ケンタッキーへチキンを買いに行っていたディーノさんが戻ってきて、何かありえない量のピザの箱を抱えたお兄さんも来てくれた。獄寺くんはもう始めようと言う。
「待って、まだクロームが、」
「来るわけないっすよ。むしろ来ない方が、」
 確かに、獄寺くんもビアンキも、姉弟そろって骸には酷い目に合わされたから、気持ちはわからなくもないけど、クロームはあの事件には関係ないし、言い過ぎだ。たしなめようとしたオレより先に、ハルがものすごい剣幕で物言いをつけたから、口を開き損ねた。
「獄寺さん、そんな酷いこと平気で言えるなんて、信じられないです!」
 獄寺くんも、口では悪く言っても、後ろめたい気持ちもあるんだろう。言い返す口調に、勢いがない。ここはハルにまかせといたほうがよさそうだった……それにしても。
「なに?」
 オレは背中にくっついてる雲雀さんをちらりと見た。言い争うハルと獄寺くんはもちろん、真剣なんだと思う。雲雀さんにトンファーでつつかれたり、つねられたりして、オレが痛い痛いって悲鳴を上げるのは、やっぱり本当に痛いからだ。でも、よそから見たら、あんな風に見えるのかなぁ。
「……痴話げんかに見えるなぁって。」
「やー、それ、ツナが言っちゃだめだろー」
 雲雀さんが何か言うより前に、山本からつっこまれた。やっぱりそうだよね……気をつけよう。
「だいたい、獄寺さんは無神経なんですよ、いつもいつも!」
 ハルの怒りが、だんだん横道へそれてきた。母さんもそうだけど、女の人って、どうして今関係ないことで怒り出すんだろう。あんまりエキサイトするようなら、適当なところで止めないと獄寺くんもかわいそうだ。
「あ、」
 様子を伺ってたら、ぴんぽーん、とチャイムが鳴った。きっとクロームだ!玄関に向かって走る。出ようとしていた母さんを、オレが出るからいいよ、と止めて、扉を開けた。
「ボス、おはよう」
 やっぱり!よかった。
「おはよう、クローム、待ってたよ。」
 一人で来てくれたクロームはこの寒い中、コートも着ていなかった。薄紫のふわふわしたハイネックのセーターに、黒いワンピースを重ねているだけだ。でも、いつも黒曜の改造制服を着ているところしか見たことなかったから、珍しいし、可愛い。
「寒くない?早く上がって……その服、可愛いね。」
 女の子を褒めるのは照れくさい。オレにしてはかなり頑張って、何とかそう言うと、クロームのほっぺたが一気にさっと赤くなった。
「骸様がくれたの。クリスマスプレゼントだって」
「ぅえっ!?……骸、が、」
 脱獄したわけでもないだろうに、一体どうやって!?と驚いたけど、ふわり、と膨らんだスカートの裾をつまんだクロームは本当に嬉しそうだったから、まぁいいか、と思うことにした。クロームはよく骸と「会ってる」って言うし、オレたちにはわからない何かがあるんだろう。
「おじゃま、します。」
「どうぞ。」
 ブーツを脱ぐのに、前かがみになったクロームの頭を見たら、どこを通ってきたのか、枯葉みたいなものがいくつもついていた。
「クローム、髪に葉っぱがいっぱいついてる、」
 手を伸ばして、髪に絡まっている茶色のかさかさを一つずつ取る。せっかく可愛くしてるのに、もったいない。
「ありがと、ボス。でも、自分でできる」
「え、けど、見えないだろ?わざわざ鏡見なくたって、もう取れるよ。ちょっと待って……ほら、できた」
 すこし飛び出してしまった髪をちょいちょいと撫で付ける。ずっと、クロームの髪は、長く伸ばしたのを結い上げてると思ってたけど、よく見ると、短い髪のてっぺんを、はねさせてる髪型だ。だからオレでも直してあげられる。でも、取った枯葉をくしゃっと丸めたオレに、クロームは困った顔をした。もしかして、オレに髪とか触られるのが、嫌だったのかな。セクハラしちゃったんだろうか、と焦るオレの背中に、どし、と重みがかかった。雲雀さんだ。
