夏休みもそろそろ折り返し地点である。
 湿った前髪をかきあげた雲雀は、暑い、と息を吐いた。窓の外に広がる空は、どんよりと重い雲が垂れ込めている。日が射さないなら暑さもやわらぐだろうと、空調はつけず、窓を開け放していたのだが、湿度が高く、むっとこもるような暑さである。窓から流れ込んでくる、夏休み中も部活にいそしむ野球部の掛け声と、セミの鳴き声が、暑さを助長しているように思う。少し汗をかきすぎたか、と、水分を摂るために、給湯スペースの冷蔵庫へ向かい腰を浮かしかけたところで、こんこん、と扉が鳴った。遠慮がちな音だ。
「……誰、」
 誰何の声は低い。
「あの、沢田です、」
 長期休暇中とはいえ、彼の声を聞くのは珍しいことではない。休み中に行なわれる成績不振者の補習に、沢田は当然参加しているし、登校すれば、なんだかんだと理由をつけて、雲雀の元へやってくるのだ。
「何の用?」
 そう訊けばいつも沢田は、眉尻を下げて、困ったように、えへへ、とだらしなく笑う。それが気に入らない雲雀は、いらいらと指先でデスクを叩いた。沢田がいるだけで、応接室の気温が上がったように感じる。
「用が無いなら帰りな、」
 いつもと同じ台詞を口にすれば、沢田は慌てて、用、ありますあります、と小声で口早に呟いた。
「雲雀さん、神社のお祭り、一緒に行きませんか?」
 少し緊張した面持ちで、頬を紅潮させるものだから、何を言われるのかと身構えていた雲雀は、なんだそんなこと、とため息をついた。
「行かないよ。」
 理由はわかるだろう、とばかり、簡潔に返事だけを返すと、沢田は、でも、と食い下がった。
「雲雀さん、お祭り、取締まりに行くんですよね?」
 わかりきったことを何故訊くのだろうか。苛立ちに任せ、汗で額に張り付く前髪をかきむしるように散らすと、沢田はびくりと肩を揺らした。
「君がいたら、取締りの邪魔だよ」
 祭りの時には、校内とは違って、いわゆる「玄人」も多くいる。風紀委員でもない沢田を、わざわざ連れて行くこともない。
「そ、そう、です、よ、ね。」
 沢田がうつむく。湿気を含んだ生ぬるい風に、茶色の髪がしんなりと揺れる。雲雀はまた、ため息をつく。
「……でも、見回りのときに君が来ていたら、偶然会うかもね。」
 何気なく言えば、ぱっと顔が上がった。
「お、オレっ、浴衣着て行きます」
 別に、絶対に会えるとは一言も言っていないのだが、何故か沢田は服装の申告をした。
「一人で行きなよ。見かけたときに群れてたら、咬み殺すよ。」
 忠犬や寿司屋のせがれや、うるさい子供たちと連れだって来ないように、念を押すと、沢田はこっくりと頷いた。
「雲雀さん、何時ごろ行きますか?」
「取り締まりは抜き打ちだから、部外者には教えられない」
 沢田はまた、眉尻を下げて、困ったように、えへへ、とだらしなく笑うと、わかりました、といって応接室を出て行った。多分、野球部の練習を見に行くのだろう、と雲雀は思った。

