ふーふー冷まして、食べさせあって、取り合って、分け合って、さらにご飯もおかわりして、小さな土鍋にぎゅうぎゅうに詰まっていたおでんをオレ達は平らげた。模擬戦で消費したカロリーを十分補って、満足のため息が出る。揃って、ぱちん、と手を合わせた。
「おいしかった。ごちそうさまでした。」
「ごちそうさま……おそまつさまでした!」
オレが作ったわけではないけれど、一応。
雲雀さんは、うちのもち巾着が、スパゲッティを刺して口を止めてあるのが珍しい、と言って(つまようじだと子供たちが口に刺すかもしれないし、かんぴょうは戻すのが面倒だからだ)、いくつも食べたので、腹が重い、と言いながら立ち上がった。
「腹ごなし」
シンクの前に立って、雲雀さんが食器を洗いだしたから、オレはそれを拭いて食器棚へしまう。ピンクのゴム手袋をはめた雲雀さん、という破壊的な光景が気になって、オレはちらちらと見ながらお皿や茶碗をしまった。でも見慣れると、なんか可愛、
「……何かまた妙なこと考えていない?」
ちらちらと流していた視線を捕まえられて、また睨まれる。でも、オレは、今日に限らず、わりとしょっちゅう、雲雀さんって可愛いと思っているわけなので、
「いまさらです。」
勇気を出して、そう、流してみると、雲雀さんは、む、と唇をへの字に曲げた。でも、頬は薄く桃色になってる。でへ、とオレが煮崩れた笑い方をしたら、トンファー、ではなくて、シャボンの混ざった水滴が、ぴっぴっと飛んできた。
「わ、冷た、ひ、雲雀さん、目に、いてっ!」
そういう照れ隠しするから、可愛いなって思っちゃうのに。
オレが逃げ回って、大げさにきゃあきゃあ騒いでたら、
「……何やってんだ」
いつの間にか台所の戸口のところにリボーンが立っていて、ものすごくバカにした顔でこっちを見ていた。べ、別に、いいだろ、このくらい。
「何って、……いちゃつき?」
嫌ならスルーしてくれ、と思ってはいても口には出来ないオレとは違って、少し首をかしげた雲雀さんは、うんざりしきったリボーンに向かって、真正面から言い放った。オレもこうなりたいような、なっちゃダメなような。
「ツナぁ、まだ?」
リボーンにばかり(恐怖で)気を取られてたけど、リボーンの後ろには、ランボ、イーピン、フゥ太が連なって、のれんの下から台所を覗き込んでいた。……そういえば。このあとまだ、イベントがあるんだった。そっちは、自分で企画したわけじゃないから、すぐに忘れてしまう。待たせちゃったかな。申し訳なくなって、改めて時計を見ると、結構な時間だったから、驚いた。
「うわっ、ごめんごめん、もう終わったよ……雲雀さん、」
振り返ってオレが呼ぶと、雲雀さんはゴム手袋をシンクのふちに掛けて、こっちへやってきた。なに?と首をかしげながら、子供たちに目線を合わせるように、ちょっとだけ、腰をかがめてくれる。以前は、雲雀さんはそんなことはしなかった。けど、オレの家に来る回数が増えて、いつの間にか、そうするようになってるのに気づいた。雲雀さん自身は、気づいてないみたいだ。オレはこれを見るといつも、こっそりにやにやする。
「寒いとこ申し訳ないんですけど、ちょっと庭に出てもらえませんか?」
ランボが雲雀さんの手を取る。……珍しい。さっき言ってた、朝の「幸せにする」云々のやりとりが、効いてるのかな。オレも反対の手を取る。イーピンは、雲雀さんと手を繋いだランボを羨ましそうに見ながらも、そんな勇気はないらしく、先頭を行くフゥ太の足元から頬を染めて何度も振り返る。その後を着いていく。見物する気なのか、リボーンもオレ達の後ろから着いてくる。
「もう準備、できてるよ!」
弾むような口調のフゥ太は、小走りだ。オレも完成したのはまだ見てないから、わくわくしながら雲雀さんの手を引っ張っていく。居間まで行くと、縁側へ続くガラス戸のカーテンは閉めてあった。フゥ太がぱちんと電気を消すと、カーテンを透かして、庭で何かが光っているのがわかる。雲雀さんは黙って付き合ってくれてる。もう何なのかわかってるのかもしれない。
