(十年後までは行かないけど、成人後くらい)




 叩きつけるような雨が、小屋を揺らしている。湿度は高く、吐息が雫になって落ちてきそうだ。しゅ、とシーツをひっぱっても、さらさらとはすべらず、重く絡みつくような感触がする。

「ひばりさぁん、」

 隣で寝そべって、曇った窓から濃い灰色の空を見ていた綱吉が、寝返りを打って雲雀を上目遣いに、甘えた声で呼んだ。男同士でシーツを胸元にまきつけて隠す、意味はあるのか……ただ、綱吉の、未だ中性的な身体つきでそういう仕草をされると、妙な色気がある。

「恐いですよぅ。ここ、落っこちちゃったら、どうしましょう?」

 言葉の割りに、顔は笑っている。雲雀はあきれて、ぴん、と鼻先をはじいてやった。

「思ってもいないこと、言わない」
「思ってますよ、何しろ、大工がオレなんですもん……あー恐い、ぎゅってしてください」
「基礎をやったのは、僕だよ」

 言いながら、どれだけ鍛えてもちっともがっしりしてこない、綱吉の痩せた身体を抱き寄せて、がぶりと首を咬んでやった。きゃあきゃあと喜ぶので、あごにぐっと力を入れて、歯を食い込ませる。

「でっ……いででででで、ちぎれちゃうちぎれちゃう!肉が!首が!」

 汗と、体液と、湿度で、べたべたした素肌が触れ合って、気持ちが悪いことこの上ないのに、離れようという気が全く起きない。阿呆なことを言って擦り寄ってきた綱吉も、同じだろう。

 地上十メートル。並盛のはずれの山で、隣町へと抜ける林道から、道沿いに流れる小さな沢を渡って、きのこや山菜をとるための細いけもの道を歩く。林業を営むものもなく、放棄された杉の人工林のなかに、雲雀と綱吉が二人で作った小さなツリーハウスがある。一番最初に作ったのは、中学生の時だ。縦横斜め、と、適当に打ち付けた壁とトタンの屋根の見栄えは悪いが、幾度かの崩壊を経て、試行錯誤を繰り返し、三本の樹にまたがってしっかり打ち込まれた基礎は、夏の台風にも耐えた。今の小屋は三年目になる。

 風が吹いて、ぎし、ぎし、ときしむ音がする。小さな小屋が、ゆうら、ゆうら、とゆっくり横揺れする。ジャンニーニのラボからくすねてきた高性能太陽電池の恩恵で、普段は明かりを使えるが、最近は悪天候続きで、ここに来たときから電力の蓄えはゼロだった。身体を拭く時に使う琺瑯の洗面器(何故身体を拭く必要があるのか、その理由は言わずもがな、である)に、ボンゴレ並盛支部の客間からやっぱりくすねてきた大きなろうそくを立てて、臨時の灯りにしていたが、あんまり揺れるようなら消した方がいいかもしれない。

「荒海に漕ぎ出す小船?」

 首を傾げる綱吉は、冗談めかしているが、疲れているのだろう。

「ゆりかごと思えば平和なんじゃない」

 言ってやれば、ふ、と目を細めた。沈黙が落ちる。

「雨の音って、聞いてるとどうして眠くなるのかな、」
「……眠いんなら、眠れば」

 外は嵐。けれど、二人が逃げ込んだこの山は禁猟区なのだから、眠る獣を脅かすものは、何もないはずなのだ。




2010年3月16日