 ぶぅん、と露店の使っている発電機のモーター音を通奏低音に、祭りに集った老若男女の声が、高く低く、歌うように響く。提灯は灯っているが、中に入っているのは古びた白熱球で光量はない。石灯籠の中のろうそくなど、ただの彩りである。薄ぼんやりとした光と闇の中で、すれちがった母娘の、手を引かれた女児の兵児帯が、金魚の尾鰭のようにゆらりとなびいた。暗がりに影がまぎれても、帯の先端に縫い付けられた鈴の音がちりちりと残る。屋台の立ち並ぶ参道は訪れた人でごった返していたが、その真ん中に突っ立っている雲雀には、肩をかすりもしない。皆、避けているのだ。祭りと言えど、代わり映えもなく半袖カッターに学ランの雲雀は、暑い、と呟いて、にじんで滴る汗を、手の甲で乱暴にぬぐった。
「きゃあ、」
 ふと、膝裏辺りに、たすん、と軽い感触があって、驚いた雲雀は後ろを振り返った。だが、何も居ない、
「いたぁい……」
 わけではなく、雲雀の足もとに、小さな、4、5歳くらいだろうか(雲雀は子供を見ても年齢がよくわからない)、子供が尻餅をついて転がっていた。近すぎて踏みつけてしまいそうだったので少し下がり、雲雀にぶつかるような恐れを知らない幼児を観察した。白地に、浅葱の同心円で描かれた波紋と、赤い出目金に、笹舟の柄の、甚平を着ている。色の白いやせこけた男児である。石畳の参道に座り込んだまま、軽くすりむいたらしい手のひらに、ふうふうと息を吹きかけている。
「あっ、りんごあめ!」
 かと思えば、突然ぱっと顔を上げ、きょろきょろとあたりを見回し、雲雀の、黒いローファーのつま先に落ちていた、ビニール包装されたままの真っ赤な菓子に、手を伸ばした。もみじのような手が、割り箸をきゅっとつかむ。そして立ち上がった。
「どん、てして、ごめんなさい」
 ひびの入ったりんご飴が、提灯の鈍い光をぎらぎらと深紅に反射し、幼児の手には不似合いのような妖しさがある。首をかしげるように立った子供は、狐面をしていた。ただでさえ暗く、人通りも多いのに、こんな小さな子供が面などで視界を狭めていたら、人にぶつかるのも道理である。親はいないのかと辺りを見回してみたが、近くにいるのなら、雲雀にぶつかった時点でとんでくるだろう。近所の子供が一人で来たのだろうか。とにかく、危険なので、顔につけた面を頭の後ろへずらしてやろうと手を伸ばすと、男児は面をとられると勘違いしたのか、ぱっと飛び退った。
「いやっ」
 近くで見て初めて気づいたが、面は、よくあるプラスチックのものではなく、郷土玩具のような、しっかりした作りの紙張りの狐面である。てらてらと光るキャラクターの面とは違い、表面はしっとりと光を吸い込むようで、よく見れば、耳元まで裂けるように描かれた口など、文様も禍々しく、小さな子供が喜ぶようなものとも思えない。つけているのもゴムひもなどではなく、さらしを裂いて縒ったような、白い丈夫そうな紐で頭に回してくくってあった。こんなものを売る屋台があったろうか、雲雀が考え込んだ一瞬のうちに、子供はきびすをかえして走り去った。ふわふわと揺れる色素の薄そうな髪が、酷く見覚えのあるもののような気がするのだが、思い出せない。

