「っ、」
さら、とあばらを数えるように脇腹を撫でる。ひく、と震える。なぞるのは雲雀の動きだ。綱吉の身体なのに、どこを触られたら我慢できないのか、雲雀の手の方がよく知っている。
「きょうや……」
酷く興奮している。既に舌っ足らずな声で、綱吉は手を伸ばして、雲雀の首にもう、かかっていただけのネクタイを抜き取った。くるりと手に巻きつけて、端を唇に当てる。すう、と吸い込む。雲雀の匂いがする。それをこすり付けるように、身体に触れさせる。
「んっ」
胸の先端にかすめる。すぐに形を変えるのは、もっと触って欲しいからだ。赤く充血しはじめているだろうそこを、くにくにと刺激する。呼吸は湿り気を帯びてくる。自分で胸をいじって、声が出るほど感じているのが恥ずかしくて、ネクタイの先を咬む。シャツのボタンを残りも全部外して、する、と肩から滑らせると、今度はベルトのバックルに手を掛けた。ちらりと雲雀に視線を流すと、まばたきしているのか不安になるほど目を見開いていて、目が合うと、かすかに震えながら口を開いた。
「つっ、つ、なよし、つなよしっ」
縛られた両手首を、膝の上でぱたぱたと上下させる。
「これっ、ほどい、」
「ほどいて、どうするの?……「見たい」って言ったのは恭弥なのに、」
その気になれば引き千切る事だってできるだろうに、律儀に縛られているところは褒めてやってもいいが。嘲るように笑うと、身を乗り出して、膝の上の手をぎゅうと押さえつける。触れた手は驚くほど熱い……二人とも。
「無駄吠えはだめだよ」
顔を近付けて、眇めた瞳で射抜いたまま、口を開いて、キスというより、雲雀の口を覆うようにふさいだ。サバンナで雌ライオンが、獲物を窒息させるために口元に咬み付くのに似ている。れろ、と雲雀の唇を舌で撫でて、慌てて開いたそこから、迎えるように舌が這い出してくると、するりと離れた。つう、と唾液が糸をひく。雲雀の顔は、不満げを通り越して既に悲しそうである。綱吉はもう、楽しくて仕方なくて、くすくすと笑った。
「その顔、すごく可愛い。可愛い、恭弥、好き、……っ」
スラックスの上から、雲雀のネクタイを巻きつけた手で、自分の股間を撫でる。当然、硬い。ゆっくりジッパーを下ろして、そっと握りこむと、下着にはもう染みができていた。
「は、……ぅん、」
手に少し力を入れただけで、背中がびりびりする。雲雀と付き合って10年、綱吉の中では、セックスは、挿れるよりも挿れられるもの、という意識なので、擦りあげるたびに下着の中で、物欲しげな後孔が、ぱくぱくと口を開けたり閉じたりした。
「あ、う、うしろ、も……」
呟きは意識せずこぼれおちただけだが、雲雀には結構なダメージだったようだ。膝を擦り合わせるようにもぞもぞしている恋人は無視して、下着ごとスラックスを下ろす。すっかり勃ち上がった性器が、震えながら汁を垂らしている。それを、左手でぬちゃぬちゃと扱きながら、右手は後ろにまわす。よれた黒いネクタイが、持ち主の願望を示すように、濡れた性器に絡んでいる。その感触にまた感じる。
「ふっ、ん、あ、きょうや……っすき、好きっ、あ、あっ」
両手が濡れた音と共にせわしなく動き、がく、と上半身が崩れて、頭が雲雀の膝の上に落ちた。頬を擦り付ける。目の前で、黒いスラックスのジッパーが、不自然なしわを作っていた。勃起しているのだ。綱吉は顔を上げると、がぶ、とそこを咬んだ。
「っ、く、ぅあ、」
着衣ごしにとはいえ、硬くなったところをそんな風にされたら相当痛い。苦悶する雲雀の声で、綱吉の身体は自分の指をきゅっと締め上げた。背筋を痺れが走って、やばい、と一度指を引き抜いた。
「ねえ、オレの、オナニー見て、見てるだけで、勃っちゃったの?」
明らかな嘲笑に、頭上から、はあ、と苦しげな雲雀の息が降ってくる。
「床に正座して、手縛られて……恭弥、マゾヒスト?変態?」
「ち、違、」
息を荒げて、それでも雲雀は否定する。
「違うの?でも、すごく硬くなってるよ、ここ」
もう一度咬んで、あぐあぐとあごを動かすと、黒いスーツの裾がはねた。
