三連休の最終日もあと数十分で終わる。綱吉は窓に額をつけたまま大きなあくびをした。山本、獄寺と遊び、ちびっこたちに付き合って、多めに出ていた宿題もリボーンの銃口ににらまれながらなんとか終わらせた。完璧な三連休だった。身体は適度に疲れていて、あとは明日に備えて眠るだけなのに、予感、というよりも確信めいたものがあって、夜も遅いこの時間に、綱吉は冷たいガラスにへばりついている。
 窓の外は夜の闇である。ところどころ街灯に浮き上がる雨脚と、向かいの家にひとつだけ灯っている明り、目の前のガラスに張り付いては落ちてゆく水滴以外には、さあさあと雨音が聞こえるばかりだ。それでも、綱吉は疑いもせずに暗闇に目を凝らした。
(あ……!)
 色素の薄い大きな瞳が、闇の中になにかを捉えた。立ち上がり、雨粒が吹き込むのにもためらわず、大きく窓をあける。そのまま息を吸って大きく口を開け、声をかけようとして、はっとして一呼吸置き、身振り手振りで玄関から入るよう示した。門扉に手を掛けた黒い傘の下から、鋭い視線が見上げている。

 家は寝静まっている。バスタオルを抱えた綱吉は、できる限り音を立てずに、できる限り急いで、玄関を開けた。
「こんばんは、雲雀さん」
「こんばんは。」
 濡れた傘を玄関には入れずに外へ立てかけて入ってきた雲雀にタオルを手渡すと、「別に濡れてない」というそっけない返事とともにつき返されたが、触れた指先は冷え切っていた。珍しく私服の雲雀は、ブラックジーンズに、ピンクがかったうす紫のカットソー、グレーのVネックカーディガンを羽織り、首には黒のアフガンストールを巻いていて、日頃口をすっぱくして「風邪を引きやすいんだから、厚着してください」と訴えている綱吉を満足させた。濡れたスニーカーを上がりかまちにひっかけておく。玄関から二階の部屋まで三十歩もないが、綱吉は雲雀の手を引いた。
「来ると思ってました、って言ったら、うぬぼれてると思いますか?」
 階段を上りながらはにかんで綱吉が言う。部屋に入って扉を閉めると、雲雀が背中から抱いた。乱暴ではないが、強い。
「おもわない。」
 冷たい鼻先をうなじにこすりつけられて、きゃっきゃと子供のように綱吉が笑った。普段の綱吉は、おどおどと怯えているか、ツッコミでわめいているか、引きつったような半笑いを浮かべているか、が多く、こんな風に、無邪気に笑うのは珍しい。
「ご機嫌だね」
「だって、嬉しい。思ったとおりに雲雀さんが来てくれて、うぬぼれてるって思わない、って」
 くふふふふ、と雨音にまぎれるように穏やかに、跳ねる雨粒より楽しそうに、笑う。
 それに誘われるように、小さな耳に唇を寄せた雲雀は、雨の夜道を歩きながらずっと考えていたことを口にした。

「誕生日おめでとう。君が、生まれてきて、並盛に暮らしていて、並中に通っていて、僕は幸せだとおもう」

 言ってからやっぱり照れて、綱吉の痩せた背の、浮き出た肩甲骨の間に、腰をかがめて顔を押し付けた。背中にぐりぐりとされて吐息を押し付けられた綱吉は、くすぐったさと、それからやっぱり照れたので、きゃあ、と言いながら身をよじった。眉尻を下げて笑った。

「ありがとう、ひばりさん、ありがとう。嬉しい。」

 誰よりも、一番に雲雀さんに祝われたかったから、祝ってくれると思って待ってたんです、とはにかんでもじもじした声で言って、誕生日なんだから俺のわがままをもっと聞いてください、と赤い顔でさらに言う綱吉に従って、雲雀は用意された寝巻きに着替えると、ベッドに入って綱吉にぺったりくっついた。
「俺、ほんとのこと言うと、誕生日がこんなに楽しみだったの初めてです。」
 綱吉が、母親以外の人間に「誕生日おめでとう」と言われた記憶は、片手の指で足りる、ということは、雲雀は知らなかったけれど、その言葉が純粋に嬉しかったので、甘いにおいのする額に唇をつけて、ちゅっと音をさせた。
「ひばりさん、だいすき」
「うん。」
 雨の音と、お互いの体温が、気持ち良い。
「うれしい、から、もっと、しゃべりたいのに、ねむい、」
 雲雀の手が背中に回って、とんとん、と優しく叩いた。トンファーを握る手は、綱吉に会ってから、いつのまにかこんなこともできるようになった。
「あした話せばいいから、おやすみよ」
「おやすみ、なさい」
 そのまま、ことん、と音がしそうな様子で眠りに落ちてしまった綱吉に、雲雀は表情だけで笑う。
「あしたも、あさっても、らいねんも、そのつぎも、ずっと、君がここに生まれてきたことを祝福するよ、」
 口付けと一緒に、声にはしない呟きを落として、綱吉を追いかけるように、雲雀も眠りについた。



「贈る詩」ゆず
2008年10月20日