 ざわめく人ごみをすり抜けて、本殿に近い辺りまで来ると、人波も少し落ち着いているようである。雲雀はすたすたと歩いているようで、すばやく目を走らせては、無許可の露店が出てはいないか、余計な群れが居はしないか、隙なく目を光らせている。ふと、古風な、木組みの屋台が目に入った。木を打ちつけた簡単な骨組みに、ひょっとこ、おかめ、狐、ほかにも、何か得体の知れないばけもののような造形の、あまり気色のいいとは言えない面が、所狭しとかかっている。なるほど、先ほどの男児は、ここで狐面を買い求めたのだろう、と立ち止まった雲雀は頷いた。それにしても、こんな屋台の営業申請が来たのなら、書類でも覚えていそうなものだが、まったく記憶にない。ショバ代逃れの無許可営業かと気色ばんで、店主を探し、左右に視線を走らせる雲雀の後ろから、飄々とした声がかかった。
「そこの可愛いお兄さん、ひとり?」
 すばやく振り返った雲雀の両手には、トンファーが構えられている。軟派な口の利き方も尖った気を逆撫でしたが、それよりも、雲雀の後ろを気配も悟らせず取れる時点で、まっとうな人物ではない。
「君は店主?こんな露店の営業を、許可した覚えは無いけど」
 睨み付けて言い放つ。そこに立っていたのは、雲雀よりは多少背が高いか、雰囲気としては「優男」といった風の青年だった。さっきの男児と似た狐面を付けていて、顔はわからない。朽葉の帯を片ばさみにして、白い浴衣は一見すると死装束のようだが、生地は涼しげな綿紅梅で、あるのかないのか、目を凝らさねばわからないほどの薄墨色で、青海波と鯉の尾鰭のようなものが描かれている。青年が身動きするたび、その波と鯉とが、うねっているかのように錯覚を起こす。
「まあそう野暮を言わないで。今夜は祭り、無礼講でしょう。面は正体を隠すもの、成り代わるもの。お兄さんもお一ついかが?」
 肩をすくめる仕草が妙に、西洋人のようで、狐面と白い浴衣にそぐわない。言葉に訛りはないようだが、面の中にこもったようなくぐもった声は、遠くから響いてくるようで、不思議なほど印象に残らない。
「いらないよ。秩序を乱すのなら、咬み殺す、」
 言いながら、一跳びで、狐面の男の喉笛に喰らいつく。
「危ないなぁ、」
 はずが、青年はふわりと、特別なことは何もしていないようなのに、避けられないはずの雲雀の至近距離からの一撃を、かわした。
「お代は要りませんよ、こんな夜はね、それこそ面をつけて、色んなものが紛れ込んでる。お兄さんみたいな可愛い子が、ひとりで歩いてたら、かどわかされないとも限らない、」
 雲雀はそれを、からかいだと思った。かっとなって打ち込んだが、狐面に届く直前、トンファーは、男の手から生み出された橙色の炎にはじかれてしまう。
「狐火、なんてね。」
 くすくす笑う声と、何より、揺らめく橙色の炎が、酷く覚えのあるもののような気がするのだが、思い出せない。

 長く立ち尽くしていたのだろうか、それとも数秒呆けていたのだろうか、気づけば狐面の男はいなくなっていた。面の屋台はそのままになっている。全身から滴るような汗を、シャツの胸辺りを握ることでもぞもぞとやりすごして、折り返し、見回りへ戻ろうとすると、背後から軽い足音が近づいてきた。雲雀は、ふっと肩の力を抜いた。いつの間にか身体ががちがちになっていた。
「雲雀さん、お疲れ様です!」
 笑顔で駆け寄ってきた沢田は、応接室での宣言通り、白地に縹の流水紋、そこへ黒金のらんちゅうが泳ぐ浴衣に、黄櫨色の帯を貝の口に結んでいる。雲雀は、得体の知れない男に会っていつのまにか緊張していたこと、そして、沢田を見たときにそれがほぐれたこと、そんな自分の心のありようを、軟弱なことだと恥じた。
「夜なのに暑いですね。のど、渇いてないですか?」
 首をかしげて、清涼飲料水の入っているらしい紙コップを差し出してくる手の、手首には、細いビニールひもがかかっていて、透明なポリ袋が下がっている。雲雀の視線に気づいたのか、沢田ははにかむように、へへ、と笑った。
「雲雀さんに会う前に、我慢できなくて、金魚すくいしちゃったんです」
 袋の中の水が、ちゃぷん、と揺れる。狭さも気にしない様子で、立派な黒金のらんちゅうが泳いでいる。沢田の鈍臭さを思うと、ずいぶん大それた獲物のようだが。
「オレ、一匹もすくえなくて。そしたら、屋台のおじさんが、浴衣の柄と同じやつをすくっていきなよって、すくう紙のやつ、もうひとつくれて、後ろから一緒にすくってくれたんです。」
 嬉しそうに言って、金魚をかかげる手首は、浴衣の幅の広い袖から出ていることを差し引いても細く、白い生地にも見劣りしないほど、肌理の細かい色白の肌である。
「あ、そうだ、雲雀さん、オレね、今年が初めて、子供のひらひらの帯じゃなくって、大人の帯なんですよ!」
 似合いますか、と背中を向けて、振り返って笑ってみせる、そのいかにも華奢な背に、テキ屋の男が被さって、腕を取ったのか。
「雲雀さん?」
 無言のままぐっと手首を握った雲雀を見上げ、沢田が眉尻を下げる。ぎりぎりと指を食い込ませると、何か買い食いでもしたのかてらてらと光る、薄桃の唇が、いたい、と微かに動いた。いつもそうだ、彼は、そうやって無害なふりで、周囲を手玉に取る。苛立ちに任せて、暗がりへ引き込んだ。沢田は、雲雀さん、と困惑した声で何度も呼びはしたが、これといった抵抗もなくついて来た。

