チャイムが鳴れば、もう誰も教師の言うことなど聞いてはいない。

 昼休みである。

 他のクラスメイトにならい、まだ何事かをもごもごと話し続ける老教師を無視して2秒で勉強道具をしまい、綱吉はカバンから弁当を取り出した。今日は天気がいいから屋上へでも行こうかと、ついでにタオルも持って(下に敷くのである。スカートは短い。屋上のコンクリートの上に、下着の尻を直接乗せるのは抵抗がある。)いそいそと立ち上がり、しかし大音声で呼び止められて、思わず「はいっ!」と返事をしながらぴしりと「気をつけ」の姿勢をとった。

 声には聞き覚えがありすぎた。

 もちろん綱吉だって、今は、以前ほど無闇に恐れているわけではないけれど、それでも染み付いた条件反射というやつは、なかなか抜けはしないのだ。

「雲雀さん?」

 ゆるゆると振り返る。声の主は、雲雀恭弥、並盛中学風紀委員長。

「さ、さわだ……っ」

 綱吉の、彼氏だ。

「どうし、っぎええええええええ!!」

 すぱーん、とぶち破る勢いで2-Aの扉を開けた雲雀の、そのあまりの顔色の悪さに、驚いて駆け寄ろうとした綱吉は、逆に、一瞬で距離を詰めた雲雀にタックルするように飛びつかれて、どうにも色気のない悲鳴を上げた。がたがたと周りの机を巻き込みながら、びたーん、と尻餅をつく。見た目に反して筋肉質の雲雀は重く、ぐえっ、と女子中学生としてはあまり彼氏には聞かせたくない種類の苦悶の声をあげてしまった。

「ちょ、ちょっと、雲雀さん、」

 速やかにどいて欲しい。重い、という以前に、景気よく大開脚で尻餅をついてしまったものだから、スカートの中身が心配だ。脚の間には雲雀がいるので、真っ正面からパンツが見えることはないだろうが、それでも太腿は付け根まで丸出しである。ぐいぐいとスカートの裾をひっぱる。

「ううう、さわだ、……、ま、が」

 切実な綱吉の思いとは裏腹に、雲雀はまるで聞いちゃいない様子で、馬が、馬が、と言いながら、綱吉の胸にぐりぐりと顔を押し付けている。こちらも随分と、切実な様子であった。よく見れば、首筋から手の甲まで、さぶいぼがびっしりと肌を覆っている。おそらく全身チキン肌なのだろう。そういえば、さっきは随分と顔色が悪いようだった。急に、心配が羞恥を上回って、綱吉は雲雀を引き剥がそうとしていた手のベクトルを変え、胸元にある黒い頭をそっと抱えて、つやつやの髪をなでなでした。雲雀はほっとしたように、綱吉の――おおきな――胸にふにふにと頬を押し付ける。教室内のどこかから、「ヒバリさん、いいなー」という京子の声が聞こえた。(余談だが、綱吉の胸は、でかい。身長は低く、鎖骨やあばらや、骨盤が浮き出した貧相な体に、そこだけぱんぱんにふくらませたゴムまりをつけたような胸は、綱吉自身が見ても、不恰好で醜いと思い、またしょっちゅうからかいの対象となる、コンプレックスの種だったのだが、最近親交を深めた、京子や、ハルや、クロームといった少女たち、また何より、雲雀が、ずいぶんとこれを気に入っているようなので、綱吉はもうできるだけ気にしないようにしている。余談終わり。)

「一体、どうしたんです」

 正直、衆人環視の元で、付き合っている人に、乳の谷間に顔を埋められる、というのは、とんでもない羞恥プレイ以外の何者でもなかったが、そんな破廉恥をしでかしているのが、あの風紀委員長だということで、クラスメイトは皆、見て見ぬふりをしている。綱吉は開き直って、あやすように背を撫でながら、大変珍しく、大変怯えている雲雀から、その原因を引き出そうとした。雲雀はうわごとのように繰り返すばかりだ。

