フォロワーさんから文章リクエスト受付ったー(http://shindanmaker.com/49500)
『いをはIDに「d」か「u」が入っているフォロワーさんのリクエストで文章を書きます。』
に従ってリクエストを募集させていただいたところ
Ryuki_Ishiiさまより
陰陽師沢田さんと式神雲雀さん
とのリクエストをいただきました。ありがとうございます!

しかし私の知識不足により
妖怪退治屋沢田さんと式神雲雀さんとなってしまいました……
すみません。









 ふわり、と白い吐息が舞い上がり、揺らいで消えた。
 冬の夜、大気は澄んで風もなく、夜景は瞬きもせず輝いていた。

「平和そうに見えるけど、なあ」

 並盛町、並盛中学校、静まり返った夜の学び舎のてっぺん、屋上の給水塔の上に、巨大な翼を揺らした白と黒の二羽の鳥が佇んでいた。口元を両手で覆って、鼻の頭を赤くしたまま、呟いてふっと息を吐いた黒い鳥……いや、足元まで覆うような黒いマントを羽織った青年が白い鳥を振り返った。

「どう思う、骸」

 物騒な名前の白い鳥は、こちらは本物の巨大な白い翼を一度だけ震わせて、ふん、と鼻を鳴らした。

「さあ?」
「なんだよ、言えよ」
「君だって感じているんでしょう、むしろ僕よりも強く感じているはずだ。なぜ僕に言わせようとするんです?」

 白い梟の化生に、遠まわしに、言質は取らせないと言われて、黒いマントがふわりと動いた。中で肩をすくめたのだ。
 そのまま空気を払うように手を前に出せば、前を留めていなかったマントがさっと左右に割れて光ったようになった。青年はマントの下に純白の直衣を着ていた。
 すっと青年の目が細くなる。すると、冬に実る柑子よりうつくしい橙色の炎が、額にふっと灯った。不思議な光景だった。

「見たとおり平和そのものの夜だ。なのにオレが今感じてるこの悪寒はなんだ?」

 自らに言い聞かせるようにつぶやいて、闇に沈んでいた瞳が炎に照らされて琥珀のように輝く。青年はそうしてしばらく神経を尖らせ、夜の並盛の町並みを見下ろしていたが、やがて灯したときと同じように唐突に炎を消した。

「……気に入らない、」

 目を細め額に炎を灯している間にはどこか酷薄そうにも見えた青年の顔は、炎を消すと急に子供っぽく、ぶすりとふくれた表情は可愛らしささえ覗かせた。

「帰って一旦仕切りなおしなさい、沢田綱吉」

 腕を組み、あざ笑うような表情を作って、梟の化生、骸が言った。

「ただでさえ回転の鈍いおつむが、寒さでこれ以上鈍ったら、僕も式神として恥ずかしい」
「お前さ、」

 自分が青年の、沢田の、式神だ、と口にしておきながら、酷い言い様であった。沢田は半眼になって何かを言いかけ、しばらく間をおいてぱくんと口を閉じた。

「いいよ、もう。確かにここは寒すぎる、今夜は帰ろう。何も起こりそうにないしね」

 ぶるりと震えてマントをかきあわせ、沢田青年はそうして、帰宅しようとしたのだ、自力で。

「う、わっ」

 下から掬い上げるように、膝裏と背中の真ん中辺りに急に強い力を感じて、後ろにのけぞった。ここは町立中学校の校舎の屋上の、更に給水塔の上だ。すわ転落、とぎゅっと全身に力の入った身体は、直後にふわりと浮き上がったのだった。

「念のため確認するけど、お前、オレが飛べるって、」
「君と一緒にしないでください。僕が耄碌したとでも?」
「知ってる、よな」

 綱吉は、橙色の美しい炎で空を飛べる。けれど今は骸に、いわゆる「お姫様抱っこ」の体勢で抱えられたまま、夜空を舞っていた。羽ばたいても音を立てない梟の、狩人の翼が無音で宙を滑った。冷たい夜風が吹き付けて、綱吉は無意識に肩に力を入れた。

