平日昼間の3番ホームは人もまばらだ。灰色の空の下で、冷たい風に吹かれながら、二人の青年が列車を待っている。二人とも小柄な部類に入るのだろうが、四輪の大きなトランクを引く茶髪の青年は特に、少年と言っても良いような体格だった。身にまとった仕立ての良いグレーのスーツが、かろうじて彼を大人に見せるのに成功している。

「……すこし、遅れているんじゃないの」

 黒髪に黒ずくめで手ぶらの、もう一人の青年が、左腕のムーンフェイズと列車の影も形もない線路の先を見比べながらつぶやく。ぼそぼそとした口調だった。遠くで雷が鳴った。

「並盛に特急がたくさん停まるのって、もしかしなくても雲雀さんがいるからですよね……」

 町の人口からすれば不自然なほど交通の便が良い、その理由は考えなくてもわかる。茶髪の青年が眉尻を下げて笑いながら頬をかいた。電光掲示板は空港行きエクスプレスの遅延を知らせるメッセージを繰り返し流している。本来なら、あと2分で発車時刻だ。

「大丈夫です。飛行機には間に合いますよ。」

 そんな風に、灰色の空の下で、オーダーメイドのスーツを着こなして、余裕ぶった態度でいる彼は、まったくダメツナなんてものではなかった。ふと、何かに気づいたように空を見上げて、目を細める。

「ああ、寒いと思ったら、雪ですよ。もう3月も終わるのに……。でもこれが、俺が並盛で見る、最後の雪ですね。」

 そういってすこしだけ寂しそうに、笑う。

「なにそれ。また沢田お得意の、超直感とかいうやつ?」
「はは。それもありますけど、単純に、事実ですよ。」

 穏やかに語るのを見たくなくて、黒いトレンチコートを羽織った黒髪の青年、雲雀恭弥は、目をそらしてうつむいた。いつかの冬に、並盛中の校庭で、雲雀に怯えて小さな子供を盾にしていた少年は、冬を越え、春を迎えた今、ずっと強くなった。本当はきっと、少しずつ変わっていたのだけれど、ずっと彼を守るのだと思っていた雲雀は、その成長に気づかずにいたのだ。

『……ぃ変お待たせいたしました、3番ホーム、空港行き特急列車がまいります。ただいま、悪天候のため、定刻より6分の遅れとなっております。停車時間は4分です……』

「来ましたね」

 警告音とともに、にぎやかに特急がホームへ滑り込む。巻き起こった風が、雲雀のコートと、綱吉のぴんと跳ねた茶色の髪を、はためかせた。かたくなに目線をあわせようとしない雲雀は、ばたばたと音をたてる自分のコートの裾を見ていた。前年に、雲雀には絶対トレンチコートが似合う、という綱吉が見立てたコートだった。

「見送り、ありがとうございます」

 ごとごとと列車に荷物を運び込み、荷物置き場にトランクを固定した綱吉が再び扉まで戻ってくる。

「別に。駅までくらい、見送りってほどじゃない」
「……ひばりさん、」

 苦笑する気配がした。

「……こっち向いてください」

 黒い袖から少しだけ覗いた白い手が、固く握りこぶしをつくっている。綱吉がさらに何か言い募ろうとすると、発車ベルが鳴り響いて、言葉はさえぎられた。一拍おいて、うつむいた雲雀の視界に、列車から降りた綱吉のつま先が入った。よく磨かれたキャメル。靴底がぎしりと鳴って、背伸びしたのだとわかる。それと同時に、前髪越しの額に、かさついた、でもやわらかい熱が触れる。

「……っ」

 思わず顔を上げたときには、綱吉はもう列車に乗り込んでいて、目の前で扉が閉まった。ガラスにてのひらを押し付けた綱吉が何か言っている。『やっとこっちむいた』。ゆっくりと動き出す車窓を見送る雲雀の前で、くちびるが動く。遠ざかっていく。

『さ』
    『よ』
          『う』
                    『な』
                                   『ら』

 季節はずれの雪が、小さくなっていく列車の姿をかき消してしまうまで、黒い人影はそこに立ち尽くしていたが、完全に姿が見えなくなるときびすを返し、足早に立ち去った。




「なごり雪」イルカ(伊勢正三)
2008年3月

※雲雀さんの腕時計をクロノグラフ→ムーンフェイズにしました。
2009年2月2日