雲雀恭弥は考える。

 愛というのは、優しくしたり、幸せを願ったり、守ったり、相手の望むようにしたい、という想いなのではないのか、と。

 息をつく。呼吸は荒く、熱く、乱れている。髪の先から、こめかみから、顎を伝ってはぽたぽたと落ち、目にも入る邪魔な汗を、べたべたした腕でぬぐう。見下ろす先には、乱され、湿ったシーツがあって、力なく四肢を投げ出し、目を閉じ、無言のまま大きく胸を上下させ、汗や粘液にまみれた、沢田綱吉がいる。なされるがまま両脚を大きく開いて、ぐずぐずに溶けた後ろに、雲雀の性器を含んでいる。ようやく毛の生え始めたような、やせこけた下腹部は、怒張した雲雀のものを呑まされて、膨らんでいるように見えた。それを痛々しいと思う心はあるのに。
「……っ、く、」
 しろい肌と栗色の陰毛の境目の辺りに、ひたり、と手を置くと、綱吉は微かにのどを鳴らして、薄く目を開けた。半開きの、乾いた唇をうごかし、何かを言いかけ、そしてやめる。声が出ないのだ、と雲雀は思った。

 雲雀は、綱吉の胎のなかが好きだ。とても好きだ。一度入ったらもう、出たくない、と毎回思うほどだ。綱吉はたまに、雲雀を評して絶倫だとかいうことがあるが、とんでもない誤解だ、とそのたびに反論する。雲雀は、綱吉の胎のなかにいる時間が、終わらないように、少しでも引き延ばそうと、血のにじむような苦痛じみた忍耐によって、射精を堪えているのであって、それは絶倫とか、遅漏とか、そういうものとは関係ない。ただしその結果、綱吉ばかりを何度も何度もいかせるような、虐めのような性交になってしまいがちなのは、否定できないが。
「だって、たりない。もっと、ずっと、君のなかに、いたい」
 口に出して、そう呟くと、綱吉の唇も今度こそ動いて、もうむり、と言い、ひどい、と言った。言葉とともに、雲雀のものを包み込んだ胎内がざわめいて、低く呻いた。溶けるような心地がする。

 雲雀だって、いつもは、綱吉に、優しくしたり、幸せを願ったり、守ったり、彼が望むようにしたい、という想いを抱いているのだ。だけれど、嵐のようにやってくる衝動が、突然、雲雀を蝕む。沢田綱吉が、好きだ。見つめていたい。触れたい。抱きしめたい。なかに入りたい。もっと、もっともっと奥へ、なかに入れて。追い出さないで。
 最初は、純度の高い快楽に染まった彼の声が、次第に、哀願から、苦痛の混じる、悲鳴のようなものになっても、やめたくない。泣かせてもいい。もっと、泣いてほしい。自分のために、いろんな感情を、動かして欲しい。

 庇護欲も、嗜虐心も、同じ、沢田綱吉が好きだ、という気持ちから生まれたものだ。けれど、この、相反するふたつのこころは、愛と呼べるものなのだろうか。

 腰を揺する。もうだめだった。本能に負けて、上り詰めるための動きになる。はっ、はっ、と犬のようにみっともなく乱れている呼吸を、他人事のように遠くで聞く。綱吉は、もう、起きているのかもわからないような様子で、力ない身体を突き上げられて、皺だらけのシーツの上をずり上がってゆく。それを押さえつけて、ひときわ強くたたきつける。火花が散る。ああ、終わってしまう。追い出されてしまう。気持ちいい。気持ちいいのが、悲しい。
「っあ、あ、んん、あああ……ッ、くぅ……」
 くぷぷぷ、と間抜けな音を立てて、収まりきらない白濁が繋がったところからこぼれ出た。しろい綱吉の肌の上に、ぽたぽた落ちる汗と一緒に、糸を引いてだらしなくよだれが垂れる。しばし放心する。それから、雲雀は、そのまま崩れ落ちたい心を叱咤して、綱吉を押し潰さないよう、身体を離した。萎えた性器がずるずると抜けるのを見たら、涙が出そうだった。

 しばらく、整わない呼吸に肩を上下させながら、座り込んでいると、寝てしまったとばかり思っていた綱吉の手が、ゆるゆると動いて、雲雀の膝に置かれた。顔を見れば、唇が震える。また、ひどい、と言われてしまうのだろうか、とぼんやり考えていると、一度だけ上唇をなめた綱吉は、みず、ください、と言った。
 シーツの無事な部分で手を拭い、綱吉を膝の上に抱き起こすと、枕もとの森の水だよりのキャップを開け、ゆっくりと傾けて、口につけさせる。こく、こく、と喉仏もまだない喉が動くのを見ながら、微妙にペットボトルの傾きを変えた。
「もう、いい?」
 顔を見て、一旦とめて、そう訊ねると、綱吉は頷いてから、ふにゃあ、と笑った。そして、
「愛、ですね」
 と言ったので、雲雀は驚いた。
「……なにが?」
 すると、綱吉も驚いた顔をした。そして、笑って言った。
「みずのりょう、ちょうどいい。それに、おれが、なにいってるか、わかるから」
 綱吉の嗄れた声は、水を飲んでも回復しなかった。先ほどからずっと、唇を動かしながら、かふかふ、すかすか、と乾いた音を喉から漏らしていただけだった。
「それが、愛なの?」
 雲雀は困ったように眉尻を下げて、でも少し笑って、訊いた。綱吉は、不思議そうに首をかしげた。
「愛じゃなかったら、なに?」
「、そもそも、声が出なくなるようにしたのは、僕じゃないか」
「それも、愛でしょう」

 綱吉は、何ら、おかしいとは思っていない様子だった。

「……そうだね、愛だ。君が好きだから。」
 雲雀は、自分を、現金だとは思わない。優しくしたいという気持ち、自分のために泣かせたいという気持ち、綱吉が好きだ、というこころから生まれたこの二つの気持ちを、ほかでもない綱吉が、雲雀の愛だというのなら、これは愛で間違いなかった。



「愛のしるし」スピッツ
2008年11月8日