からからと外から窓を開けて、そこから当然のように顔を出した雲雀が、
「もう、春だね」
と言うので、綱吉は読んでいた漫画雑誌を置いて、
「そうなんですか?」
と訊いた。
三月はじめ、夜の沢田家の二階、綱吉の部屋である。
風呂上り、パジャマ一枚の綱吉は、開け放たれたままの窓から入ってきた夜風に身を震わせた。確かに、暦の上ではとっくに春だけれど、気温はまだ上がらないし、花もあまり見ない。
「だって、春のにおいがする。」
窓枠に腰掛けた雲雀は、とても嬉しそうにそう言って、目には見えない空気の流れを鼻で追うように、心もちあごを上向けた。綱吉には、さっぱりわからない。季節ににおいがあったなんて、初耳だ。
「春のにおいって、花のにおいとか?」
首をかしげると、雲雀は笑いながら靴を脱いで、室内に入ってきた。狭い部屋の中、三歩で綱吉の前まで来て、すっとしゃがむ。肩にかけた学ランが、鳥の翼のようにふわりと広がる。
「確かに、沈丁花はもう、咲いてるけど、」
そうして、しゃがんだ姿勢のまま顔を近づけて、綱吉のつんつんにはねた髪に鼻先を突っ込むと、ふんふんと嗅いだ。
「地面が割れて、中から生き物が出てくるにおい。土や、生き物のにおい。」
それから、手を伸ばしてきて、ほっぺたをむにむにとつまむ。本当に嬉しそうだ。
「今日は風が強いから、よくわかる。」
言うと、綱吉の頭をぎゅうっと胸に抱きこんで、どたんと寝転がった。ぎゅうぎゅうと抱きしめられて息苦しくはあったけれど、身体が冷え始めていた綱吉は、雲雀の体温にほっとして、そっと抱き返した。
「オレには春のにおいって、よくわかりませんけど、」
雲雀さんが春のにおいに酔っ払ってるのは、よくわかります。と、続けようとした言葉は、雲雀の唇の中に消えてしまった。
(きっと、雲雀さんには、発情期もあるんだろうなぁ……)
何しろ、雲雀は、春を告げる鳥である。
2009年3月24日
早春と、雪の降る前と、冬の夕方には、匂いがある、と
子供の頃から主張し続けてきましたが、
先日ようやく頷いてくれる人を発見しました。嬉しいです。(2009年7月5日)
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