ご、とトンファーにこめかみを殴打され、星が飛んだ。脳を直接揺さぶられるような衝撃に、吐き気がする。吹っ飛んだ綱吉はノーガードで壁に叩きつけられて、そのまま落下した。もう声も出ない。
 身体のどこもかしこも痛む。こんなにも重い四肢が、普段、息をするように自然に、綱吉の意のままに動いているなんて嘘みたいだ。おーい右腕、はい、異常ありません!左腕は?なんとか無事です!右脚!ここにいます!左脚!……左脚、応答せよ、左脚!……ぴくぴく。おお、無事だったか、左脚!よく耐えてくれた!……脳内でむなしい一人芝居、やっとこさ、這いつくばった身体を起こして、壁にもたれて座る。視界がかすむ。
 ざりざりと、靴底が砂埃を踏む音が近づいてくる。床を見る綱吉の視界に、埃まみれだが、元はよく磨かれていただろう、黒い革靴のつま先が入る。それが片方持ち上がると、綱吉の頬にぐ、と押し当てられた。
「ねえ、」
 問う声は静かだ。しかし、黒い革靴にはぎりぎりと力が込められる。柔らかな肉がゆがんで、靴底と歯に挟まれて、じんじんと痛い。
「君は、いつ、強くなるの。本当に強くなるの?」
 平坦な声に、歯噛みする。そんなこと、綱吉が一番思っているのだ。
「綱吉が、僕の綱吉が、君になら任せられるって言うから、こんな、くそ面白くもない家庭教師なんてやっているのに、」
 革靴の主、10年後の雲雀恭弥は、そこでいったん足を下ろすと、今度は思い切り、投げ出されたままの綱吉の左脚を踏みつけて、ぎりぎりとにじった。
「っ、ぅあ、」
「君は、綱吉が、命がけで呼んだんだよ。そこんとこ、本当にわかっているの?」
 悔しい。悔しいけれど、言い返すこともできない。それでも負けたくなくて、ぐっと顎を上げると、精一杯まなじりをつり上げて、ぎりぎりと睨みつけた。
「弱いくせに、そんな顔したって笑えるだけだよ。くそがき、可愛くないったら……ああ、僕の綱吉に会いたいな。可愛くて、強くて、かっこいい綱吉に、会いたいよ、」
 切なげにため息をつく目の前の男の足元に、血と砂の混じった唾を思い切り吐きかけて、綱吉は叫ぶ。
「オレの雲雀さんだって、あんたみたいなデコ助じゃない!!髪はさらさらで、いい匂いがして、もっと丸顔で、世界で一番可愛い!あんたなんて、あんたなんて、ちっとも可愛くない!!」
 一気に言い切ると、頭部に受けた打撃から回復しきっていないせいか、ぐらぐらして、視界が暗くなった。せっかく起こした身体を、再び床に横たえてしまう。屈辱以外の何ものでもない。けれど、言いたい事は言ってやったのだから、まあいいか、と冷たい床に頬をつけた。ひばりさん、ひばりさん、あいたい、あいたい、そればかりを何度も心の中で繰り返す。
 ふと、10年後の雲雀恭弥が、綱吉のほうへ屈み込んでくる気配がしたので、ああ、首でも絞められるのだろうか、とぼんやりと考えていると、
「……別に、君に可愛いと思われなくたって、僕の綱吉が、恭弥可愛い、恭弥可愛いって、言ってくれるから、いい」
 ただ、すとん、としゃがみ込んだ男は、泣きそうな声で、そんな風にぽつんと言うので。
「あああああ、もう!!」
 綱吉は這いつくばったまま、ぐしゃぐしゃと頭をかきむしった。
「何なんだよ、あんた!オレの雲雀さんじゃないくせに!ちっとも雲雀さんに似てないくせに!そんな、そんな風に、雲雀さんみたいな声で、雲雀さんみたいなこと言って……!!」
 最後の方は声が詰まった。その理由は悔しいので考えたくなかった。10年後の雲雀恭弥は、そんな綱吉の胸倉を掴んで持ち上げると、真っ黒いスーツの膝の上に、ぼさぼさの頭を抱え込むようにして、べたりと床に座り込んだ。
「君こそ、何なの。ちっとも、綱吉みたいに、強くもなんともないくせに。綱吉と同じ顔して、」
 その言葉を聞いたとき、綱吉は場違いにも、オレの童顔は10年経ってもこのまんまなのか、と心の中で絶望した。
「そんな甲高い子供の声なのに、綱吉みたいなこと言って、」
 面長の、大人の顔が、埃にまみれたぐしゃぐしゃの茶髪に埋められる。すんすん、と匂いを嗅がれて、こいつこんなところばかり雲雀さんと一緒だ、と綱吉はため息をつく。パーカーの裾から、大きな硬い手が入ってきて、肌をゆっくりと探るように撫でまわす。弱いところばかりを触られて、忌々しく息を詰める。
「君なんか、綱吉の代わりなんだからね、」
 言いながら、首筋に鼻を押し付けてくる大人のシャツの裾を、きちんとベルトの締められたスラックスから引っ張り出しながら、綱吉も言ってやった。
