トンファーを振り回しているときだって滅多に乱れることのない雲雀の呼吸が、早くなっている。深夜というにはまだ早い、並盛駅近くの細い路地は、表通りの繁華街から一本裏に入っただけなのに、驚くほど人の気配がない。
てのひらの中に、小さな手がある。これが炎を灯して、拳を作って、建物さえ消滅させてしまうことができるだなんて、信じられない。柔らかくてすべすべした、厳しいところの一つもない手だ。いまは汗をかいて、雲雀の硬い手に、ふにゃんと収まっている。こめかみからつうっと汗が落ちた。この、どこもかしこも、柔らかくてすべすべしてふにゃんとしている、小さくて可愛い子を、隅々まで暴くには、夏の夜は短すぎる気がする。気が焦る。
雲雀は足音を立てずに歩くから、自分が乱している息の音がよく聞こえる。後ろから着いてくる綱吉は、サンダルをかつかつと鳴らしている。その音に急かされる。
「ひ、雲雀さん、ちょ、ちょっと待って、」
小走りの足音が乱れたと思ったら、くん、と後ろから手を引かれて、がくんと立ち止まった。早く早く、という気持ちに水をさされて、むっつりと振り返ると、汗をかいて、ほっぺたに一筋茶色の髪を張り付かせた綱吉が、片足でけんけんと跳ねていた。少し後ろの闇の中に、置いてけぼりにされたピンクのサンダルが片方、ぽつんと存在を主張している。
「歩くの早いです、オレ、雲雀さんほど脚長くないんですから、もうちょっと、ゆっくり、」
いつもの困った顔で、もにゃもにゃと言うのを聞き流して、手を離すと、ピンクのサンダルを拾う。綱吉の足元にしゃがみ込む。中途半端な高さに浮いて、指先をきゅっと握りこんでいるはだしの足をとって、サンダルの上に下ろさせた。余分な脂肪のない、筋肉もない、貧弱な足首に、くるぶしが浮き上がって、筋と一緒に複雑な陰影を描く。虫を誘う夜の花の匂いが、ぐっと濃くなる。たまらなくなった雲雀は、目の前にある、薄紅に染まった膝頭に唇をつけて、それから膝裏までぐるっと半周、唾液を塗りつけるようにねっとりと舐めた。膨れあがる欲求が少しは薄まるかと思ったけれど、余計に苦しくなっただけだった。
「ふやっ」
小さく、不思議な悲鳴をあげた綱吉が、両手で雲雀の髪をきゅっと掴む。見上げると、ショートパンツの裾から、中の下着が見える。雲雀はそれを、自分の当然の権利として、じっと見る。
「ピンク、」
「えっ、あっ、このサンダル、京子ちゃんとハルとクロームとおそろいで、」
「しましま、」
「…………やだっ」
2秒くらいの間を開けて、意味がわかったのか、毛が抜けそうなほど握りしめていた雲雀の髪を離して、ぱっと裾を押さえた。
「早くそれ、取りたい」
だから歩くのが早くなる、と言外に含めて言えば、綱吉は赤い顔で、うー、と唸って、何でそんなことを堂々と、とか、恥ずかしがってるオレのほうがおかしいみたいじゃないか、とか、いやでも、とか、ぶつぶつと呟く。
「……雲雀さん、やらしい」
「君のせい」
「なんでですか!」
「君のこと好きになるまでこんなこと考えたことなかった。だから君のせい」
急に静かになってしまった綱吉の手を再び握って、さっきよりももっと早足で、夜の中を歩く。綱吉はもう走っている。背を向けているのに、半乾きの髪が揺れる様だとか、頼りなく上下するキャミソールの裾だとか、そういうものが、まるで今見ているように脳裏に浮かぶものだから、歩調は速くなるばかりだ。繋いだ手は滑りそうなほど汗をかいている。後ろから追い立てるように白い花は香って、その濃密さに、息が詰まりそうだ。
駅の近くの、風紀委員会の物置として使っているアパートまで来ると、上擦る手でがちがちと鍵穴を鳴らしながらドアを開け、真っ暗な室内へ突き飛ばすように綱吉を押し込んだ。
「わ、わ、」
