「人間の手がまだ触れない」のなかで雲雀さんが見ていた夢がどんなだったのか知りたいという旨のメッセージを頂いたので、簡単ですが、書いてみました。メッセージ下さった匿名さま、ありがとうございます。
ヒバリは、黒猫。並盛町を支配下におさめる、威風堂々とした、オスの黒猫である。
『風紀を乱すものは、許さないよ。にゃおん。』
秋波を送っていたメス猫たちが逃げてゆく。
『群れるものは、許さないよ。にゃおん。』
集会をしていたオス猫たちも逃げてゆく。
並盛町は、ヒバリの手によって、今日も秩序と静寂を守っている。
わんわん、わんわん
塀の上を、かぎしっぽを揺らし、優雅に歩むヒバリを見て、塀の内側に繋がれた犬たちが吠え立てる。
『とんまな犬ども、僕に咬みつけるものならやってごらん。にゃおん。』
ぷにぷにのピンクの肉球の奥の爪と、ぴんぴんとおひげのたった口元に隠した牙が、きらりと光る。どんな動物だって、ヒバリの敵ではない。みな彼の前では膝を折るのだ。
全身のばねが伸び縮みする、けものの身体。木だって駆け上がるし、屋根からだって飛び降りる。ヒバリはいつだって自由だ。誰にもヒバリの邪魔はできない。
ある日、羊の群れがヒバリの縄張りに入り込んできた。もちろん、咬み殺す。
『身の程を知りなよ。にゃおん。』
ところが、群れの中でも一番弱そうだった一匹が、ばしん、と前足で反撃した。オレンジの羊なんて珍しい、と思っていたが、なんとライオンだった。ライオンは、ヒバリに一撃浴びせたくせに、逃げていってしまう。
『続きは?ねえ、またおいで。にゃおん。』
久しぶりに楽しそうだと思ったのに。ヒバリは、じっと逃げる姿を見送る。
くふふ。
またある日、今度は塀の外側を、三匹の犬がやってきた。
『群れるなって、言ってるでしょう。にゃおん。』
ボスは、左右の目の色が違う、紺色の大型犬。その指示で、取り巻きの二匹が、ヒバリの支配下にある並盛の動物たちを、次々と痛めつける。
『並盛町の秩序を狂わせるのなら、咬み殺すよ。にゃおん。』
フーッと牙をむいて、身体を膨らませたヒバリに、大型犬が飛び掛る。
『そんな攻撃が、通じると思ってるの。にゃおん。』
ところが、ヒバリは、塀から落っこちてしまった。硬い地面に叩きつけられて、動くこともままならない。
『何て腹立たしい。にゃおん。今度会ったら殺してやるんだから。にゃおん。』
身体中がじくじく痛む。でもヒバリは並盛町をおさめるボス猫だから、そんな弱みは見せたりしない。
『牛乳持ってきて。にゃおん。』
ヒバリが塀から落ちた後、情けない悲鳴を上げながらも紺色の犬を撃退したのは、この間のオレンジ色のライオンだ。彼は何故か、怪我をしたヒバリのもとへ、毎日せっせと牛乳を運んでくる。ヒバリのことを、怖がっているくせに。まったく、このオレンジの毛玉は本当にライオンなのか。それとも実は、全く新種の生物なのか。
『そのそよいでいるたてがみは、何でできているの。にゃおん。』
彼のことを、もっと知りたい。
『もっと君の話をしてよ、ライオンのくせにびくびくしてないで。にゃおん。ねえ、君は強いの?それとも弱いの?また遊ぼうよ。にゃおん。』
最初は遠慮がちだったライオンも、日ごと、少しずつヒバリに近づいてくる。
『ねえ、そのふかふかの前足で、殴り合ってもいいし、撫でてくれてもいいよ。にゃおん。』
ついにライオンは距離を詰めて、そうっとヒバリの額を撫でた。以前にヒバリをぶん殴ったこともあるし、大型犬を負かす強さも持っているのに、その感触はどこまでも優しい。ごろごろと喉を鳴らすと、ライオンの肉球が、ぷに、と雲雀の額を押した。
違う、そうじゃないよ、
「……なんだ、きみか。もうそんなじかん?」
目を覚ました雲雀は、自由な黒猫ではなく、ベッドに横たわった人間だった。けれど強いのに臆病なライオンも、ライオンではなく人間だったから、まあ良いか、と思った。前髪にはまだ、優しい感触が残っている。手の中には、捕まえた手首。
『ねえ、やめないで、もっと撫でてよ。にゃおん。』
遠くで猫の声がする。
「ゆめをみてた、……なにかいいゆめ、」
どうしたらもう一度近づけるの、にゃおんと鳴いてみせたらいいかしら、見た目以上に細い、ライオンの前足を掴んだまま、寝ぼけた頭でぼんやりと考える。
とりあえず。
『そのたてがみ、触らせてよ。にゃおん。』
雲雀は心の声に従って、綱吉に触れるために、ベッドから手を伸ばした。
2009年10月5日
雲雀さんを鳴かせたかった。
タイトルのパロディ元と話の内容は全く関係ありません。すみません。
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」フィリップ・K・ディック/ハヤカワ文庫
(2009年11月4日)
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