「あんたなんか、雲雀さんの代わりにもなりゃしない……ッ!」
 ぎゅうっと、遠慮のない力で乳首を抓り上げられて、目尻から雫がこぼれ落ちた。お返しに、短い黒い髪を、根元から思い切り引っ張る。ぶちぶちと音がする。結構な痛さだったと思うが、それにはコメントすらなく、ジーンズのボタンが外されて、へその辺りにひんやりとした外気が触れる。ぶるっと震える。
「ひ、雲雀さんはっ、オレがぎゅってしてあげないと、よく眠れないのにっ、は、はやく、っひぁ、はやく、会わないと、雲雀さん、睡眠不足で、し、死ん、死んじゃったら、どうしようっ」
 震える手で男のネクタイを緩めて引っこ抜いて、綱吉は自分の言葉に泣きそうになって、オレ、馬鹿じゃないの、と思った。
「随分軟弱じゃない、」
 鼻で笑った男は、脚の間を綱吉の膝頭にこすり上げられて、びくびくと震えている。
「あんたはっ、どうなんだよ!」
 むっとして叫ぶ綱吉は、いつの間にかもう、パーカーは着ていないし、ジーンズも膝まで下りている。
「僕はね、綱吉から、枕と洗濯してないパジャマもらってるから、ちゃんと寝ているよ!」
 高らかに宣言する10年後の雲雀恭弥の、股間をつぶしてやろうかと、綱吉は一瞬本気で考えた。
「自慢げに言うことか!!」
 舐め合って、擦りあって、唇は合わせない。お互いに、記憶とよく似た手、でも、どうしても違う手に、ストレスばかりが溜まってゆく。でも、止められない。
「うわ、この、何すんだよ!」
 もう既に全裸の、振り上げた綱吉のかかとが、大人の男の顔面にヒットする。すぐに足首をとられて、ぎりぎりと締め上げられる。
「どういうつもり、」
「それはこっちの台詞だっての!そんなでっかいの挿れるとか冗談じゃねー!裂ける!!」
「それこそこっちの台詞だよ!ここまできて挿入なしとかふざけてんの!?」
 今更過ぎる争いは、体格の差、体勢の差、どうしたって、綱吉のほうが分が悪い。一瞬で勝負はついて、両脚が肩の上に担ぎ上げられる。綱吉の知るものとは形が違う、ぬめった先端がいやらしい音を立てて、後ろに触る。
「や、やだっ、いやだっ!」
 未知の感触が怖い。首を振って暴れる小さな身体は、傷だらけで震えている。怖い。自分は10年後には死ぬのか。今の自分もこのまま強くなれなければここで死ぬのか。雲雀には会えないまま。それが一番怖い。怖い。怖い!パニックになってひくひくと引きつった呼吸をすると、見下ろす男は、は、と息をついた。
「……怖いならここにつかまって、」
 高く上げられた脚は床に下ろされた。がちがちになって固まった腕を取られて、短髪のそよぐうなじに回される。
「痛ければ咬みつけばいい、」
 遠かった男の身体が、覆いかぶさられて近くなる。綱吉の目の前に、肩がある。それでも、咬むのなんてごめんだ、とぷいと横を向いた。男は大人気なく舌打ちした。膝裏に手を入れられ、遠慮なく広げられた。ず、と拓かれる。拓かされる。
「う、ぅああッ、あああああっ、いやだっ、痛い、いたいっ、いたいぃっ、雲雀さん、雲雀さん、ひばりさんっ」
 犯される、その感覚に、吐き気がする。鼻の奥がつんとする。眼球が熱くなる。堰を切ってあふれ出すのは、生理的なものだと自分に言い訳して、綱吉は、ひばりさん、ひばりさん、あいたい、あいたいよ、とわめきながらわあわあ泣いた。こんなの、綱吉が知っているセックスではない。暴力と変わらない。そんなことをしておきながら、10年後の雲雀恭弥も、ぼろぼろと泣いている。その泣き顔が雲雀と同じで、心底腹が立った綱吉は、揺さぶられながら横っ面をぶん殴った。その直後に、思い切り突き上げられて、悲鳴を上げた。気が遠くなった。
「ひばりさん、ひばりさんっ」
「つなよし、っ」
 呼ぶ名は互いのものであるはずなのに、最後まで視線は結ばなかった。性交は双方痛いばかりで、一点の快楽もなく終わった。けれどその夜は、二人とも久しぶりに、夢も見ずにぐっすり眠ったのだった。






2009年11月3日

ずっと十年後の雲雀さんがどういう人なのかわかんなくって扱いかねていました。
それがある日突然、
『十年後の雲雀さんは、十年間沢田さんに甘やかされてたんだから、どうしようもない大人なはず!(沢田さんの前では)』
と思いついて、この話が出来ました。
これを書いたことによって脳内でものすごい革命が起こったので、個人的にとても思い入れがあります。
感想もたくさん頂いて嬉しかったです。
(2010年2月10日)