大して綺麗な部屋でもないが、土足で上がるのは抵抗があるのだろう、サンダルを脱げずにたたらを踏んでよろけているのを、思い切り抱きしめた。薄い背がのけぞってしなる。細い首筋に顔を押し付けて、深く息を吸い込むと、どうしようもなく惹かれる、あの花の匂いが、鼻腔から頭蓋へ、舌の上を転がって腹の中へ、侵されるように染みこんで、雲雀はうっとりとした。そのまま鎖骨へ下がって、邪魔な肩紐に手を掛ける。
「やっ」
慌てたように綱吉の手が重なる。
「ここっ、玄関っ」
むっとしたが、さすがにこれはないかと雲雀も思いなおして、ローファーを振り落とすと、綱吉を抱えて六畳間のふすまを足で開けた。玄関からすぐの台所の板の間に、ピンクのサンダルがかつんかつんと続けて落ちる。ここならいいだろうと、キャミソールの裾から手を入れると、また、やだっ、とブロックされてしまった。
「畳、痛いからやですっ」
大概の場合、体勢として綱吉が下になるのだから、言い分はわかる。ふすまを突き破りそうになりながら、押入れを開けた。敷布団だけを引っ張り出して、べしゃ、と投げ捨てるように床に延べる。がりがりと頭をかきむしって、はあ、と大きく息を吐いた。吐息が炎のようだ。
「……先に訊いておくけど、他には」
「お風呂、」
「君さっき、風呂上りだって言ってなかった?」
「だって走って汗かいて、」
「かいてない」
「そんな無茶な」
「とにかく却下。後は?」
今度は綱吉が、はあ、と息を吐いた。
「……自分で脱ぎますから、雲雀さんもちゃんと脱いでください」
いつも綱吉を剥くことばかり考えて、自分のことは頭から飛んでしまって、雲雀は最後まで着たままのことが多いのだった。わかったと頷いて、背中合わせに服を脱いだ。8秒で全裸になって振り返ると、雲雀よりも着ているものが少ないくせに、まだ最後の一枚、ピンクのしましまを身に着けている綱吉を待てる気はもうしなくて、そのまま敷布団の上に転がした。
「匂いが強くなった、」
腰の辺りに馬乗りになって、覗き込む。この部屋に入ってから、灯りを一度もつけていないけれど、カーテンのない窓から街灯の光が差し込んで、柔らかい桃色の裸体を、くっきりと浮かび上がらせている。白いシーツの皺の上では、色素の薄い茶色の髪が波打っている。勇んで、胸の膨らみの上で軽く交差させた細い腕に手を掛けると、やっ、と言われて、雲雀は今度こそむっとした。覆いかぶさって、紅潮した頬に歯を立てる。
「わ、いたっ、いたいですって、」
「禁止、」
「え、えっ?」
「「や」っていうの、禁止。何回言ったの、今日」
薄く歯型がついた部分を、今度は舌先でなぞると、くすぐったそうに身をよじるから、ぎゅっと押さえつける。
「言いたくなるようなこと、雲雀さんがするから」
「してない」
雲雀には当然許されるべきことしかしていないはずだ。不満を込めて、鼻の頭と鼻の頭をぎゅっと押し付けて擦り合わせる。綱吉はまたくすぐったそうに笑って、もぞもぞ身じろぎする。
「それとも、僕が見たり触ったりするのは、嫌なことなの」
「嫌か、って訊かれたら、別に嫌じゃない、としか答えようがないんですけど、」
そういうことじゃなくて、と言われても、雲雀にはわからない。どっちみち、1から10まで説明されたところで、理解できないだろうという気がした。
「だから禁止、」
不機嫌に頬を膨らませた雲雀を、しばらくじっと見上げていた綱吉は、突然ふっと笑って、頑なに胸を隠していた腕を解くと、雲雀の首の後ろに回してぎゅっと距離を縮めた。雲雀の鎖骨に、たぷん、と柔らかいものが触れる。熱い。温度と匂いが近い。脚が絡んで、付け根のところの、生でない、ピンクのしましまの感触が忌々しい。
「雲雀さん、オレに「や」って言われたら、悲しくなっちゃいますか」