「もしかして、いま、いっちゃった?これだけで?」
ここぞとばかり虐める。雲雀は必死に首を振る。
「恭弥、ほんとはこういうのが好きなの?我慢するのが、」
「ちが、うっ、つなよし、が、つなよしがっ、すき、だからっ」
率直な言葉に、今度は綱吉がダメージを受けた。ぐん、と張り詰めた性器に再び指を絡めて、終わりを目指す。足りない足りないと収縮を繰り返す後孔にも、今度は二本の指をねじこんで、ぬちゃぬちゃとこね回す。
「あっ、あっ、ぁん、あ、もう、だ、め、い……っ!」
膝枕の状態でいった綱吉の、はあはあと荒い息遣いの合間に、とぷとぷ、と粘着質の液体が、床に飛び散る音が、妙に響いた。ちゅぷん、といやらしい音をさせて後ろからも指を引き抜いて、余韻にびくびくと震える身体を宥めて、綱吉はしばらくそのままの姿勢でいた。汗と涙と唾液が、雲雀の膝に吸い込まれる。やがて、綱吉はむくりと起き上がると、ねとねとと半透明の体液が糸を引く左手を、雲雀の目の前にかざした。独特の匂いが立ち上る。
「汚れちゃった……きれいにしてくれる?」
雲雀は黙って、縛られた両手を床につくと、四つん這いでその指に顔を近付けた。小指から順に、歯を当てないように、丁寧に口に含んでは舐める。指の股、手のひら、とちろちろと舌を這わされると、綱吉は、はぁ、と熱い息を吐いた。
「……できた」
伺うように、上目遣いの雲雀が綱吉を見る。綱吉が出したものは爪の間にさえ残っていなくて、ただ雲雀の唾液でてらてらと光っている。手のひらを、ぺろ、と舐めてみる。
「うん、きれいになってる。ありがとう、恭弥、」
短い前髪から覗いている白い額にちゅっと唇をつけて、それから綱吉は、少し離れたところに落ちていた、件のハサミを拾い上げた。しゃきん、と一度鳴らすと、雲雀がまた、怯えた顔になる。それに満足する。
「よく出来たね。」
筋の浮いた手首を拘束していた、シルクのネクタイをじゃきんと切り落とす。縛る時に注意はしたが、綱吉はべたべたの手で雲雀の手首を撫でて、痕などついていないか検分した。
「痺れたりとかしてない?」
尋ねれば、ふるふると首を横に振る。
「よかった……じゃあ、よく出来たご褒美をあげる。恭弥、『よし』」
笑って言えば、理解できなかったのか3秒ほど間があって、それから勢いよく飛びついてきた。どたん、と床に倒れて、痛いと思う間もなく、中途半端に脱いでいた白いスーツを、全部取り払われる。あちこちにちゅうちゅうと吸い付きながら、雲雀はぎゅうぎゅうと綱吉を抱きしめた。
「つなよし、つなよしつなよし、あいたかった、会いたかったっ」
それから黒いスーツを脱ぎ捨てる。その間も、身体の一部をどこか綱吉に触れさせている。その犬のような甘え方が、可愛くもあり、切なくもあった。綱吉は、「死んで」から今日まで、時間の経過はわからない状態でいたわけだが、雲雀はその後も結構な期間、働いていたのだ。さらに、子供とはいえ、綱吉と同じ顔の、でも全くの別人に、目の前をうろつかれたのだから、さぞ淋しかろう。
「ねえ、もう、すぐに挿れてもいい?」
ぐしゃぐしゃに脱ぎ捨てたスーツを腰の下に押し込まれる。綱吉はただされるがままになって、うん、して、と言って自分から両脚を開いてみせた。
言葉にはしなかったが、綱吉の望んでいた通り、雲雀は中で出した。粘つく体液に胎の中を汚される不快感が、たまらなく愛おしい。マゾヒストの変態はオレの方だな、と心の中だけで呟く。はあはあと息を鎮められない綱吉をぎゅっと抱いて、雲雀がべたべたの手で茶色の髪を撫でた。
「……言うのが遅くなったけど、綱吉も、お疲れさま。」
優しい声にきゅっと唇を咬んで、首を横に振る。
「オレはただ寝てただけで……何もしてないよ」
「違うよ、」
雲雀も首を横に振った。
「綱吉は一番みんなのことを考えてたし、一番がまんしたのも綱吉だよ。頑張ったよね」
頭の後ろに手を回され、引き寄せられて、頬と頬を合わせる。鼻の奥がつんとする。