「馬が、」
「……うま、」

 まさか、応接室に暴れ馬が出たというのでもあるまい。第一、もし本当に暴れ馬が出たとしても、雲雀なら嬉々としてトンファーを振り回すか、ひょっとしたら乗りこなそうとする、くらいはする。絶対する。

「馬が、どうしたんですか?」
「馬が、跳ね馬が、」

 胸に顔をつけたまま喋られると、酷くくすぐったい。もにょもにょと小声で言われたが、耳を寄せた綱吉には何とか聞き取ることができた。苦笑いする。馬って、その馬。

「ディーノさんがどうしたんです?」

 しかし綱吉はすぐ、その苦笑を引っ込めた。雲雀は怯えている。あるひとつの、恐ろしい可能性が脳裏に浮かんだ。まさかまさか、と微妙な顔で綱吉が言葉を探した、そのタイミングで、凍結していた2-Aの教室内の空気を、溶かすというより砕き割る無神経さで、戸口から陽気な声がかかった。

「恭弥、やっと見つけたぜ!いきなり逃げるなんてひでえ……おっ、ツナもいたのか!なんだなんだ、お前らいつの間にそんなに仲良くなったんだ?」

 にこにこと教室に入ってくるキャバッローネの跳ね馬に、綱吉はため息をつき、雲雀はさらにぎゅうぎゅうと綱吉にしがみついた。

「ディーノさん、日本の学校は、関係者以外は入っちゃいけないんですよ」
「イタリアでもそうだぜ?……オレは、おまえらの師匠で兄弟子なんだから、関係者だろ?冷てーこと言うなよ」

 すたすたとディーノが近寄ってくると、雲雀はやっぱり大変怯えながらも、さっと自分の肩から学ランをむしりとると、むき出しになっていた綱吉の脚にかけた。男って奴ぁ、と、綱吉は半眼になった。

「でも、おまえ達の仲が良いんなら、オレも嬉しいぜ!さあ、オレをその間へ、」
「ディーノさん。雲雀さんがこんなに怯えるような、どんなおいたをしたんです?」

 入れてくれ、と続けようとしたディーノの言葉を遮って、半眼からさらに、すぅ、と目を細くした綱吉が、冷気をまき散らしながら問いかける。その手には、いつの間にか、毛糸のミトンがはまっている。

 つまり、おそらく雲雀は、突然やって来たこの、普段から「恭弥は可愛い!」と公言してはばからない兄弟子(雲雀にとっては認めたくないだろうが師匠)に、何かされたのだろう。同性に襲われた、というのは、雲雀には、周囲の目もはばからず綱吉のおっぱいが恋しくなってしまうほどには、ショックだったらしい。しかも、

「どしたんだ、ツナ、そんなもの出して。オレと恭弥がどんな風に過ごしてたか知りたいんなら、さあ、三人で秘密の花園へ、」

 この暴れ馬、あわよくば綱吉も、と狙っているのである。ぼ、と綱吉は、橙色に揺らめく炎を灯した。

「……雲雀さんをいじめたら、オレが許しません!」

 いつの間にか教室の入り口に立っていた草壁とロマーリオに目配せすると、草壁は申し訳なさそうに一礼して、ロマーリオは肩をすくめて、二人連れ立ってどこかへと消えていった。

「いじめてねーって!誤解だ、ツナ!」

 慌てふためいて後じさるディーノに、内心でため息をつく。

(これでこの人、ひとっかけらも、悪気はないんだよなぁ……)

 憎めない、と思う心を、甘やかしたら付け上がるだけ!と叱咤して、綱吉は燃える拳を振りかぶった。




にょたつなの習作!と勢いだけで書いたらば
にょたつな総受けでにょたつなひば、という不思議なものができてしまいました
実にすいません。
2010年3月2日