「いいから、大人しく運ばれていなさい。君は、僕ら強大な妖とは違って、脆弱な人間風情だ」

 冬の夜空は寒すぎるから、ここで暖まっていろということだ。綱吉は、寒いのは嫌いだ。やせ我慢も嫌いだ。そして、冬の夜のこんな空の上には人目はない。つまり早々にこの状況をありがたく享受して、骸の腕の中で、自力で飛んでいればひらひらと風に舞ったであろう黒いマントを胸元できゅっと掻きあわせ身体を包んだ。

「骸ってさ、ツンデ」
「落としますよ」
「…………、」

 口をつぐんで、代わりに梟の胸に身を寄せた。妖にも確かに体温があることに、綱吉の胸はいつもぎゅっと軋んだようになった。白い翼は、街の明かりからさらに遠ざかって、家々の灯もない、木々の生い茂る真っ暗な一画へと向かった。


 ふわりと舞い降りたのは、街はずれの小さな山のてっぺんにある古い神社だ。綱吉は雨漏りのする社務所を直して、「一人で」暮らしている。間違いではない。ここに住んでいる「人間」は、綱吉一人だ。

「……ただい、ま」

 綱吉は、からから、と磨り硝子のはまった木枠の引き戸を、自宅の玄関だというのになぜか遠慮がちに細く開けて、しんと静まり返った屋内へ小さく声をかけた。背後で骸が、ふん、と鼻を鳴らした。

「雲雀さんは、まだ、寝、」

 扉の隙間からそっと首だけを差し入れて、様子を伺うようにした後、早とちりしてほっと息をつきかけて、ぞおっと血の気が引いて慌てて頭を引っ込めた。髪の毛一筋ほどの間を開けて、鼻先をびゅんと鋼鉄の棒の先が通過した。

「そこのトリ頭が二時間も前から君と一緒に出かけてるっていうのにどうして僕がまだ起きてないなんて思うわけ」

 一息が、とても長い。良くない兆候だった。足音もなく、気配もなく、真っ暗な屋内でいつの間にか玄関先まで来ていた、真っ黒い着流しの男が、薄い唇をきゅっとへの字に結んで、トンファーを構えて立っていた。

「雲雀さん、お、おはようございます」

 雲雀という名のこの男も、綱吉の式神だ。鳥の名を名乗っておきながらタニグクと呼ばれるひきがえるの化生で、梟の骸と同じ夜行性で、しかし当然、寒さにはすこぶる弱い。かえるは冬眠する動物だ。

 それでも以前は、こんなの何でもない、と意地をはる雲雀のプライドを尊重して、綱吉も冬の屋外の仕事にも雲雀を伴っていた。けれども数年前、寒さに凍えた雲雀が夜の雑居ビルの屋上から足を滑らせ転落してからは、雲雀が何と言って暴れようが、怒ろうが、拗ねようが、泣こうが、気温が10℃を下回れば絶対に外には連れ出さなくなった。

 雲雀も、寒さをおして出かけたところで、足手まといにしかならないのは良くわかっているのだったが、だからと言ってはいそうですかと簡単には引き下がれない性格だったし、綱吉に置いて行かれたらば、苛立ちを隠したりはできない気性なのだ。

 あとはもう、綱吉がひたすら機嫌を取るしかない。

「雲雀さん、入れてくださいよお、オレもう凍えそうで」
「僕を置いて行くくらいだから、そりゃあさぞかし寒かったんだろうね」

 とても式神と主人とは思えぬ態度で、綱吉がへにゃりと崩れた情けない顔をし、下手に出れば、雲雀も一応は、自分が通らないわがままで駄々をこねているとわかっているので、口調こそとげとげしいがすぐに武器をおろしてからからと玄関を開いた。

 これは冬の恒例行事のようなもので、骸などはくだらないと嘲笑すら浮かべているものの、ここで余計な口を挟めば雲雀の機嫌を余計にこじらせて、ひいては脆弱な人間風情であるところのあるじ、沢田綱吉が玄関先で風邪を引き込むことにもなりかねないので、そのくらいの分別はあって、賢明にも口を閉ざして一連のやり取りをばかばかしそうに見守っていた。

 一人暮らしの自分の家に、多大な苦労を支払って中に入ってみれば、狭くて古いながらも居心地のいい居間のストーブは赤々と、乗せられたやかんは真っ白い湯気を噴出して、昭和そのもののタイル張りの風呂は熱々に沸いているというのだから、綱吉が、ツンデレ二人目、と内心で思ってしまったところで罪はない。

