台所へ降りていくと、母さんがオレたち二人分の夕飯を用意してくれていた。
「あの子たちにはこっちへ来ないように言っておくから、ゆっくり食べてね。」
……母さんに他意はない、はずだ。けど、後ろめたい(?)ところのあるオレとしては、含みのある言葉に聞こえて仕方ない。
「ありがと、」
複雑そうな顔で答えるオレを、雲雀さんがちょっとおもしろそうに見る。
「雲雀くん、たくさん食べてね。足りるかしら?」
「はい、ありがとうございます、頂きます。」
背をまっすぐに伸ばして、腰から折れる綺麗なお辞儀をする雲雀さんは、これだけ見れば「しつけの行き届いた良いお坊ちゃん」て感じだ。オレは、母さん以外に、雲雀さんが礼儀正しく振舞う大人を知らない。それが、ちょっと嬉しい、って言ったら、変かな。
「お腹すいた」
母さんがのれんをくぐって台所から出て行くと、雲雀さんはいそいそと箸とご飯茶碗が並んでいる席についた。それが待ちきれない子供みたいに見えて、笑いをかみ殺していると、オレのお腹が、ぐううう、ってものすごくでっかい音を立てて鳴って、逆に雲雀さんに笑われてしまった。空気読め胃袋よ。
いい匂いの湯気がもわっと上がって、雲雀さんが目を細める。
「お皿貸してください」
二人の席の、ちょうど真ん中に置かれた小さな鍋から、おでんを取り分ける。もちろん普段からこんなことしているわけじゃなくて、雲雀さんに「はいどうぞ」ってやりたいだけだ。今気づいたけど、オレって結構、恥ずかしい奴かもしれない。
「こんな小さい土鍋、沢田の家にあるんだね、大所帯なのに」
言われて見下ろす。ところどころに染みのある、ちょっと古い、小さな土鍋。そうか、雲雀さんとは、リボーンが来てから……リボーンが来たから、親しくなったんだ。癪だけど、その点、感謝するべきなのかなぁ。
「去年まで、オレんち、オレと母さんと、二人きりだったんです。だから、これでじゅうぶんだったんですよ。」
穴の開いたお玉で、味の染みていそうな茶色の大根をすくいあげながら、しみじみしてしまう。
「……ごめん、そうだね、聞いてたのに、君の家は子供たちがいるのが当たり前な気がして」
「ううん、オレも、この鍋こんなに小さかったかなぁ、って思ってたとこです。母さんと二人の生活の方がまだかなり長いのに、何だかあんまり思い出せなくて」
リボーンが来てから起こったたくさんのこと、その中には、獄寺くんと山本と仲良くなったこと、居候が増えたこと、そしてもちろん、雲雀さんとのあれこれも含まれているけれど、それが鮮やかでにぎやか過ぎて、その前の、モノクロの無声映画みたいな生活が、あまり残っていない。記憶にも、心にも。親子と言っても、こんな虚ろなのが日々の相方じゃあ、母さんだって嫌だと思うこともあったんじゃないかな。あんな怪しいチラシを見て、リボーンに家庭教師を頼んだ母さんの気持ちが、何となくわかる気がする。
「……でもこの鍋、オレと雲雀さんと二人なら、ちょうどいいですね。」
雲雀さんは、そうだね、と言って、ふふふ、と笑ってくれた。
大根を一つ、取ったあとで、何がいいですか、と訊いて、言われるままに、がんも、つみれ、厚揚げを雲雀さんの皿に取る。オレは自分用に、大根、卵、はんぺんを取った。いただきます。はふはふと真っ白なはんぺんに食いついたオレとは対照的に、雲雀さんは湯気の立つお皿の前で、じっと待っている。何を待っているかって、……オレは以前からの疑惑(大げさな!)を確かめるために、自分の皿の上の大根を四つに割って、その一つを箸で掴みあげると、ふーふーして冷ました。
「雲雀さん、どうぞ。」
トンファーかなぁ、と思ったけれど、雲雀さんはちらり、とオレの目を見て、でもオレが別にからかってたりするわけじゃないのをわかってくれたのか、あぐ、と大根にかぶりついた。やっぱり、
「前から思ってたんですけど、雲雀さんて、猫舌ですよね。」
「……悪かったね、」
「悪いなんて言ってないじゃないですか」
むしろ可愛、
「何かいま妙なこと考えていない?」
ツリ目が、トンファーみたいにぎろりと光る。……雲雀さん、超直感、持ってないよね?
「ナニモカンガエテナイデスヨ」
あさっての方向を見ながら、カクカクとオレが答えると、しばらくむっとした顔でこっちを見ていたけど、急にさっと箸を出して、程よく冷めた、オレの皿の上の食べかけのはんぺんを攫って、もぐもぐと食べてしまった。
「あっ……!」
オレのはんぺん!ていうか、かぶりついたから、歯型がついてたのに。
「ひどい……」
ふわふわのおでんのはんぺんは、好きなものの一つ。恨めしそうに見るオレに、雲雀さんはにやりと笑って見せたけど、あとで、自分の分のはんぺんを、オレに半分以上かじらせてくれた。
2010年2月25日
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