クリスマスパーティーは、持ち寄りだ。最初は母さんに頼んで何か作ってもらおうと思ってたけど、みんなが、うちを会場にして、その上食事まで作らせたらいけないと言ってくれて、自分達で準備することになった。まぁ、オレ達は、何か作ったりはできないから(それだけで一日かかっちゃう)、ジュースとか、お菓子とか、買って来られるものとか、重いもの。京子ちゃんとハルは、ケーキを作ってくれるそうだ。クロームは、一番年下だし、何もなくてもいいから来てねって言ってあるけど、どうかな。犬と千種は無理でも、クロームだけでも来てくれたら嬉しいんだけど。
「ツナぁ、」
紙コップに名前を書きながら、今日来てくれるメンバーのことを考えてぼんやりしてたら、個包装のお菓子を大袋から出してコタツの上に山に盛ってた山本に呼ばれて、びくっとしたオレはクロームの「ー」の棒を下まで引いてしまった。いいや、これはオレのにしよう。「クロ――」をぐしゃぐしゃと消して、「つなよし」と書く。
「なに?」
「ゲームどうするよ?」
今日はみんなでゲームをすることになってる。人数を考えたら、トランプくらいしかない。
「トランプ二組用意したよー。ディーノさんがお土産に持ってきてくれた、イタリアのチョコレート、台所に隠してあるから、賭けようよ」
さっき見せてもらったけど、可愛いきのこの形で、女の子達も喜んでくれそうだった。有名なお店のらしいから、ハルなんかは知ってるかもしれない。
「おー、いんじゃね!プレステは?」
「いっぺんに二人しかできないけど……格ゲーの勝ち抜きとか?一応、部屋から持ってこようか」
立ち上がろうとしたら、いーっていーって、と押し止められてしまった。目線がオレの肩の後ろにいってる。雲雀さんはもう抱きつくのはやめて、ただオレの背中に貼り付いていただけだったから、別にちょっと立って部屋へ行くくらい問題ないと思うけど、何を言う間もなく、山本はぱっと階段へ走っていってしまった。
「ソフトの場所わかるよねー?」
「わかるぜー」
叫ぶオレの顔の横を、白いものが通過していって、それを持った雲雀さんの手が、かつんとコタツの上に置いた。紙コップだ。いつの間に?と思ってよく見てみたら、さっきオレが書き損じて自分用にしたコップで、「つなよし」の横に、綺麗な字で「と 雲雀恭弥」と書き足してあった。つまり、雲雀さんもこの部屋で、これから、このコップを使うつもりがある、ってこと。期待なのか、緊張なのか、自分でもよくわからないけど、心臓がちょっとうるさくなる。
「雲雀さん、今日のパーティー、参加してくれますか?……群れだらけ、ですけど」
「君は、いいの、」
「どうしてよくないと思うんですか」
「いいの」の意味がわからなくて、少し不安になる。でもあえて笑って言う。背を向けているからよくわからないけど、雲雀さんは一度身体を離した。ずっとくっついてたから、触れ合ってたところが寒いな、と思ってたら、また、どし、と体重がかかった。今度は背中合わせだ。
「和気藹々と談笑、とか、みんなで一緒にゲーム、とかはしないよ」
したら怖いです、と思ってしまうオレは、雲雀さんの彼氏失格だろうか。
「しなくてもいいですよ、居てくれたらいいです」
「…………困らないの、それで」
ずいぶん小さな声だった。背中合わせだと、触れたところから振動ばかりが伝わって、声は聞こえにくかったけど、オレの耳はちゃんとそれを拾ってくれた。雲雀さんは、もしかしなくても、自分がいたらみんなが盛り下がるんじゃないかとか、心配を、してくれて、いる。
「なに、」
急にオレが離れたものだから、雲雀さんは支えを失って後ろに倒れ……るようなことはなくて、ぐっと腹筋で身体を支えていた。
「雲雀さんが、」
身体の向きを変えて、オレの方から背中に巻きついてみる。広くて、雲雀さんがオレにしたみたいに、包むようにはできない。しがみついてるって感じだけど、何とか雲雀さんの肩にあごを乗せた。昨日の服を、埃を払ってまた着ている雲雀さんからは、日光と砂埃と枯れ草の匂いがする。
「群れは咬み殺すって、トンファー出して暴れたりしたら、困っちゃいますけど、」
「……今日は我慢する、」