「雲の人、怒ってるから……」
「いっだだだだだだだだ!!」
 クロームの言葉に被って、悲鳴を上げた。首の付け根のとこを、思いっきり咬まれてる。
「ひ、雲雀さん!痛い!ギブ!痛い!!」
 年下の女の子が、黒曜から一人で、こんな寒そうな格好で来てくれたのを、可愛いと思って、世話を焼いちゃいけないのか!と思うけれど、この間も雲雀さんが言ったように、こういうのは理屈じゃない。
「いたた、ごめんなさいごめんなさい、雲雀さんが怒るようなことは何も、痛いですって!」
 あぐあぐ、と歯が食い込んで、クロームの前なのにみっともなく悲鳴を上げてしまう。深い色の大きな目が、そんなオレたちをじっと見ている。かっこ悪いからあんまり見ないで!と願うオレをよそに、クロームは表情を変えないまま、ざっくり切り込んだ。
「やめて、ボス痛がってる……雲の人、余裕ないのね。」
 クロームって、骸を好きだって言うだけあるよなぁ、なんて、咬みつかれたまま遠い目で考えているオレはちょっと逃避している。
「………………、」
 雲雀さんは後ろにいるから、オレには顔は見えない。がぶがぶ咬みしめていたあごがゆっくり離れた。ど、どんな顔してるんだろう。クロームにいきなり攻撃したりってことは、さすがにないと思うけど。反応が気になって、後ろを向こうか迷っているうちに、それまで黙って成り行きを見守ってた、獄寺くんが声を上げた。
「お前、ちょっと見直したぜ」
 ……見直しちゃうのか!と思ったら、ハルも、ツナさんをDVから守らなきゃいけません!とか言って、力強く頷いている。獄寺くんのクロームへの拒否反応が薄くなるのはいいことだけど、もっと違う話題で薄くなってほしかったなぁ、と思うのは、贅沢かな。とほほ、と肩を落として振り返ったら、雲雀さんは無表情だった。でも何となく落ち込んでいるような気がする。そっと髪を撫でたら、咬みつくときに引っ張られて乱れた、オレのセーターの首のところを直してくれた。
「ええと、げ、玄関じゃ寒いし、とりあえず中へ、」
「ボス、これ、」
 クロームは抱えてた新聞紙の包みを、おずおずと差し出してくる。
「こんなものしかなくって、ごめんなさい。」
「あ、持ち寄りの?なしでも大丈夫だったのに、ありがとう!」
 開いてみると、大きな実をいっぱいつけた、つやつやの緑のひいらぎ、それと、名前はわからなかったけど、やっぱりきれいな緑の丸い葉っぱと丸い実のついた、わさわさした枝も入っていた。
「これを取るために、枯葉まみれになっちゃったの?綺麗なお土産ありがとう。」
 庭には大きなツリーがあるけど、部屋の中は飾りつけとか特にしていなかったから、ちょうどいい。黒曜ヘルシーランドの、あの林の中に入って探してくれたんだろう。無口で、感情がわかりにくいとこはあるけど、やっぱりクロームっていい子なんだよね。獄寺くんも今日を機会に、クロームへの態度をちょっと和らげてくれるといいんだけどなぁ。

「えーと、茶色の箱、茶色の箱、」
 みんなには居間へ行ってもらって、母さんに教えてもらった情報を元に、花びんを探して納戸をあさっていたら、雲雀さんがオレの手から新聞包みを取り上げた。
「ひいらぎはともかく、やどりぎは飾らない方がいいんじゃないの。」
「やどりぎ?って、その丸い葉っぱのですか?どうして?」
 膝を突いて、納戸の中に頭を突っ込むようにしていたオレは、白い陶器の大きな花びんを探し当てて、抱えたまま振り向いた。口ぶりからすると、別に、クロームが気に入らないから飾って欲しくないとか、そういうことじゃないんだろう。雲雀さん、木のことに詳しいし、その、やどりぎ、っていうのに、何か理由があるのかな。