 神社の隅の、物置の壁に上半身を押し付けられ、腰を突き出した格好の沢田が、あァ、と細く高い声をあげる。雲雀は、後ろから白い浴衣の裾を割り、めくり上げて、下着を引き下ろしてあらわにされた白い尻を撫で、幼い陰茎を握りこんでいる。は、は、と荒い獣のような息は、雲雀のものであるし、沢田のものでもある。
「ひぃ、ん、ひぁ、っ」
 小さな耳の中に舌をねじ込んで嬲り、尻の谷間の窄まりに指を這わせると、長いまつげに雫が溜まり始めるのが見えた。ゆるんだ懐から手を入れ、ぷつん、と硬くたちあがった乳首を爪ではじくと、華奢な身体がびくんと跳ねて、柔らかな肉が雲雀の腰に押し当てられる。薄い胸を、周囲から円を描くように撫でて、今度はきゅっとつまむと、嵐のように与えられる快楽を逃すように首が振られ、開いたままの口から、つっと唾液が垂れて落ちた。
「い、……ぁあ、ん、」
 いや、と言おうとしたのだろうか、きゅっと沢田の唇が結ばれる。沢田は雲雀のすることには、けして拒絶を口にしない。雲雀のためにと持ってきた紙コップはいまだ、震える手につぶさないよう握られて、口を閉ざした沢田の代わりに、溶け残りの氷が、ころころ、ころころと鳴っている。雲雀はそれを後ろから取り上げると、一口だけ飲んで、後は沢田の尻にぶちまけた。きゃあぁ、と子供のような悲鳴が上がる。
「つめ、た、」
 ひくひくと、泣くのをこらえるように、震える声で言う沢田の、尾てい骨の上に、冗談のように、ちょん、と氷がひとかけ、乗っている。指で滑らせて窄まりに押し付けると、ついに涙が頬へ転がり落ちた。
「あぁ、ひばりさ、っつめた、ああぁ、」
 必死で訴えるような声には構わず、そのまま力を込めて中へ押し込むと、沢田はあっけなく射精した。氷は熱い胎内に溶かされて、雲雀が押し広げた後孔から、だらしなくぽたぽたと垂れる。
「冷たくて、気持ち好いんだろう、」
 指を最初から二本、ねじ込んで、こね回しながら、揶揄するように雲雀が言うと、がりがりと物置の壁を引っかいていた手ががくんと崩れて、手首にかかったポリ袋が、外れて落ちた。沢田が、思わずと言った風に目で追う。たぱん、と音を立てて地面にぶつかって、中の水が乾いた地面に吸い込まれてゆく。その、気をそらした一瞬で、雲雀は沢田の狭い胎内に押し入った。
「ひあァ、ぁん、あ、あつ、あつい、ぃあ、」
 ぼろぼろと涙をこぼす沢田は、数回腰を打ち付けると、もう他に何も考えられない様子で、薄汚れた外壁に爪を立てて、ひっきりなしに嬌声を上げた。後ろから両手で細い腰を掴み、きゅうきゅうと締まる後孔から、自身を引き出しては何度も激しく突き込む。その度に身をくねらせる沢田の姿が、足元の、泥だらけの尾びれで地面を叩き、悶え苦しんでいる、黒金のらんちゅうとかぶって見える。まるでその金魚のように、雲雀は、沢田の生殺与奪の権を、自分が握っているかのような錯覚をした。その途端、背筋を異常な昂ぶりが駆け抜けていって、沢田の中で逐情した。
「っ、う」
 残らず搾り出すように、小刻みに腰を揺すると、沢田も二度目の吐精をしたようだった。滝のように流れる汗を手で拭う。沢田はもう、壁にべったりと顔を押し付けて、尻を突き出した姿勢のまま、荒い息を静めている。雲雀は手早く自分の身支度を終えると、沢田の膝辺りにひっかかったままの下着を脱がせて、半分くらいはジュースでべったりと濡れているそれをしぼって、沢田の汚れたところを適当に拭った。雲雀の匂いをつけて行けばいい、と思ったので、胎内に残したものを処理することはしない。ぐしゃぐしゃになった下着を、近くの草むらに丸めて投げ捨てて、背中までまくり上げられていた浴衣の裾を戻してやろうとしたところで、雲雀はふと違和感を覚えて手を止めた。白地に、縹の流水紋。そっけないほどに色味のない浴衣は、どちらかというと可愛らしい印象の彼には、少々そぐわない。参道で後ろから走り寄って来た、あの時沢田が着ていたのは、こんな柄ではなかったような気がするのだが、思い出せない。

