかないうちに帰ろう、」
へくし、と小さくくしゃみした雲雀さんは、バイクで送ってあげる、とオレの手を引いて起こしてくれた。
「やったぁ」
へへへ、とオレは笑う。以前は、二人乗りにも緊張して、雲雀さんの背中でがちがちになって直立不動、体重移動が下手すぎる、乗せるのが怖い、とぶつぶつ言われていたオレだけれど、雲雀さんが根気よく慣らしてくれたおかげで、今では、流れる景色を楽しめるまでになった。
寝ているヒバードを、オレのパーカーのフードの底にそっと押し込んで、手を繋いで土手の上のサイクリングロードを歩く。
「今日、ここ、誰も通らなかったですけど、もしかして雲雀さん、」
「うん、交通規制かけた。」
「ありがとう、ございま、す。」
雲雀さんは権力を使うのをためらわない。公私混同なところがあるのはともかくとして、リボーンには、オレが十代目になるにあたって、力と人の使い方は、雲雀さんから学ばなきゃいけないところだ、とよく言われる。ちらり、と見上げると、雲雀さんは、ん?と首をかしげた。
「誰か通ると、君、戦いに集中できないでしょ」
僕は気にしないけど、と笑う。風紀委員が雲雀さんに従うのは、雲雀さん自身に心酔している、ということはもちろん大きいのだろうけど、雲雀さんの采配が的確だからなんだろう。オレにそんなことができるんだろうか(……リボーンが、やれ、と言ったらやらざるを得ないんだろうけど)。雲雀さんはオレの彼氏だけど、先輩であり、たぶん先生でもある。
「……雲雀さんがすごい人だから、オレは尊敬してるけど、大変です。」
置いていかれたくない、という気持ちを込めて、繋いでいた手をほどいて腕にぎゅっとしがみつく。オレは真剣なのに、雲雀さんは呆れた顔をした。
「何言ってるの。僕の方が大変だよ」
「えっ、何で!?」
意味がわからなくて、からかわれてるのか、それとも、オレがダメツナだから大変なのか、と思って思わず声を大きくすると、雲雀さんは反対の手を伸ばして、ぽふぽふとオレの頭を撫でた。
「僕たちは、お互いの背中をいつも追っているなら、すごく幸せだね。……わからない?」
やっぱり意味がわからなかったけれど、雲雀さんがすごく優しい目をしていたから、それ以上は訊かなかった。わかるまで考えようと思った。
雲雀さんのカタナ400は、サイクリングロードの脇にある、舗装もされていない小さな駐輪場で、夕日の名残をはじいていた。今日もぴかぴかだ。だけど、ご主人様においてけぼりにされて、どこかしょんぼりしているようにも見える。オレが思わず、フロントカウルをとんとんと撫でて、遅くなってごめんね、というと、雲雀さんが、くく、と声を出して笑ったので、ちょっと恥ずかしかった。けれど、
「帰りは二人だからね。頼むよ」
雲雀さんも、燃料タンクに手を置いて、笑いながら話しかけたから、オレも、えへへ、と笑った。
「はい、メットつけて」
重箱をくくりつけて、いつものようにほいと渡されたフルフェイスのヘルメットを受け取って、かぶろうとして、オレは、あっ、と言った。
「ひ、雲雀さん、ひばりさん、これっ」
手にぺたりと貼り付くような、少しの傷もない新品のメット。SHOEIの、メタリックオレンジのそれには、白いラインと、「27」という数字が、後ろに小さく入っている。
「うん、それは君のだからね。バイクで出かける時は、忘れないでね。」
もうヘルメットをかぶって、シールドだけ上げて、あごのベルトを締めている雲雀さんは、前髪越しの目しか見えなくて、表情は隠されていたけど、きっと面白そうに笑っているんだと思った。
「あっ、ありがとうございますっ、うれしい……!」
興奮するオレの手からメットを取り上げて、雲雀さんは、がぼ、と乱暴に被せた。
「うん、サイズ、ちょうどいいね。キッズ用、」
「え、ひどっ」
子供用なのこれ、ときょろきょろと目を動かすオレをよそに、ぱちんとベルトをとめられる。
「調節は自分でやりな、」
そういってさっさとバイクにまたがり、エンジンをかけている雲雀さんを見て、やっとわかった。子供用とかっていうのは、照れ隠しだ。オレは少し笑って、ぽすんと後ろにまたがる。嬉しくって、母さんが時々歌っている古い歌にならって、ヘルメットを五回ぶつけようかと思ったけれど、きっと雲雀さんは知らないだろうから、頭突きと思われても困るので、やめておいた。
「曲がらない」って言ってたので、雲雀さんが乗ってるのはカタナイレブンなんだろうなぁ、とは思ったのですが、1000cc↑のバイク乗ってる中学生なんてどう考えてもやっぱりイヤだったので、勝手に400にしてしまいました(でも、町内で乗るのにイレブンだったら不便で仕方ないと思うんだ)。……ごめんなさい。
母さんが時々歌っている古い歌=「未来予想図」DREAMS COME TRUE
2009年11月15日
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