再会は、思い描いていたようには感動的にはならなかった。雲雀は限界突破して機嫌が悪かったし、綱吉は歩けるのが不思議なほどの怪我と疲労で、そこへさらに正一の衝撃の告白と白蘭の登場、了平の交代なども重なり、言葉を交わすことさえできなかったのだ。けれど、そんな騒ぎの中で綱吉が、ちらりちらりと雲雀のほうを伺うと、一瞬でも必ず目が合った。雲雀も綱吉のほうを見ているということである。
 アジトに帰って、怪我の手当ても済んで、夜になると、綱吉は、傷に染みるのも構わずにやけに丁寧に風呂に浸かって、山本と獄寺に不審がられた。あまり擦らない方がいいんじゃないか、とかけられる言葉にもろくに返事も出来ず、ヴァリアークォリティもかくやという集中力で、全身ぴかぴかに磨き上げておきながら、いつもより早く湯から上がった。
(ひどいクマだった!頭も痛そうだった!)
 洗濯したてのTシャツの中から、頬ずりしてみて一番柔らかいものを選んで着る。頭はちゃんと乾かす。首にタオルをかけて、ベッドルームまで廊下をすっ飛んで行く。
(はやくはやく、はやくひばりさんに、)
 一応、もしものために通信機を持って、急いで部屋を飛び出そうとして、はた、と綱吉は我に返った。
(雲雀さんは、どこにいるんだろう、)
 風紀財団の方にいるとは考えにくいが、だからといって、この時間に並中にいるとも思えない。途方にくれてしまって、部屋の中を行ったり来たり座ったり立ったりしながら、風紀の方へ行って訊いてみようか、それともやっぱり並中に、などと考えていると、ぱし、と扉が開いた。
「ひばりさんっ!」
 いつものように、唇を一文字に引き結んでそこに立っていたのは、綱吉の好きな中学生の雲雀だった。丸い頭に、さらさらの黒髪、綱吉の頭を占めているその人だった。とにもかくにも、抱きつきたい!とダッシュをかけたけれど、しかし、雲雀も同じようにダッシュをかけていたので、部屋の真ん中で、がごん!とかなりバイオレンスな音を立てて二人はぶつかり、もんどりうって倒れた。ごちゃごちゃした部屋の、色んなものを巻き込んで床に転がって、どんがらがっしゃ、と轟音がしたが、二人ともそんなものは聞こえていなかった。埃の中でお互いに手を伸ばして、しかし、幻騎士にやられた背中をまともに打ってしまい悶絶していた綱吉よりも、雲雀のほうが早く起き上がって飛びついた。綱吉はまた背中を打って変な汗が出た。
「さわだ、さわだ、…………さわだ」
「っ、…………ひばり、さ、……」
 他に何が言えるというのか、互いの名前しか出てこない。
 さて、恋する二人には聞こえていなかった轟音は近隣の部屋に響き渡って、驚いた獄寺と山本が、急ぎ戸口へ駆けつけた。そこで見たのは、荒れた部屋で、床にぐったりと伸びた沢田綱吉の上、マウントポジションで首を絞める雲雀恭弥だ。実際は、押し倒して頬に手を沿え、見つめ合っていたのだったが、二人には、10年後の雲雀の「殺す理由があっても生かしておく理由が僕にはない」という台詞とその後の暴挙が、忘れ得ずこびりついている。
「てめぇヒバリ!十代目になにしてやがる!」
「ほんっと、十年前でも十年後でも、ヒバリはヒバリなのなー」
 当然、二人は、一致団結して雲雀を綱吉から引き剥がしにかかった。生木を裂いているのだとは思いもしない。雲雀は右腕を獄寺に、左腕を山本に、つかまえられて、UFOから連れ出された宇宙人のようにされてしまった。
「十代目っ」
「ツナ、大丈夫かー?」
「ひ、雲雀さんっ」
 しかしそのおかげで、顔をくしゃくしゃにした綱吉は、痛む身体を無理やり起こして、ようやく、雲雀の胸に抱きつくことができた。背中に手を回し、ゆっくりと確かめるように触って、腰にぎゅっとしがみつく。顔を押し付ける。体温に涙が出る。獄寺と山本は、猛獣を取り押さえたまま、あっけにとられている。
「ひばりさん、あ、や、やせて、ご飯はちゃんと、顔もっ、くま、が」
 べったりと胸を合わせて、必死に見上げると、ばんざいさせられたままの雲雀は、口をへの字にしていた。
「だれのせいだと、」
 むっとしていても、かすかに震えている、恨みがましいような呟きを聞くと、綱吉の目には、ぶわ、と涙が浮かんだ。ひく、とのどを引き攣らせる。それを見て、ちっ、と雲雀が舌打ちした。
「ちょっと、離しなよ、」
 呆然としている背後の二人から両腕を取り返し、綱吉の背をぎゅっと抱いてくれる。しかし雲雀は、Tシャツの下の、手当てのために貼られたパッドに気づいたのか、そっと力を緩めた。雲雀は綱吉の膝をまたぐようにして膝立ちになっているので、抱きしめられると、綱吉の頭に雲雀の顔が埋まる形になる。雲雀は、すんすん、と匂いを嗅いで、さわだのにおい、と言った。それを聞いたらもう、我慢ができなくなって、綱吉はぼろぼろに泣いた。頭皮に熱いものがぽたぽたと落ちているので、雲雀も泣いているんだろうと思った。
「い、いま、と、取り込み中だよ、出てって、くれる、」