「当たり前じゃない、」
耳元で笑い混じりに囁かれた言葉に、何を今更、と唇を尖らせると、ちゅう、とそこに吸い付かれて驚いた。
「雲雀さん、かわいい」
「……君は日本語でしゃべってるはずなのに、何を言っているのかわからない時がある」
「それはお互い様です」
生意気なことばかり言う唇に吸い付き返す。触れ合っている胸からは汗が生まれて、ふにゃんふにゃんと滑る。逃げられているようで苛立って、下から絞るようにてのひらに収めると、絡め合っていた舌がびくんと跳ねた。校内の風紀を正す立場であれば、沢田綱吉の胸はとても大きい、などという下世話な男子生徒達の噂話も耳にするけれど、雲雀が興味をもつのは綱吉の胸だからであって、他はどうでもいいし大きいも小さいもない。ただ、包み込んだ指の間から、収まりきらない膨らみがあふれる感触が、ほかに例えるものもなくて、こんなに気持ちいいものに触ったことがない、といつも思う。
「ん、……ふ、ん、……んん、」
指を埋めて、ゆっくりと動かすと、強ばっていた舌がまた柔らかくなって、鼻から抜ける、甘えたような音が鳴る。初めて綱吉の胸に直接触ったとき、あまりにも柔らかくて驚いて、力いっぱいぎゅっと握りしめてしまって、刺すような右ストレートを喰らったのだった。あれは悲しかった。しかも綱吉がわんわん泣き出して、自分が並盛一の大悪党になったような気分になった。だから、もうしない。本当はもう頭の中は真っ赤で、ただがむしゃらに突っ込みたい、という時でも、素数を数えてじっとがまんする。ゆっくりゆっくり触る。
「は、ん、……ひ、ひばり、さ、あ、あ、」
「……うん、」
でもそうやってじっと我慢して、じれったいほど遠くから、ゆっくり近づいていくと、堅く閉じていた綱吉が、雲雀に向かって柔らかく咲いて、どうぞいちばん近くまで来てください、と言う瞬間が、人の心の機微にはとんと疎い雲雀にも、わかるから、勢いだけで無理にこじ開けるよりも、こちらの方が正しいのだと思う。
名残惜しく唇が離れて、くてんとした綱吉はもう、「いや」とは言いそうにない顔をしている。やっと安心して、今まで指を埋めていたところへ、鼻先を押し付ける。今はもう、白い花の香りは空気よりも濃くて、肺を通って血液に溶けて、雲雀の身体にも巡っているに違いなかった。なだらかな丘を鼻でたどって、てっぺんの、濃い色に染まったところを口に含んで、つんと尖った先端を舌でつついた。もう片方は、指先でくにくにとこねる。
「あぅ、」
薄い眉がきゅっとハの字に寄って、薄く開いた唇から、せわしなく息が出入りする。頬が桃色に光って、反らした白い喉が、んく、と唾液を嚥下する。苦しそうで、気持ち良さそうな顔、雲雀の感覚では、これをこそ「かわいい」と言うが、綱吉は察しが良い方ではないから、自分が可愛いことなんてわからないのだろう。もっとその顔を見たくて、ぢぅ、と強く吸い上げると、肉付きの薄い腿が不規則に跳ねて、ぱた、ぱた、と柔らかく雲雀の腰を叩いた。真っ白の花弁のようだった。
「どこも全部、いい匂いがする」
胸から、脇へ回って、あばらを数えて、へそへ戻る。心臓の上を吸って跡をつけて、そこへぺたりと頬を押し付けると、綱吉の手が伸びてきて、さらさらと髪を撫でた。目を閉じると、ふふ、と小さな笑いで、あばらが振動した。
「雲雀さん、くんくんして動物みたい。オレ、餌になった気分です」
「食べてもいいの」
「痛いのはやだなぁ。それにオレ、あんまり食べるとこないですよ」
「そんなことはない」
手を伸ばして、仰向けになってもなお、見事に隆起している胸を、たぷたぷと揺らす。
「君は多分、食べたら果物の味がすると思う」
「いや、普通に肉の味だと思いますけど、」
「でもさっきいちごの味がしたよ、口の中」