「なら、困りません。他の、みんなも、雲雀さんが居たって、困る人いないです。」
雲雀さんがどんな人かってみんな知ってる。今日、居ることに驚きはしても、歓迎されるだけで、帰れなんていう人はいない。ゲームなんかしなくたって、それが普通だと思うだろう。
「だから、オレは雲雀さんが今日もうちに居てくれたら、すごい嬉しいです」
「じゃあ、居るよ」
「はい、居てください」
嬉しくて、雲雀さんの背中にすりすりと顔をくっつけたオレは、ちょっとだけ、ここが自分ちの居間だってことを忘れていた。
「『ゆうべは おたのしみでしたね』!」
でっかい声で言われて、オレはびっくりしてぱっと離れて、雲雀さんは今度こそ背中から転がった。
「ヒバリ、来るの早いと思ったら、ゆうべ泊まってたのなー」
プレステとソフトを何本か抱えた山本が、にやにやして居間の入り口に立っている。そういえば、オレの部屋には畳んだ布団が置いてあったんだった。別に、そういうこと、は何もしていないけど、すごく、恥ずかしい。
「べべべべべべべべ別に、なななななななな何も、」
鏡を見なくても自分で赤くなってることがわかるほど顔に血を集めて、どもって意味不明なことを言ってるオレとは違って、雲雀さんはさっと起き上がるとトンファーを構えた。
「わわわわわわわわ、ひひひひ雲雀さん!トンファーはだめですって!」
山本は、雲雀さんのトンファーを見ても顔色も変えないで、ずっとにやにやしている。
「なんだヒバリー、そんな照れんなー」
「誰が照れてるの」
「またまたぁ」
雲雀さんをからかえるって、やっぱり大物だよなぁ、山本。それとも、すぐに顔色を変えるオレの方がからかわれてるのか。
「照れるような『おたのしみ』はなかったのに言われるのは、腹が立つ」
「そういう事情をセキララに暴露しないでください!」
「沢田、「赤裸々」って漢字書けないだろう」
正直な雲雀さんの言い分に、オレは思わず大声でつっこんでしまったけど、それを聞いた山本はにやにや顔から一転、急に痛ましそうな表情になった。わざとらしい!
「そりゃ残念だったな、イブの夜だったのに。大人になるまでお預けだな!」
「あーっ、もーっ、誰か山本とめろー!」
からかわれ続ける居たたまれなさに、思わず叫べば、雲雀さんが嬉しそうにトンファーを構えなおす。
「トンファー以外でー!!」
騒ぎを聞きつけたのか、からからとガラス戸が開いて、獄寺くんが顔を覗かせた。……頭にヒバードが乗ってる。朝、部屋の窓から外に出してあげてから、姿を見ないなーと思ってたら、外で子供たちと一緒に歌っていたらしい。こんなときじゃなきゃ、写真に撮っときたいくらい心和む姿なんだけど。
「どうしました十代目!」
「ご、獄寺くんっ」
顔を赤くして、恥ずかしさのあまり何だか涙目になっているオレと、やっぱりにやにやしてる山本と、むっとしてトンファーを構えてる雲雀さんを見て、獄寺くんは何と思ったのか、きりきりと眉尻を吊り上げた。
「十代目を困らせてんじゃねー!」
けど、それに萎縮するような二人じゃない。
「別に、困らせてねーし」
「だから、君に言われたくない」
獄寺くんの額から、ぶちっ、て音が聞こえた気がした。やばい!顔に集まってた熱がさっと冷める。
「てめーら、果たす!」
「わー!!待って、獄寺くん、室内で爆発物はだめ!」
「ちょっと沢田、僕の目の前で他の男に抱きつくってどういうこと」
「これが抱きついてるように見えますか!」
「バット持ってくればよかったなー」
「山本は空気読んで!」
大乱闘、なんだけど、やっぱりみんな手加減してるというか(そりゃあ、みんながちょっと本気になったらうちが一瞬で瓦礫になってしまうから、当然といえば当然)、だんだんただのじゃれあいになってきて、山本は最初から楽しそうに笑ってるし、雲雀さんも口で言うほど腹を立てているわけではないようで、むしろオレにちょっかいを出すのがメインになってきた。ボムを振り回す獄寺くんを両手で押さえているオレの脇腹を、雲雀さんがくすぐるから、笑い出してしまう。獄寺くんも、しょーがねーな、って感じの顔に変わってきた。ちょっと楽しいかも、なんて思いはじめて、どっすん、ばったん、と大騒ぎのオレ達に、チャイムなんて聞こえたはずがない。突然、柔らかいくすくす笑いを浴びせられて、みんなびくっとして動きを止めた。
