ファルコの、猛禽類特有の鉤型になったくちばしに、ぷにぷにした小さな手で生肉を押し当ててやりながら、こいつはもともと野生だったんだぞ、とコロネロが言った。夏の夕方の、沢田家の縁側で、座った綱吉とコロネロの間には、ぶつ切りの生の鶏肉を盛った花柄のカレー皿があった。お前たちいつも一緒だね、と台所から肉を持って来てやった綱吉は笑って言ったのだ。
「まだこどもで、換羽も終わっていなくて、荒野の風にうぶ毛がそよいでいた。」
コロネロの透き通った大きな目は、珍しく、ぼんやりと遠くを見ており、思い出の中に沈んでいた。いつもの鮮明さはなりを潜めていた。
「次列風切のまんなかあたりで、おかしな方向に曲がっていた。左の翼だ。」
言いながらその部分を撫でる。愛おしそうなその仕草は愛撫に似ていた。
「今のオレなら手を出さなかったろうが」
それが自然だ、別の生き物の餌にもなるだろうよ、といって笑う。
「あの頃はオレ自身も、まだうぶ毛を生やしたこどもだったからな」
なぁツナ、コロネロはファルコを撫でる手を休めず、こちらを見ないで言った。
「野生の生き物、とくにこういう、猛禽はな、孤独なんだ。群れていられるほど、餌にできるものが多くない。縄張りで、ただひとりきり、獲って、喰って、生きる。強いんだ。」
かちん、と小さな音がした。さまよったコロネロの指先がカレー皿にぶつかって、爪が鳴った音だ。いつの間にか空になっていた皿を見て、金髪碧眼の赤ん坊は、語るのに熱中していたことに照れたように少し笑うと、生臭い指を軍服の胸元で拭った。
「けど、一度だれかと生きることを知ってしまったら、もう孤独に耐えられない。……日本ではうさぎは淋しいと死ぬらしいが、」
そうなのか?と問われ、綱吉は首を左右に振った。知らないし、わからない。
「野生動物が強いのは、弱さを知らないからだ。自分が孤独であることを知らないからだ。オレはファルコを拾ったとき、ファルコに孤独を教えてしまった。ファルコはいままでひとりきりだったと知ってしまった。だからオレは、ずっと一緒にいるんだ。ファルコが淋しくて死んでしまわないように。」
そのときの綱吉は、なんだか感動しながらも、NHKの教育番組を見ているような、どこか他人事の気持ちでいたのだった。
綱吉の、少年特有の白く華奢な指に、ふにふにした唇を押し付けながら、りんごもういっこ、と雲雀が言った。冬の夕方の、沢田家の綱吉の部屋で、ベッドの端に腰掛けた綱吉は漫画雑誌をめくっていて、その膝に頭を預け寝そべった雲雀はゲームのコントローラを握っている。雲雀自身が持ち込んだ、ファミコンとミシシッピー殺人事件だ。雲雀はどうもクソゲーが好きらしく、先日はメガドライブとソードオブソダンだった。趣味が悪い。
「もう色変わっちゃってますけど」
綱吉は流し見していただけの雑誌をあっさり閉じると、食まれていた指先で逆に雲雀の唇をつまんでやりながら、いいんですか?と首をかしげる。
「いいよ、ちょうだい」
甘えるように身体ごと擦り寄ってきた雲雀の手の先で、探偵はあっさり穴に落ち、それと共にコントローラも床に落とされた。
「飽きちゃったんですか?」
くすくすと笑いながら、花柄のカレー皿に盛られたりんごをフォークで刺して、寝転がって食べるとむせますよ、起きてください、と言えば、雲雀は従う。座った雲雀の口先へフォークを差し出すと、あーんと口をあけて、歯並びの良い前歯でしゃくっと齧る。もぐもぐ、と咀嚼して、また口を開ける。
「もうすぐご飯ですよ」
母さんが六時って言ってましたから、と言えば、もぐもぐしながら、うん、と頷く。
「この一切れでやめときましょうね」
あーんと口をあけつつ、うん、と頷く。
「今日は泊まりますよね?」
またもぐもぐしながら、うん、と頷く。
「布団とベッドとどっちがいいですか?」
ごくん、と飲み込んで、ううん、と首を振る。
「いらない、ここで一緒に、」
「ベッドで一緒に寝ますか?」
うん、と頷く。そんな雲雀のまるい頭を、綺麗な黒髪を乱さないようにそっと撫でると、気持ち良さそうに目が細められた。ごろごろと喉を鳴らす音が聞こえるようだ。それを、綱吉は、幸せと切なさとが入り混じった気持ちで見た。今ここにいるのは飼いならされた家猫だ。孤高の肉食獣はどこにもいない。雲雀のことを好きな綱吉が、野生にいた雲雀に近づいて、だれかと生きることを教えてしまった。それが間違った行動だったとは、思わないけれど。
「雲雀さんとずっと一緒にいたい」
うん、と頷いて、珍しく表情に微笑みをのせた雲雀を見れば、幸せよりも切なさが勝って、綱吉は押し倒すように雲雀に抱きついた。
「僕も、沢田とずっと一緒にいたいよ」
ささやきに、一粒だけ涙がこぼれた。雲雀に近づきたいと願ったとき、後悔だけはしないと決めていた。綱吉は、コロネロの透き通った瞳を思い出していた。
奈々のハンバーグを食べに来た雲雀さん。
2008年12月7日
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