「雲雀さん、風呂、いっしょに入りませんか?」

 ダメ押しとばかり、夕方に起き出してから入浴する習慣のある雲雀に、そう声を掛ければ、ほんのりと頬を染めてぷいと横を向き、しかたがないから一緒につかってあげる、と返ってきて、ご機嫌取りは完了だ。

 室内に入った時点で骸はとっくに姿を消していた。骸も雲雀も、綱吉の実力には見合わないほど力のある妖で、その通りに態度もでかいから、従えているというつもりなどまったくない。それでも、口ではなんやかやとうるさいことを言いながら、この二匹の妖はあれこれと綱吉の世話をやいてくれた。

「ほら、こっちに貸しな、君はいつまでたっても衣の扱いがうまくならない」

 ばさばさとみっともなく直衣を脱ぐと、見かねた雲雀が綺麗にしわを伸ばして衣紋掛けに掛けた。

 綱吉がこの平成の世に平安貴族のような装束を着込んでいるのは、何らかのこだわりがあるわけではなくて、ただのはったりだ。神社に住んでいるのも、実家の自室とは別に仕事の事務所を持ちたい、独立したい、と考えていた時に、たまたまこの古い神社を管理しないかという話をもらってありがたく受けただけのことだった。14の時に妖怪退治を始め、高校を卒業してからは生業としているが、神道どころか、いままでに特定の宗教を信仰したことはない。そもそもが、綱吉の、妖怪退治屋沢田家の家系はさかのぼればイタリアのマフィアに行き着く変り種だ。

 その所為かどうかは定かでないが、綱吉は非常に色素が薄く、色白の肌に、母譲りのどんぐり眼は琥珀色、染めた茶髪と間違われることもあるふんわりした髪、親しみやすさはあるかもしれないが、退治屋の貫禄というものには程遠かった。妖怪退治屋です、と現れた、少年から青年への過渡期にあった綱吉を見て、この話はなかったことに、とそそくさと依頼人に帰られたことも一度や二度ではない。それが、直衣を着て仕事をするようになり住所が並盛神社になっている名刺を作れば、それなりに繁盛しだしたのだから、この商売、はったりがいかに大事なものかわかろうものである。

 ほとんど雲雀に脱がせてもらって装束を解き、裸になって風呂場の扉を開ければ、むわりと幸せな湯気が視界を奪った。瑠璃のような深い青のタイルはひんやりと冷たかったけれど、熱いお湯を身体に掛ければじんわりと染みた。雲雀にも掛けてやった。

「熱くないですか?」
「うん、はやく入ろう」

 シャワーなどないものだから、浴槽から手桶で湯をすくい、簡単に汚れをおとす。雲雀がどこからかわざわざ取り寄せた、こだわりの(職人は人間ではないらしい)檜の手桶は、入浴剤などなくても浴室中に良い香りを漂わせた。昭和な見た目を裏切らない浴室は機能的にも昭和で、湯を使おうと思ったら毎日浴槽に水を張ってから沸かさなければいけなかった。ただ、頼んでいるわけでもないのに、雲雀か骸かはたまた別の面々か、いずれかの式神の手で綱吉が入浴しようと思う頃合には入り頃になっていることが多かった。

 浴槽につかり、夜風に冷え切った身体の芯まで熱が染み渡れば、うああ、と低い唸り声が出た。

「やめなよね、年寄りじみてる」

 なめらかな肌をぴたりと寄せて、綱吉を抱え込むようにした雲雀は、程よく発達した骨格と筋肉、浴室に反響する低い声、短い黒髪から覗く切れ長の眼、それら容姿の成熟した大人の男の印象に反して、ずいぶんと子供っぽい。

 身体の成長に、精神の成長が追いついていない。
 それも無理もない話だ。

 もともと、タニグク、ひきがえるの一族は、醜い容姿で泥の中を這い回るのを運命付けられたかわり、そうやって這い回った地面の全てを、この地上の世界の全てを知り尽くし、人間も含め他の種族は知ることのない、黄泉路、地の底の、死者の国へと辿る道の入り口の場所をも知るものたちだ。