「ヒバリさん、クリスマスツリー、ありがとう」
窓際に並んだ子供達が、とっておきの秘密を見せるんだ、って、わくわくした、幸せそうな顔で、カーテンを開ける。
「おぉ、」
雲雀さんは何も言わないのに、オレの方が声を上げてしまった。慌てて口を押さえて、隣の雲雀さんを見る。
うちの大きくない庭には、このあいだ、雲雀さんに一緒に採ってもらった、本物のもみの木のクリスマスツリーが立ててあって(大きすぎて室内には入らなかったから、庭に穴を掘って埋めて立てた)、雨や雪が降るといけないからって、飾りつけはしないでおいたのを、今日、オレ達が模擬戦をやってる間に、子供たちと母さんが完成させることになっていた。厚紙に銀紙を貼って、星型に切り抜いたようなものばかりがぶら下がっている、ちゃちな飾りつけはご愛嬌だけど、暗闇の中で、きらきらした電飾に照らされると、それなりに見えるのが不思議だ。
雲雀さんは特に表情は変わってなかったけど、薄く口を開けて、山にある時とは随分と様変わりしたツリーをじっと見ていた。様子を伺ってるオレに気づいたのか、ふと笑って、こっちを見た。
「綺麗だね、」
雲雀さんの家ではきっと、ツリーは部屋の中にあって、もっとちゃんとした飾りをつけるんだろう。けど、今の言葉には、嘘がなかった。
「庭に出てもいいですか?」
オレも嬉しくなって笑って、ガラス戸から出て行く小さな背中を指差す。うん、と雲雀さんが頷いたから、二人でつっかけをひっかけて庭に出た。子供らはツリーの前で、横一列にぴしっと並んだ。
「お礼に、今から歌います。……ツナ兄、指揮者やって!」
「う、えぇ〜?」
何日か前、ふざけてばかりでなかなかまとまらない歌の練習に辟易して、指揮者の真似事をしてやったのだけど、それが思ったよりもウケてしまって、練習のたびにやるはめになった。子供たちだけならいいけど、でたらめの指揮者ごっこを、雲雀さんに見られるのは恥ずかしい。はやくはやく、とフゥ太に急かされる。ちら、と雲雀さんを見る。
「呼ばれてるよ、マエストロ?」
雲雀さんドSだ、と思ったオレを、誰も責められないと思う。にやにやしている雲雀さんとリボーンの前で、子供たちの前に立って、両手をあげた。ちょっとやけくそが入ってるのは否定しない。
「じゃ、いくぞ。……いっせーの」
もみの木 もみの木
いつも緑よ
もみの木 もみの木
いつも緑よ
輝く夏の日 雪降る冬の日
もみの木 もみの木
いつも緑よ
短いクリスマスソング。繰り返して2回目を歌いだすと、低い声が重なって、時々飛び跳ねる高音のメロディーを支えた。雲雀さんだ。
「……どうもありがとう」
歌い終わると、いつの間にか、縁側にはリボーンと一緒に母さんとビアンキも立っていて、ぱちぱちと拍手をしていた。オレも拍手する。ぴょこん、とお辞儀をした子供たちに、雲雀さんが静かにお礼を言う。
「違うんだもんね、ランボさんたちがありがとって言ったんだから、いたしましてって言うんだよぉ」
得意げなランボはうざい。けど、雲雀さんは、それを聞いてくすくすと笑い出した。雲雀さんが、こんなに人がいるところで、こんな風に笑うなんて、初めてじゃないだろうか。見とれてしまうような、穏やかな顔だった。
「そうだね、君の言うとおりだ。……どういたしまして。喜んでもらえて、嬉しいよ。」
イーピンの目がハートになっている。実はオレもそれに近い。ほっぺたが熱い。ごまかすためにごしごしこすっていると、寒い、と言いながら雲雀さんが手を伸ばしてきたから、余計に熱くなった。
「良かったよ、マエストロ。今度集会で、校歌の指揮もしてもらおうかな。」
「頼むから勘弁してくださいお願い……!」
熱かったほっぺたが一気に冷めて、切実な悲鳴を上げると、吹き出した雲雀さんにぎゅっと抱きしめられた。後ろではリボーンが、あんなもん見てんじゃねー脳が腐る風呂入れ、と子供たちを追い立てていた。
2010年3月4日
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