「……それはアイスの味です」
だってつまり、雲雀が出した結論は、綱吉自身が夜に咲く白い花で、綱吉の全部からあの匂いを発しているのだ。それで雲雀をこうして誘き寄せたのだから、受粉してそのうちに実になるはずだ。だから果物の味で間違っていない。
腹の上をずり下がっていって、膝裏に手を入れて、脚を広げた。綱吉は赤くなって横を向いたけれど、もう「や」とは言わず、雲雀は気を良くして、内腿の柔らかいところを甘咬みした。薄い皮膚はすべすべしていて、色の薄いうぶ毛が舌に触る。ここはきっと桃の味がする、と考えながら、歯を当てたり、唇で挟んだり、遊んでみては綱吉の反応を見る。片手でシーツを掴んで、片手の甲を口元に当てて押さえて、ぎゅっと目を閉じている。雲雀のすることに綱吉が反応を返してくれるのは嬉しい。それが悪いものではないのなら、なおさら。ピンクのしましまの中心は濡れて、ぺったりとはりついている。指先でつっとなぞると、びくびくと腿の筋がひきつった。
「んん、ん、」
自分の手を咬んで声を殺している綱吉の、膝裏に入れた手を外しても、脚は閉じなかった。少し震えて、でも綱吉が自分の意思で、広げた脚を支えている。なぞる指に、く、と力を込めると、中が、にちゃ、と鳴って、ぬるついた手ごたえが残った。身体が、じんと熱くなった。もうあまりゆっくりしていられない。
「ねえ、腰、上げて」
ねだれば、返事はなかったけれど、震える脚に力が入って、シーツと尻の間にすき間ができる。ピンクのしましまを引き下ろすと、つうっと糸を引いて、とろりと落ちた。ひくひくと震える口をあけて、赤く、血の色に開いた中が、内蔵が、見えている。ごく、と喉が鳴る。
「ん、あっ、あっ、あ、ひばりさん、ひばりさんっ、」
指を押し込むと、熟した果実をかき回す感触がして、やっぱり果物なんじゃないか、と思う。心細げな声に呼ばれて身を乗り出すと、ぎゅっと首にしがみつかれて、さっきまで舐めまわしていた柔らかい腿が、筋張った雲雀の身体を捕らえた。中を探っているままの指が、きゅ、きゅ、と何度か締め付けられて、脚の間でさっきから待ちかねているところが、出番はまだかと不満そうに震えている。それでも雲雀は額をあわせて、ぎゅっと閉じた綱吉の目蓋が開くのを待った。
「沢田、沢田、」
「ひ、雲雀、さん、」
ぴかぴか光る大きな目を覗き込む。目尻は赤くて、まつ毛に涙が溜まっている。でも「や」はどこにも見当たらない。安心して、ちゅ、と啄ばむと、すぐ近くにくしゃくしゃになって落ちていた、制服のスラックスを片手で引き寄せた。ポケットから目当ての物を取り出す。綱吉を守るためのもの。泣く子も黙る並盛中学風紀委員長のポケットに、常に避妊具が入っているなんて、誰が思うだろうか。雲雀自身ですら、不思議な気がするのだ。端を咥えてパッケージを破ろうとしたが、焦ってうまくいかない。ふと、熱い腕でしがみつかれていた首の後ろが涼しくなって、細い指がぎざぎざの端をぴっと破った。
「ありがとう、」
かすれてほとんど声にならなかったけれど、それを聞いた綱吉はこっくりと頷いた。
「ん、く…………っ」
ゆっくりと中を進む。綱吉が眉を寄せてぐっとあごを引く。熱くてざわめいていて、雲雀に絡み付いてくる。不快なものがひとつもない。ねじ込むように押し入っても、柔らかく歓迎されるだけだ。押されてずり上がってしまう細い腰を押さえつけて、雲雀に許されるうち一番深いところまで進む。ぐいぐいと探っていって、とん、と行き止まりになる。は、と二人で同時に熱い息を吐いた。