「男の子たち、みんな仲いいよね」
「私たちだって仲いいですっ」
扉のところで、ケーキを持った京子ちゃんとハルが覗き込んで笑っている。二人とも、コートの下はおしゃれして来てくれたみたいで、厚いコートの生地の下から、ふわふわしたスカートの裾が覗いてて、もちろんコートも可愛い。それに比べてオレ達は、床でダンゴ状態、服は引っ張り合ってぐしゃぐしゃ、オレは山本にかき回されて、髪の毛もぼさぼさだ。これは黒川に「サル」と言われても仕方ない。
「京子ちゃん、ハル、……お、おはよう」
決まり悪くて、へへへ、と半笑いであいさつする。おはよーっす、なんていつも通り笑顔の山本は全然気にしてないみたい。獄寺くんはさっそくハルに噛み付いている。雲雀さんはまたおんぶおばけになってしまった。素早い。人見知りの小さい子っぽく見えなくもないな、なんて馬鹿なことを考えてたら、
「笹川の妹、」
とオレにくっついたままの雲雀さんが突然、京子ちゃんに話しかけたから、オレはびっくりしてしまった。雲雀さんが、戦闘の対象でもない、風紀の取締りの対象でもない人、しかも女の子に、積極的に話しかけることがあるとは思ってなかった。ちらっと山本と獄寺くんを見たら、やっぱり二人も驚いた顔をしてる。
「はい?ヒバリさん、おはようございます。」
動揺もなく、にっこりと答えている京子ちゃんは、山本以上の大物かもしれない。
「笹川了平も今日、来るんだろう。何を持ってくるのか、聞いている?」
「ピザ屋さんに行くって言ってましたよ。」
「そう。」
それだけ訊くと、すぐに携帯電話を出してどこかへ電話し始めた。
「笹川了平、」
オレはまず、お兄さんが携帯電話を持っているということに驚いた。そして、その番号が雲雀さんの携帯に登録してあるということに気づいて、もう一回驚いた。知ってはいたけど、本当に友達なんだなぁ。じゃあもしかして、雲雀さんと京子ちゃんが話すことって、結構あるんだろうか。
「今どこに居るの……ふぅん、何枚買う気?……僕も半分出すから、その倍買いなよ。うん、よろしく。」
何事にも動じない京子ちゃんと、並盛の生徒じゃなくて、雲雀さんがどんな人か実際のところは知らないハルは、にこにこして聞いてたけど、オレと山本と獄寺くんは、そりゃあ驚いている。ぽかーん、という感じで見ていると、ピッ、という音とともに通話を終えた雲雀さんが、首をかしげて、オレに「持ち寄りなんだよね?」と訊くから、こくこくと頷くことしかできなかった。
「君達なんなの、その顔、」
そう言われても、自分のキャラ考えてみてください、なんて言える訳ないし。山本が、呆然、という風に口を開く。
「いやー、ヒバリ、お前って結構、まともな奴だったのな。ツナに色々話聞いて、猛獣って訳じゃねーのかな、とは思ってたけど……」
あんまりな山本の台詞に、普段は同調なんて絶対しないのに、こういう時だけ獄寺くんが被せてくる。
「オレも……ヒバリって、あの草壁ってでけー奴か十代目がいねーと、なんもできねーのかと思ってた」
「二人の中の雲雀さん像ってどんななの…………」
口々に、見直したわー、とか、悪りーな、とか言われても、ちっともフォローになってない。オレだって確かに驚いたけど、自分の付き合ってる人が、親友二人にここまで言われると(しかも、悪意なく)、何だか切なくなってくる。さっきはみんなが暴れようとするのを止めてたくせに、雲雀さんも反論くらいしたらいいのに、なんて思ってしまった。だけど、
「雲雀さん、怒んないんですか、」
「このくらいのこと、君以外にどう思われてようが、べつに」
みんなの前で雲雀さんがさらっとそんなことを言ったから、結局オレがからかわれることになった。雲雀さんは平気な顔をしてる。普通に羞恥心を持ってるほうが損だなんて、理不尽だと思った。
2010年3月23日
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