電飾のコンセントを引っこ抜いて、巻き取る。屋外用じゃないから、一晩出しておくわけにはいかない。寒いから雲雀さんは中に入っててくださいって言ったのに、二人でやればすぐに終わるって、手伝ってくれた。どうせ明日も使うんだから、簡単に丸めて居間の床に転がしておく。ふぅ、と雲雀さんが息を吐いた。
「遅くまで、悪かったね。そろそろ帰、」
「あっ、ツナ、」
言いかけた言葉を遮るように、二階から降りてきた母さんが居間を覗いて声をかけてきた。
「あんたの部屋にお布団敷いたからね。ベッドのシーツも換えたから、雲雀くんに、ベッドとお布団と、好きな方選んでもらいなさいね。」
「うん、」
我慢しようと思ったのに、ぶ、とちょっと笑ってしまった。雲雀さんが少し顔を赤くして、それを隠すように前髪をちょいと引っ張った。でも、帰ります、とは言わなかった。オレは、きっと言わないだろう、と、思っていた。
「……すみません、何から何まで、お世話になります」
「いーのよ!こっちこそ、ツッ君の先輩がうちに泊まってくれるなんて、嬉しいわ!」
外したシーツを抱えた母さんは、そう言って本当に嬉しそうにして、小走りに行ってしまった。
「……どっちがいいですか?雲雀さん」
でへでへとだらしない笑い顔でオレが言うと、その顔むかつくんだけど、といってがしがしとほっぺたの肉を咬まれた。おでんの匂いがする。きっとオレからもしてるんだろうけど。結構手加減がなくて、痛い。けど痛いだけじゃなくって嬉しくて、オレはもうほんとにそっち側の人になっちゃったのかなぁ、とちょっと心配になった。
部屋の電気はオレンジのナツメ球だけになって、目が慣れてきたからぼんやりと見えるけど、当然暗い。二階へ上がってから、二人で、ちょっとだけ漫画読んだりゲームしたりしたけど、やっぱり朝から日暮れまでどったんばったん、やりあったのは、さすがに疲れて、すぐにあくびを連発するはめになったから、少し早いけどもう寝よう、ってことになった。
「………………、」
雲雀さんが、布団の方が良い、と言ったので、オレはいつも通りベッドだ。静かな部屋で、眠いはずなのに、オレは息を殺してじっとしている。左の、ちょっと下のほう、布団のある辺りからは、寝息と思われる、規則正しい呼吸の音しか聞こえない。そーっと、そーっと、と頭の中で唱えながら、できるだけ布団をがさごそ言わせないように、ベッドのはじっこまで移動する。息を止めて、下、布団に横になってる雲雀さんを覗き込んでみた。
……寝てる、かな?小声で、ひばりさーん、って呼んでみようかと思ったけど、それで起こしちゃってもしょうがないから、やめておく。漫画を読んでるうちにうつぶせで、とか、横向きに枕を抱えて丸くなって、とか、子供みたいな格好で寝てしまうことの多いオレと違って、雲雀さんは寝ていても行儀がいい。仰向けで、身体はまっすぐだ。布団を頭まで被っちゃうようなこともない。
「…………………………、」
ほんとに、寝てる、かな。オレはベッドの上から、そーっと、まず脚だけをにょっきり突き出した。ゆっくりと下ろす。雲雀さんは目を閉じている。よし、大丈夫だ。
「おじゃまします。」
ほとんど口の動きだけで挨拶して、ささっと雲雀さんの隣へ、
「ぎゃあっ!」
忍び込もうとしたら、腕をつかまれて、脚は脚で絡め取られて、どっすんとベッドから落ちた。まるで生き物みたいに、がば、と布団が口を開けて、ずぼん!と中へ引っ張り込まれる。びっくりしすぎて、心臓が痛い。
「……夜這いかい?もしそうなら、受けて立つけど」
胸に当たったほっぺたの形が変わるくらい、ぎゅっと抱き込まれる。笑い声で、あばらが振動する。客用布団の、ちょっとほこりっぽい匂いと、洗濯したシーツの匂いと、おでんの匂いと、それから、雲雀さんの匂い。自分からも顔を押し付けて、くんくんとかぐ。よしよしと背を撫でられる。オレ、犬みたい。
「そんなんじゃ、ないですよ」
そんなんじゃ、ないけど。せっかく雲雀さんが泊まるのに、寝顔も見られないで眠るのはもったいないし、寒いし、雲雀さん湯たんぽいらないかなー、なんて……
口の中だけでごにょごにょと言う。聞こえないよ、と雲雀さんが笑う。笑いながら、乱れてしまった布団を直して、二人で寝られるように、身体をずらしてくれた。
オレは修学旅行で誰かと夜中まで話したことなんてないけど。こんな感じなのかな、と思う。いや、こんな風に一つの布団の中で寄り添ったりはしないだろうけど。
「雲雀さんと、一緒に寝るの、初めてですね」
雲雀さんは時々、夜になってから窓から訪ねて来てくれる。でも、どんなに遅くなっても絶対に帰ってしまう。
「一緒に寝たら、何もしないでいるのは、難しいからね」
かぷかぷと、おでこの、生え際のあたりを甘咬みされた。答えは何となくわかってたけど、やっぱりちょっと照れてしまう。オレだって、やっぱり、雲雀さんとくっついて一晩過ごすのなら、「そういうこと」をしたい。健康な男子中学生だし。けど、うちじゃあちょっと、できない。さっきお風呂でしたみたいな、触る、くらいなら、まだいいけれど。見つかるとか見つからないとか言うより、気分の問題だ。
「今日は、オレ、がまんするから、雲雀さんもがまんして一緒に寝てください。」
オレはまじめに言ったのに、雲雀さんは何故か、ぶはっと吹き出した。く、く、く、と身体が震えてる。……そんなおかしなこと、言った?よくわからない。
「うん、我慢、するから。……子守唄歌ってよ、マエストロ」
「そのネタはもう勘弁してください、」
何だかんだと言い合ったけど、結局、雲雀さんの背中を、とん、とん、と叩きながら、ねーんねーんー ころーりーよー、とやるはめになった。もう一回、もう一回、と何度もせがまれて(雲雀さんがオレに何かをせがむなんてめったにない)(その逆は時々あるけど)(だから正直なところ、ちょっといい気分だった、ってのは内緒だ)結局、眠るまでに何回歌ったのかはよく覚えてない。もしかしたら、オレの方が先に寝ちゃったのかもしれない。
2010年3月6日
|