 転じて、力を得て妖となれば、黄泉の国への門番、黄泉路の案内人を務め、此岸と彼岸を行き来しながら人知を超えた永い永い時を過ごす。

 そのうえ、雲雀が、ひきがえるでありながら、空を舞うもの、雲雀の名で呼ばれているのは伊達や酔狂ではない。タニグクの中では異例の強さ、空を舞うように武器を扱い、その姿は美しい。いつの間にやら、ひきがえるの棲む田から空へ飛び立ち高らかに歌う、鳥の名で呼ばれるようになっていた、と雲雀が従える下級妖怪達は語った。妖怪にとって力と寿命は直結するものだ。

 綱吉が、雲雀と出会って、戦い、まぐれのような形で勝利して、なんとか式神におさまってもらったのは、十四の時だ。雲雀は綱吉の最初の式神だ。そのときには、雲雀は、綱吉と同じ年頃の少年の姿だった。綱吉と出会う前に、すでにただのひきがえるから妖となって百年ほどは経過していたようだったが、タニグクの生きる時間を考えれば、綱吉が死ぬまでだってそのままの容姿でいたっておかしくはなかったのだ。

 いつから、それとも出合った時からだったのか。雲雀はあっけなく自分を屈服させた、頼りない見た目の小動物に執着したし、綱吉も自分にはない攻撃的な強さを持つ、凛とした雲雀を求めた。綱吉と雲雀が、あるじと式神としてではなく、ただ伴侶としてともに生きることを望んだときから、雲雀は人間の儚さと同じ速度で成長を始めた。

 妖怪は人間とは違い、物質よりも精神に強く依存する生き物だ。だから骸が好きに羽を生やして空を舞うように、姿を変えることもできる。
 綱吉も最初は、雲雀が見た目だけを綱吉に合わせて変えているのだと思っていた。
 鈍い綱吉でも、数年もあれば勘違いに気づくのは簡単だった。髪が伸びた。爪が伸びた。風呂に入れば垢が出た。雲雀は本当に、綱吉と同じ速度で成長、つまり老化していたのだ。

 本来なら千年だって生きられる雲雀は、本当に、綱吉とともに生きることを、死ぬことを、心から望んでいる。

 だから綱吉は、雲雀の心と身体の釣り合いがうまくとれていないことを実感するたびに、ぎゅっと心臓が痛くなって、とても幸せで、少しだけ悲しくて、結局切なくなって泣きそうになってしまう。今のような、些細なことでも。

「…………、」

 肩同士で触れ合っていた身体を捩って、綱吉は正面から雲雀の身体に腕を回してぎゅっと抱きついた。いまさら全裸に照れる関係でもない。何も言わず、すぐに雲雀の腕が綱吉の背を抱き返すから、動悸はすぐに落ち着いて、切なさは甘いものへと変わった。

「こんなに身体を冷やして、収穫は何もなかったの」

 しばらく無言で肌を寄せ合っていたけれど、ふと、雲雀がからかうように訊いた。綱吉が突然甘えるように抱きついたのを、寒さと、調査が空振りだった精神的な疲労の所為と思ったらしかった。綱吉は、こて、と首を倒して、雲雀の肩に頬をつけた。

「収穫というか……、……そう、確かに「何もない」んです、空気は澄んで、妖しい影もない、平和な夜で。……けど、やっぱり、何かが、ある。あるはずなのに、ない、それが不気味で……嫌な予感が、するんです」

 間違いなくなにかが起こっている、それなのに、綱吉には全く異常を感知できないということは、その異変を起こそうとしている相手は、綱吉よりもずっとうわてなのだろう。

「あのトリは、」

 雲雀は骸を蛇蝎の如く嫌っているが、その実力は認めている。骸もオレと同意見で、と言葉は少なめに答えれば、ふん、と鼻を鳴らされた。「何か」をしようとしている何者かが、この街に、人に、妖に、何か危害を加えるつもりなのか、それはわからない。もしかしたら、綱吉たちには何の不都合もないことが起こるだけかもしれない。けれど、そんなわけはない、と予感がした。いま、起ころうとしていることは、何かとても、悪いことだ。綱吉の予感は、悪いものほどはずれない。