「やどりぎに関する、クリスマスの慣習があるんだけれど、知らない?……女子の方が詳しいのかな、こういうのは」
「え、何かまずいんですか?」
「……まずいといえば、まずい。」
 雲雀さんは、新聞紙の中から、やどりぎのわさわさした枝だけを取り出すと、ぱさ、と納戸の扉の上のところに引っ掛けた。何となく、それを目で追う。
「ヨーロッパでは、玄関の扉だとか、天井から吊るしたりして、飾る」
 ふ、と影がおちる。雲雀さんがオレの顔を覗き込むように膝を折ったからだ。
「わ、……んん、んぅ」
 そのまま、やけに顔を近付けてくるなぁ、と避けもせずにいたら、ふに、と唇と唇がくっついた。少し離れて、すりあわせるようにして、またくっついて、最後に、ちゅ、と音をさせて離れていった。突然すぎて、何と思うひまもない。離れてから、かえって、少しかさついた雲雀さんの唇の感触がよみがえってきて、慌てた。そりゃあ、納戸の扉の影で、もしも誰かが見に来てもすぐにはわからないとは思うけど、みんながいるのになんてことを。
「……そのやどりぎの下にいる人には、キスしていい。」
「え、ええぇ?」
 オレには初耳だった。確かに、女の子が好きそうな話かも。クロームはわかってて持ってきたのかな?
「彼女は単に飾りのつもりで持ってきたのかもしれないけど」
 オレの内心を読んだみたいに雲雀さんが続ける。でも、せっかく持ってきてくれたのに、飾らないのも寂しい。
「みんな知らないかもしれないですよ」
 というか、やどりぎが飾ってあるからって、そこで誰かにキスをしようと思うような人は、
「かもね。けど、跳ね馬は確実に知ってると思う。」
 ……いたよ、そういえば。うーん、と唸ってしまう。ひいらぎだけ持っていけば、クロームはやどりぎはどうしたんだろうと思うだろうし、両方飾りたい。
「ディーノさんがそういうことしそうな相手って、多分、オレたちだけですよね。」
「多分、ね」
「じゃあ、ディーノさんが近づいてきたら逃げるってことで」
「逃げなくても、咬み殺せばいいんじゃない」
「殺しちゃあだめです。咬みつくくらいにしてください。」
 ふふふ、と笑って話はまとまって、水を汲んだ花びんに、枝を飾った。居間へ持っていくと、やっぱりハルと京子ちゃんはそのことを知っていて、きゃあ、と歓声が上がった。テレビでは聞いたことない気がするけど、そういう話を一体どこで仕入れてくるんだろう(雲雀さんは例のお祖母さんに聞いたと言っていた)。
「少女漫画には欠かせないアイテムなんですっ!」
 なるほど、確かにそれなら、オレが聞いたことなくても頷ける。部屋の隅で、ディーノさんが輝いた顔でやどりぎとオレたちを見比べているのを、あえて無視した。目を合わせたらいけない。

「十代目、どうぞ!」
 みんなと一緒にこたつを囲んで座らせてもらったオレ(と雲雀さん)に、獄寺くんがジュースを持ってきてくれる。見れば、もう全員に行き渡っている。うちでやる以上、一応オレがもてなさなきゃいけないのかなと思うけど、オレより手際のいい人ばっかりだから、あんまり出る幕はない。
「ありがとう、獄寺くん」
 紙コップの中で、甘い匂いの泡がぷちぷち弾けてる。肩から覗き込んできた雲雀さんが、コーラ、とぽつっと呟いた。
「雲雀さんは、お茶とかの方がいいですよね。紙コップ、まだありますよ」
「いらない、君の好きなのでいい」
 じゃあ早く飲んじゃって、2杯目はお茶にしよう、と思って、口をつけようとしたら、みんなに止められた。
「ツナぁ、乾杯がまだだぜー」
 山本がははっと笑う。
