最後の打ち合わせは、入江正一の実家の、彼の部屋で行なわれた。盗聴の可能性が一番低かった。怪しまれないように、ごくごくカジュアルな格好で、はたから見れば、学生時代の友人が集まって、遊びの計画でも立てているように見えたろう。
これ以上確認することは何もないというくらい、何度も話し合って、最後、もうずっと寝不足の、隈のできた顔を見合わせたら、どうしようもなくなってしまって、三人で笑った。明日は綱吉が死ぬ日だった。
まだやることがあるから、と実家に残る正一に手を振って、雲雀と綱吉は歩きなれた住宅街をゆっくり歩いた。まるでゲームをやりすぎた午後みたいに、綱吉は、空に向かってぐうっと伸びをした。
「オレはもう、後は寝てるだけだからいいですけど。雲雀さんと正一君には、面倒なこと、全部押し付けちゃいますね」
まるで軽い調子で、笑いながらそんなことを言うから、雲雀は立ち止まって、唇を咬んで恋人を睨みつけた。
「喋り方、」
だらしないようでいて、意外とけじめのある綱吉は、公私混同は嫌だといって、二人きりにならなければ、タメ口も、下の名前も、その口からこぼしてはくれない。
「……恭弥、そんな可愛い顔、外でしちゃだめ」
苦笑して、動こうとしない雲雀の手を取る。
「オレんち、行こ?」
ぎゅっと握る。身長こそ伸びなかったが、炎を灯す拳、それを作る彼の手のひらは、雲雀よりも大きい。包み込まれるように握り返されると、明日からの喪失を思って悲しくなる。
訪れた沢田家は無人だった。母親の顔を見られなくて良かったのか悪かったのか、と一人息子は複雑そうな顔をしている。台所には、友人と旅行に行っていて、明後日まで帰らない、と置手紙があった。手にとって、綱吉が独り言のように呟く。
「オレがいつも予告なしに帰ってくるから、母さん、いつでも必ず、置手紙して出かけるんだ。……オレがもう帰ってこないって聞いたら、きっとたくさん泣く、」
雲雀は、綱吉がそのメモ用紙をポケットに入れるのを、黙って見ていた。
二階の、綱吉の部屋へ行って、二人は服を脱ぐと、裸になって抱き合った。たっぷりと時間をかけてゆっくりと触れ合って、身体を繋げば一転、何度射精しても足りない気がして、雲雀は、もう出すものもなくなってぐったりしている綱吉を、がつがつと突き上げた。優しい恋人は、眠い目をこじ開けて、そんな雲雀を焼き付けるようにじっと見ている。何度も、計画はやっぱりやめよう、変更できるはずだ、とその顔に言いかけて、ぎゅっと唇を咬んだ。そんなに咬んだら、切れちゃう、と唇だけで言って、綱吉が指先で触れる。その指を取って、口に入れてしゃぶった。一本くらいがりがりと食べて、雲雀の腹の中に入れてしまいたかった。一緒にいたかった。けれど、
「形見なんて、あげないからね」
綱吉のその一言で、しかたなく指を離すと、雲雀だってもう出すものなんてなくて、身体を繋げたままでぐしゃっと崩れ落ちた。そのままぎゅうぎゅうと抱きしめあって眠った。
翌朝、風呂を使って、ぐちゃぐちゃのシーツを片付けたりしていると、綱吉が、はい、これ、と紙袋を差し出したので、雲雀は、形見はくれないんじゃなかったの、と頬を膨らませた。
「形見じゃなくて、オレの服。一枚くらいないと、恭弥、寝られないでしょ」
オナニーに使ってもいいよ、とにやにや笑うので、
「だったら使用済みのパンツちょうだい」
と言うと、無言で尻を蹴飛ばされた。
「だってそんなの、たんすの匂いしかしないじゃない」
尻をさすりながら反論すれば、それももっともだと思ったのか、綱吉は一度部屋へ戻って、また紙袋を差し出した。さっきよりも膨らんでいる。
「枕と、いつもオレがここに帰ってきたときに着てるスウェット。クローゼットの中に丸めて入れてたから、洗濯はしてないはず。アジトの方のオレの部屋から持ってきちゃうと、きっと獄寺くんが無いのに気づいちゃうから、」
「パンツは?」
「こだわるなぁ……いやでもね、実際のとこ、会えないのわかっててオナニーしても、よけい淋しくなるだけだと思うよ。オレはそうだった」
綱吉はさらっと、聞き捨てならない事を言った。
「ちょっと、なにそれ、いつ?初耳なんだけど」
思わず食いつくと、赤い顔をふいとそらされる。
「……高校卒業してすぐ、恭弥がふらっと居なくなって、しばらく帰らなかったとき。淋しくて、うちに忘れてったジャケットで、何回か」
雲雀は今着たばかりの服をもう一度脱ぐと、ばさっと綱吉に被せた。
「見たい!今ここでしてみて」
「ふざけんな!」
今度は拳がとんでくる。かなり本気の重さは、当たれば洒落にならないので、何とか避ける。
「いいじゃないちょっとくらい!」
「冗談じゃねー!だいたい、本人が目の前にいるのに、何でわざわざ」
「そういうプレイもあるんだよ、知らないの!?」
「自慢げに言うことか!いっぺん死ん………………」
ふと、綱吉が無表情になった。
「………………いや、死ぬのはオレか。」
「……ばか、」
途方に暮れたように言うのに、それしか返しようがなくて、雲雀は紙袋を受け取ると、彼には大きすぎる服に埋もれている恋人をぎゅっと抱きしめた。綱吉は、雲雀の胸に、すりすりと顔を寄せた。
「恭弥、お願いだよ。この枕使って、ちゃんと寝て、食べて、子供のオレを鍛えてやってね。怪我しないでね。浮気したらちょん切るからね。」
「……最後のは何、」
「そのまんまだよ。ちょん切るからね。」
「二回も言わなくていいよ、」
そうやって約束したのに、あんまり寝てないし、それほど食べてないし、子供は危なっかしいし、しかもそいつをオナニーに使ってしまったのだった。雲雀は内心でがっくりとうなだれた。よけい淋しくなるだけ、という綱吉の言葉は正しかったし、このことがばれたらしばらくは触らせてもらえないどころか、口も利いてもらえないかもしれない。むしろ浮気にカウントされてちょん切られるかもしれない。
ああ、もうタイムリミットだ。
10年前の雲雀恭弥は、10年前の沢田綱吉と会って、今夜はきっとぎゅっとされて眠るんだろう。
「うらやましいな」
やっぱり指をもらっておけば良かった。そうしたら、分子まで綱吉と混ざることができたのに。
雲雀の世界は暗転した。
2009年11月7日
原作との台詞のリンクはタブーか、と思いつつ
誘惑に抗えずやってしまいました。
不快に思われた方はここを読んではいないだろうと思うけれど、すみませんでした。
沢田さんの指を食い千切って持っていって
再生したら指が6本(沢田さんは4本)になってた雲雀さんとかすごくいいと思います。
(けど、悪趣味すぎるかなぁ、と思ってここでは自重しました)
(レクター博士な雲雀さん、て割とシャレにならない)
(2010年2月10日)
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