 ぞくり、と悪寒が背筋を駆け抜け、熱い湯に浸かってぽかぽかと温まりはじめた身体がまた、しん、と冷えた。一瞬の小さな震えを見逃さずに、雲雀が綱吉の背を抱く力が強くなった。

 守る、なんて、おこがましいほど雲雀は強い。けれど、守りたい。
 妖怪退治を無理矢理始めさせられた十四の頃、綱吉は怠惰で卑怯で弱虫な子供だった。大人になって何とか独立した今でも、怠惰で卑怯で弱虫な子供は心の奥から時折、顔を出す。それでも、この並盛の町を包む不気味な予感、そのものよりも、それが綱吉の大事なものたちに災厄をもたらすかもしれない、ということが、いま一番、怖い。

「……髪を洗ってあげる。君の布団はもう敷いてあるし、湯たんぽも作って入れておいた。風呂を出たら、冷めないうちに、今夜はもう眠るんだね。君が心配することは何もない、眠っている間、この並盛神社には、危険なものなんて何も入れない。僕が、咬み殺してあげる」

 優しく低い、大人の声で、雲雀が囁いた。綱吉はたまらず、一度、ぎゅっと強くまぶたを下ろした。


 風呂から上がり、せっかく温まった身体を隙間風の吹く古い家屋の板張りの廊下で冷やさぬようにと、雲雀とともに小走りで駆け抜けようとした綱吉は、うわっ、と思わず悲鳴を上げた。廊下の角、白熱球の明かりが届かぬ暗がりに、腕を組んだ骸が立っていた。

「お、おどかすなよ、」

 骸は普段、綱吉と雲雀が風呂に入る頃から、この社務所、もしくは本殿、自分の配下とともにこの神社の敷地内のどこかにはいるが、姿は見せなくなる。綱吉と雲雀が住居内でところかまわずいちゃつくからだ。それが一旦姿を消した後で二人の風呂上りにまた現れるなど本当に稀なことだったから、余計に驚いたのだった。

「……これが、新聞受けに入っていました。僕らが帰って来た時にはなかったから、本当にたった今だ。君はもちろん、僕も、そこのカエルも、ここの式神は誰も、これを配達したものを感知できなかった」

 これ以上もない渋面を作り、そんな芝居がかった様子とは裏腹にかなり緊迫して、骸は暗闇から腕を伸ばしてきた。綱吉はおそるおそる手を出し、それを受け取った。

「花……?」

 純白の洋紙に花がレリーフ状に型押しされた、ひと目で高級品とわかる封筒には、それに不似合いな安っぽい油性ボールペンの筆跡で『 綱吉クンへ 』と宛名が書かれていて、造花の白い蘭が一輪、添えられていた。封筒を受け取った瞬間、確かに「何か悪いもの」を感じて鳥肌が立った。それでもなんとか、封もされていない封筒を開き、中のカードを取り出した。

『 お近づきのしるしに♪ 』

 幾種類もの花が咲き乱れる優雅なカード、宛名と同じ筆跡、同じボールペンを使ったふざけた文字列を見たとき、情けない話だが綱吉は総毛だった。それほどの悪寒がした。骸と雲雀、式神達がそれぞれ両側から、手元を覗き込んだ。

「どう考えても、……宣戦布告だ」

 骸の呟きに、雲雀からの反論は上がらなかった。綱吉自身からも。確かに何か、何かとても良くないことが起こっていて、綱吉はそれから逃げられない。このカードを寄越した存在も、その目的も、何をしようとしているかも、今はまったくわからなかったが、それだけがよく、わかった。

「白い、蘭、」

 手の中で、枯れることのない作り物の美しさが、僅かな明かりに照らされて禍々しく咲き誇っていた。左右に立つ、雲雀と骸を見た。彼らを、彼らと、大事なものたちを守るためなら、

(オレは、なんでもする。)

 硬く拳を作った姿は、信仰する神を持たない綱吉だったけれど、どこか祈りの姿に似ていた。







手持ちのネタの中からヒキガエルの雲雀さんとシマヘビの沢田さんの話をアレンジして書かせていただきました。
沢田家(ボンゴレ)の設定を考えるのが楽しかったです。
リクエストありがとうございました。
2013年1月17日