授業を終えた綱吉が応接室の雲雀を訪ねるのはいつものことである。
応接セットのローテーブルでやっつけ仕事で宿題を済ませて、後は手伝っているのだか邪魔しているのだか、お茶を淹れたり、今日あったことを報告したり、図書館に資料を取りに行ってくれる?なんてお使いでも頼まれようものなら、雲雀さんの役に立てる!とスキップでもしそうな勢い、報告にやって来た草壁から彼女ののろけ話を引き出したり、ちょこまかちょこまかと動き回っている。
まったく君は落ち着かないね、と呆れたように笑って見せる雲雀だって、綱吉が現れない日の落ち着かなさと言ったら、携帯で動画を撮って綱吉に見せてやりたいくらいだ、と草壁などは思うのである。
二人で居ればあっという間に時間は過ぎて、そろそろ帰らなければならない時間だ。
「まだ六時なのに!日が短くなると放課後も短くなって、損した気分です」
ぷうぷうとほっぺたをふくらませて、綱吉が帰り支度をする。雲雀も今は特に急ぎの仕事があるわけではないので、そうであれば当然綱吉と一緒に帰りたいので、帰り支度をする。
「ほら、電気消すよ」
忘れ物がないかとローテーブルの周辺をしつこくうろうろしている綱吉に声をかけて、雲雀は無情にもそのままぱちんと明りを消した。
「わ、わ、待ってください」
真っ暗になっちゃう、と慌てた綱吉はしかし、ふと立ち止まる。
「あれ?暗くない」
窓からぼんやりと白い光が差し込んで、応接室のあちこちの調度品にぶつからずに雲雀のところへたどり着けそうなほどには明るい。
「ああ、今日は仲秋の名月か」
一人で合点している雲雀のところへ、薄っぺらいカバンを持った綱吉が駆け寄ってくる。
「それって、十五夜お月さんですか?」
「そう。屋上へ行こうか」
いやいや帰ろうとしていたところへ、そんな誘いをかけられれば、綱吉はたとえ外が大雨だって喜んで頷いただろう。
「はいっ、お月見したいです」
「暗いから、転ばないようにね」
見え透いた言い訳で、手をつないでゆっくりと廊下を歩く。
階段を上って、重い鉄の扉をぎいい、と押し開けると、綱吉はわあと歓声を上げてぱっと屋上の中央へ駆け出した。
「すごい、あっかるい!雲雀さん、夜が真っ白!」
言葉だけ聞けば意味がわからないけれど、同じ夜の中に居る雲雀にはよくわかる。闇であるはずなのに、投げかけられる白い光が地上の何もかもに反射して、底の方から光っているような気がする。
「影ができてる」
屋上のコンクリートを見て、綱吉が心底感激したように叫ぶ。そして、腕を中途半端に伸ばした、おかしな姿勢でぴたっと固まった。
「何してるの」
「ほらほら、あそこ見てください、オレたち手をつないでます」
ついさっきまで本当に手をつないでいたのに、コンクリートに映る二人の影が、手をつないでいるように見えることにはしゃいでいる。雲雀は身体の位置を変えて、抱き合っているような影ができるようにした。綱吉がまた駆け寄ってきて、そのままの勢いで、ばふん、と雲雀の胸にダイブした。
「……やっぱり、影より本当のほうがいい」
えへへ、と恥ずかしそうに笑う綱吉をぎゅっと抱きしめる。
「オレ、去年まで、お月見する人の気持ちなんてぜんぜんわかんなかったけど、今年はわかります」
丸い月を見上げて、雲雀の周りをうろちょろして、白く光る校庭を見下ろして、とやっぱり落ち着かない綱吉が、屋上の中央辺りで両腕を広げて、大きな月が投げかける反射光を全身で受け止めるようにしながら、フェンスにもたれた雲雀を振り向いて笑った。
「雲雀さんと一緒に見ると、月、すっごい綺麗!」
ととん、と雲雀の心臓はおかしな風に打ったけれど、表情は能面のように変わらない。だから綱吉は嬉しそうに続けてしまう。
「月だけじゃなくて、春の桜も、夏の雷も、冬の雪も!雲雀さんと見るまで、こんなに綺麗だなんて、気づかなかった!」
にこにこふにゃんと笑っている綱吉は、今、自分がどれほど情熱的な愛の言葉を口にしたのかなんて、ちっともわかっていないのだ。雲雀は片手で口元を覆った。
「あっ、雲雀さん、オレのこと、笑ってるでしょう」
綱吉がぱたぱたと近づいてくる。
ああ、どうか、雲雀は祈らずにいられない。綱吉を喜ばせたこの満月が、今だけでいいから、ほんの少し、雲に隠れてくれないだろうか。
「……笑ってないよ、」
真っ赤になってしまったこの頬が、月に照らされて綱吉にばれてしまったら、あんまり恥ずかしいから。
夜なのに、太陽みたいに真っ赤になってしまった雲雀の顔に気づいているのかいないのか、隣で同じようにフェンスにもたれた綱吉は、帰りにコンビニ寄りませんか?オレ月見団子食べたくなっちゃいました、とのん気に笑った。
2010年9月22日
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