世界の危機なんて自分の手には負えないと思った。誰も傷つけない方法なんてないと思い知らされた。死んだなんて、みんなをだますのは嫌だった。自分の手でやりたかった。一番大変なところを、他人の手に任せるのは、綱吉が嫌う方法だった。
「……っ、く」
眼球が熱くなって、ぶわ、と視界が歪む。ひく、と喉を引き攣らせると、あやすように背をさすられる。
恐かった、悲しかった、プレッシャーだった、はがゆかった、申し訳なかった、辛かった、
「苦しかっ……、」
やるせなくて、ああああ、と子供のように叫び声を上げると、熱い雫がぼろぼろと転がり落ちた。
「こ、殺されるときっ、このまま、失敗して、恭弥がっ、オレに会いたい会いたい、って思ったまま、そのままになっちゃったらどうしようって、恐くて、恐くてっ」
堰を切ったようにわあわあと泣きじゃくりながら、ボンゴレ十代目としては口に出せなかった、綱吉個人の正直な気持ちを吐き出せば、雲雀はひとつひとつ、うん、うん、と言って聞いている。
「世界の存亡、なんて、そんなの、オレが、ダメツナが、どうにか、できるわけ……っ」
感情が昂りすぎて、後は、ひっひっとしゃくり上げて、言葉にならない。よしよしと撫でる優しい手に身を委ねて、綱吉は、涙が自然に止まるまで泣いた。
雲雀が、ハンカチがないから、と言って綱吉の手に握らせたYシャツでちーんと鼻をかんで、やっと泣き止むと、綱吉は今頃になって、まだ雲雀と身体を繋げたままであることを思い出した。もぞもぞと腰を動かすと、雲雀は少し笑って、そのまま、綱吉を抱えて起き上がる。
「あ、ぁん、ゃ」
思わず声が漏れる。胡坐をかいた雲雀は嬉しそうに笑うだけだ。綱吉は膝の上に向かいあわせで乗せられている。
「綱吉、少しはストレス解消できた?」
僕をあんなに虐めて、と言う雲雀の目は悪戯っぽく光っている。それを見て、綱吉もやっと笑う。表情だけの笑みでも、嘲笑でもない、心からの、いつもの綱吉の笑顔だ。
「……まだ。」
首にぎゅっと腕を回して、甘い声で言う。
「じゃあ、どうしたい?」
くすくすと笑う雲雀に、綱吉は自分の胎に入ったままの彼を、柔らかく締め付けながら、要求を並べる。
「もっとして。いっぱい、いちばん奥まで。いっぱい突いて。」
素直に口に出せば、思ったより卑猥な響きになった。後孔でくわえ込んでいるものが質量を増す。
「それは頼まれなくてもそうするけど、ほかには?」
は、と息を熱くしながら、雲雀はまだ優しく訊ねてくれる。
「ん、姿勢はこのままがいい、恭弥の顔を見てたい、」
甘えてさらに言えば、額と鼻の頭、それから両頬に、ちゅっと音をさせてキスが降ってくる。
「それだけ?」
まだ訊く雲雀に、やせがまん、と思いながら、嬉しい、とも思う。
「もっと強くして。子供のオレと違って、オレは簡単にここが切れたりしないから、」
言いながら繋がったところへ指を這わす。その後はもう、言葉はなかった。
あんあんよがって、腰を振りながら、綱吉は、10年前の沢田綱吉が残した置手紙のことを考えた。
(子供のオレは、きっとオレを見たら、「ダメなおとなはヒバリさんだけじゃなかったのか」って頭を抱えるだろうな)
それはまったく愉快な想像だった。綱吉はきゅっと口の端を吊り上げると、ひときわ強い突き上げに派手な嬌声を上げて、三度目の射精をした。
・破鍋(われなべ)に綴蓋(とじぶた)
破鍋にもそれに相当した綴蓋があるように
どんな人にもそれ相応の配偶者がある。
また、配偶者は自分相応のものがよい
というたとえ。(広辞苑 第五版)
2009年11月30日
十年後の二人が、同一人物ではないんだけど、違う人間ではない、てことを表現したくて
まったく同じ台詞を言わせてみたり、まったく同じ仕草をさせてみたり
小細工したけれど、上手くいきませんでした……
長々と4連作、読んでくださってありがとうございました!
(2010年2月10日)
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