 顔を合わせてからずっと一緒にいるのだ、着替える間などあるはずがない。馬鹿なことを、と思いながらも、雲雀は訊かずにはいられなかった。
「……君、この浴衣、」
 細身の背が身じろいだ。尻の間から、とろりと白濁がこぼれたが、気にした風もなく、裾を直してふりかえる。身体を起こしてこちらに向き直った彼は、狐の面をつけていた。
「らんちゅうはさっき、雲雀さんが、死なせちゃったんじゃァないですか。」
 くすくすと、面の中からこもった笑い声がこぼれる。雲雀は混乱した。これは誰だ。さっき会った……、思い出せない。

 そもそも、ここはどこなのか。神社に居たはずだが、灯りはおろか、人気もない。立ち尽くして、左右に視線を走らせる雲雀を、狐面をつけた少年が、くすくすと笑いながら見ている……少年?さっきは、青年だったように思うが、……それとも、小さな子供、
「今日は、祭りで、見回りに、」
 確認するように口にすると、笑い声がさざなみのように広がった。少年の声、青年の声、小さな子供の声、どれも聞き覚えがある気がするのだが、思い出せない。

 ねっとりと濃い闇が、四方から迫ってくる。笑い声は高く響いているが、誰の姿も見えない。何も見えない。闇ばかり。闇に、飲まれる、





 は、と雲雀は目を開けた。どうやら、書類整理の途中で、うつらうつらとしてしまったようだった。酷い失態である。舌打ちして、湿った前髪をかきあげた雲雀は、暑い、と息を吐いた。疲れているのかもしれない。窓の外に広がる空は、どんよりと重い雲が垂れ込めている。日が射さないなら暑さもやわらぐだろうと、空調はつけず、窓を開け放していたのだが、湿度が高く、むっとこもるような暑さである。窓から流れ込んでくる、夏休み中も部活にいそしむ野球部の掛け声と、セミの鳴き声が、暑さを助長しているように思う。少し汗をかきすぎたか、と、水分を摂るために、給湯スペースの冷蔵庫へ向かい腰を浮かしかけたところで、ふと、雲雀は既視感に襲われた。こんなことが、以前確かにあった気がするのだが、…………思い出せない。

 こんこん、と扉が鳴った。遠慮がちな音だ。

「……誰、」
 誰何の声は低い。
「雲雀さん、わからないんですか?」
 すりガラスの小窓を透かして、白い影が、ちらちらと見え隠れしている。聞き覚えのあるくすくす笑いが聞こえてくる。
「オレです、よ」
 雲雀は混乱した。扉が開く。









2009年8月2日