「そーですよ!」
 もー、と頬を膨らませているのはハルだ。
「ご、ごめん」
「じゃあ乾杯の音頭を、是非とも十代目にっ」
「ええ!?」
 何だか、クリスマスというより、サラリーマンの忘年会みたいだ……まぁこの中に、神様に祈るような人なんて、いないけど。
「ほらほらツナさん、立ってください」
 獄寺くんもハルも、こういう時ばっかり息ぴったりなんだから。どうしようかとぐるっと部屋の中を見渡したら、にっこり笑ってじっとこっちを見てる京子ちゃんと目があった。ううう。観念して、のそのそ立ち上がる。
「ええっと、」
「何か一言!」
 突撃レポーターみたいな台詞で獄寺くんがハードルを上げる。一言、といわれても、人前で喋ったことなんてないオレには、その一言すら思いつかない。どうしようどうしよう、と汗をかいていたら、オレの脚に、とん、と雲雀さんの肩が触れて、そのままくっついていた。意図してやったことじゃないかもしれないけど、それですうっと楽になった。
「……クリスマスパーティー、来てくれて、ありが、とう。」
 山本がひゅーひゅーと口笛を吹いて、かーっと顔が熱くなった。でもまだ口は動く。
「ええと、その、リボーンが、イタリアのクリスマスは、日本のお正月みたいに、家族で過ごす日だって。だから、その、今日、みんなと遊べて、う、嬉しい。です。」
 我ながら、何を言ってるのかわからない。何だか、とてつもなく見当はずれなことを言ってる気がして、事実、みんなが黙ってしまった気がするし、パニックになって無理やり〆た。
「と、とにかく、ありがとう。か、かっかんぱいっ」
 しーんとなっちゃったらどうしよう、と、思わずぎゅっと目をつむってしまったオレの耳に、わっと歓声が飛び込んできた。
「かんぱーいっ」
 恐る恐る目を開けてみる。京子ちゃんとハルとクロームが、三人揃って紙コップを当てている。ハルが獄寺くんと一瞬だけ紙コップを触れ合わせる。獄寺くんは紙コップを握りつぶしそうな勢いで山本の紙コップにぶつけている。肩にリボーンを乗せた山本はディーノさんと紙コップを合わせて、何か楽しそうに話している。その横から、極限!とお兄さんが紙コップを突き出している。ランボとイーピンがコップを持ったままオレのところへ走ってきて、フゥ太に、こぼすよ!と注意されている。みんな、笑ってる。やっと安心して座ると、ランボ、イーピン、フゥ太と、ぺこ、ぺこ、ぺこ、と紙コップをぶつけ合った。それが合図だったみたいに、次はみんなが紙コップを持ってオレのところへ集まってきた。雲雀さんはものすごく嫌そうな顔をして、でも、今日は我慢する、と言った言葉通りに、オレの背中に顔をくっつけて、お腹に手を回してぎゅっと抱きついて、じっとしていてくれた。
「かんぱい!」
 オレと雲雀さんの名前が書かれた紙コップに、次々とみんなのコップが当てられて、一緒にクリスマスを過ごすことを、喜んでくれる。こんな幸せなことが毎年できるんなら、そのためなんだったら、闘うのだってちょっとは頑張れる、と思う。
「コップないから、」
 乾杯ラッシュがすんで、みんなこたつの上の食べ物に手を出し始めると、一瞬の隙をつくようにして、雲雀さんの小さなささやきと、ちゅっ、ていう音がほっぺたの上に落ちた。でもオレは、見られるかもしれないのに、恥ずかしい、なんて怒ることは、今はできなかった。へへへ、と笑うだけだ。雲雀さんがオレの手から、コーラの入った紙コップを取って、飲む。

 メリークリスマス!来年も、再来年も、その先も、ずっとこんなクリスマスを過ごせますように。




2010年3月27日
これで終わりです。
約1年3ヶ月もの長い間、お付き合いいただきまして、ありがとうございました。