 鼻をぐすぐす言わせながら雲雀が言うと、獄寺の憤りと、山本の困惑が、抱き込まれて視界がふさがっている綱吉にも伝わる。雲雀のシャツで顔を拭って、足りない足りないと雲雀にくっつきたがる頬をもぎ離して、二人の方を見た。
「ご、ごめん、いま、取り込み中、な、んだ。あ、あしたで、いいかな」
 ずび、と鼻をすすり上げながら、雲雀と同じように言うと、何か複雑そうな顔をした山本が、ケンカしてんじゃ、ねーのな?と訊く。それに綱吉が答えるより早く、雲雀が、どこをどう見たらこれが喧嘩に見えるの、と棘のある声で言った。
「そっか。じゃー、明日な。おやすみ」
「ご、ごめんね、おやすみ、」
 それを聞いて山本は、果たす!と息巻く獄寺を羽交い絞めにしてずるずる引きずりながら、部屋から出て行った。
「う、わ、」
 済まなさそうに見送った綱吉は、いきなり雲雀に持ち上げられて、不安定な体勢に驚いて学ランにしがみついた。荒れ果てた部屋を横断して、ベッドに下ろされる。向かい合って座って、ごち、と額をつけた。手のひらを合わせて、それから指を絡ませる。吐息は混ざって、あたたかい風が生まれる。
「君が、いないから、」
 まばたきして、ぽろり、と涙の雫を落とした雲雀は、鼻の頭を鼻の頭にこすりつけながら、恨み言を再開する。
「……何食べても味がしないし、太陽は出てるのに何だか暗いし、布団に入っても、動悸がして眠れなくて、寝たら寝たでおかしな夢は見るし、だからいつも眠いし、しまいには、空気まで、薄く、なって、」
 綱吉はそれを、ひとつひとつ、はい、はい、と頷きながら聞いて、いちいち、ごめんなさい、と謝ってキスした。
「苦しかった。みんな、みんな君のせいだ」
「はい、ごめんなさい、」
 泣きながら謝ると、そんなわけないでしょ、言いなりになってるんじゃないよ、と言ってほっぺたに咬みつかれたけれど、実際のところ、一人で立っていたはずの雲雀を、そんな風にしてしまったのは綱吉なので、雲雀の恨み言は全く正当なものだと綱吉は思って、いくら望んだことではないとはいえ、長い期間、雲雀を一人にしてしまったことが、申し訳なくて仕方ないのだった。絡めた指をそっと離して、背中に撫でるように触れる。雲雀は気持ち良さそうに目を細める。その背は、記憶にあるより、幾分か骨ばっている。雲雀も綱吉の背に手を伸ばして、右手はうなじから尾てい骨へ、左手は逆に、一度だけ撫でて、唇を尖らせた。
「背中、どうしたの」
 するするとTシャツの裾を持ち上げて、指先がそっと触れてくる。少し冷たくて、硬いところと柔らかいところがある、その感触。あの男のものではない、正真正銘の、雲雀の指だ。
「あ、げ、幻騎士に、」
「ゲンキシ?……ああ、あの、マユゲカッパ」
「ま……、」
 まゆげかっぱ、と復唱して、綱吉は思わずふきだした。事態は悪化するばかりだが、笑えているうちは、大丈夫だ、と思った。
「早く終わらせて、早く帰りましょう。この世界の雲雀さん、この世界のオレと会えなくて、何かもうやけくそみたいになってました。オレにも八つ当たりしてくるし、」
「10年後の僕が、君に、八つ当たり、」
 確かめるように言って、一瞬間があって、それから、それは大変だったろうね、と雲雀にしては珍しく、申し訳なさそうな顔で言うので、自覚があるなら今から10年後までに何とかしてください、と綱吉が言うと、何故か雲雀はふふっと笑った。
「それは、無理だよ。だって君は僕を甘やかしてばっかりだから、酷くはなっても、良くはならないよ。」
 そう言われて、むーん、と綱吉は、雲雀に厳しくする自分を想像してみたけれど、どうしても無理で、じゃあ、あれは、自業自得だったのか、と肩を落とした。
「ねえ、ほら、ぎゅってしてよ。もう、眠くて仕方ない」
 落ち込む綱吉に、雲雀はさっそく両腕を差し出して甘えてくる。もちろんそれを撥ね退けることなんてできるわけなくて、鍛えているのに相変わらず薄い胸に、ぎゅっと丸い頭を抱え込んだ。そのまま、ばふ、とシーツに横たわる。雲雀は、綱吉が選んだ肌触りの良いTシャツを気に入ったようで、何度か頬をこすりつけてから目を閉じて、満足げなため息をついた。綱吉も、さらさらの雲雀の黒髪に、すりすりと頬を押し付けて、あるべきものがあるべき所に収まっている、という充足感を久しぶりに味わった。鼓動と呼吸が、ゆっくりとシンクロする。
「おやすみなさい、雲雀さん」
「おやすみ、さわだ」
 うとうとと眠りに引き込まれながら、綱吉は、10年後の雲雀恭弥が、あんな風に振舞った原因が、まったく自分であるとしたなら、オレは全てが終わったら、10年後のオレに一発くらい殴られるんじゃないのかな、とちらりと思った。






2009年11月8日

大概ばれているような気がするけれど
雲雀さんに「ぎゅってして」って言わせたかった。
調教済みの雲雀さんです。独りにするとさみしくて死んじゃう。
(2010年2月10日)