世間ではこういうことを、俗に「食う」なんて言ったりするけれど、実のところ今、雲雀のほうが綱吉の中に飲み込まれているわけで、本当に食べているのはどちらなんだろうか、と沸騰した頭の隅で考える。花の香りはもうしなくて、口の中は熟した果物の味がする。触れた行き止まりの壁を押すように腰をねじると、ごり、と恥骨がぶつかって、雲雀の黒いのと、綱吉の茶色のと、陰毛が絡んで泡が立った。
「ねえ、沢田、おいしい?」
はっはっと犬のような呼吸の合間に、訊ねてみた。綱吉は口をはくはくと動かして、何かを言おうとして失敗して、ただこくこくと頷いた。雲雀は幸せで死んでしまいそうで、腹上死とはこういうことかと思った。
身体を引けば、逃がすまいときゅうと締まる。ぐっと押し込めば、奥へ奥へと引き込むようにほころぶ。都合のいい考えではなく、身体でわかる気持ちは確かにあると思う。心が嬉しいのと、身体が気持ちいいのと、両方から攻められて、わけがわからなくなる。
「さわだ、かわいい、かわいい、かわいいっ、あ、あっ」
ひたすら身体をぶつける。綱吉が柔らかくしなる。この脚をちぎって、腕をもいで、食べてしまいたい。これは、雲雀のためだけに咲いて、香って、実るものだ。
胸が揺れて波打っている。あっあっあっあっ、と高い声が気持ちよく鼓膜を引っかく。目蓋の裏で白く焼きつく残像になる。
「………………っ!」
綱吉が痙攣して、咀嚼するように中を締め付けられた。声が出ない。
時間の経過がよくわからなかったが、長い間そうして、黙ったままじっとしていたような気がする。ゆっくりと身体を離して、綱吉の隣に転がると、綱吉も重そうに目蓋を上げて雲雀を見た。締め切った部屋はむっとして暑く、性交の匂いがして、身体もシーツもねとねとしていたが、まだ今はそれ以上動く気にはなれなかった。綱吉も同じようだった。喋ろうとして、けほ、とむせて、んん、と咳払いをしてから、真っ赤な唇を開く。
「やっぱり、オレ、そのうちに雲雀さんに食べられそうな気がする」
顔は笑っている。ぐしゃぐしゃになった茶色の髪が顔に貼りついて、いつもより一回り頭が小さく見える。
「僕もなんだかそんな気がする」
雲雀の頬に貼りついた髪を、優しくかき分けてくれる手を取って、手首より少し上の辺りに、がぶりと食いついた。花の香りも、果物の味も、もうしなくて、汗のしょっぱい味がした。血にも似ている、生きている人間の味だった。
「いったた、……あー、痕になっちゃいます、夏服じゃ隠れないのに、いたいいたい、いたいですって」
もー、と言う綱吉は、その割りにやめさせようとしない。食い込ませた歯を離すと、舌先で、歯型にくぼんだ皮膚を確かめる。少し破れて、血が出ていた。しばらくは内出血が、黒くなって残るだろう。
「隠さないで、誰かに訊かれたら、僕が食べたんだって言って」
「ダメツナでしかも食いかけとか、もう目も当てられない惨状じゃないですか」
「そうしたら君を誰にも盗られないじゃない、」
「それは無用な心配というやつです」
綱吉はやはり察しが悪い、と雲雀は思った。歯形をつけたのは正解だ。ぎゅっと抱き込むと、触れ合った肌が、ねちょ、と音を立てた。
「今度こそお風呂、入りたい」
「うん。一緒に入ろう」
さっきまで一つに繋がっていたのに、その名残を洗い落として、さっぱりした綺麗なお湯に一人で浸かるなんて、淋しい。
「……雲雀さんて、ほんとにかわいいですよね。オレも雲雀さんをかじっとこうかな」
「いいよ。でも僕は自分から言いふらすよ、沢田に食べられたって」
「服着てたら見えないところにします」
「それじゃ意味ないよ」
重そうに身体を起こす綱吉は、今また、つぼみをつけていた。次はいつ咲くかな、と考えながら雲雀は、夜の見回りを強化する計画を、頭の中で立てはじめた。
2010年6月6日
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