夜の並盛中学校は生徒達のざわめきもなく、しんと静まり返っていた。照明は落とされ、非常口を示す緑色のわずかな明りがぼんやりと窓を光らせていた。そんな校舎内で唯一、皓々と明りが灯っている並中風紀委員の根城、応接室で、柔らかな胸を覆うサラシに自ら手を掛けた綱吉は涙ぐんでため息をついた。純白のサラシが溶け込んでしまうほどの色白の象牙の肌は常ならばみずみずしい白桃の様にほのかな赤みを差しているはずだったが、今は青ざめて震えていた。
「ねぇ、早くしなよ。いつまで待たせる気?」
少女が肌をさらすにはあまりに頼りない、背の低い綱吉にすら頬の辺りまでの高さしかないついたての向こうでは、この並中の恐怖の象徴、風紀委員長の雲雀恭弥が待ち構えていた。男子用の制服を着て男子生徒として登録されている綱吉が、実は女子であると知られた日から綱吉は雲雀の言うなりだ。彼に呼び出されればいつでも、貧血を起こしそうなほどの緊張に襲われる。
震える手はおぼつかなくてもたもたしていれば、じゃきん、と金属がこすれあう音がした。彼の牙であり爪である、あの恐ろしい仕込みトンファーを構えた音だ。ひっ、と短く息を呑んで、綱吉はぎゅっと目を閉じると一気にサラシをといた。ぱさ、と音ともいえないような音を立てて足元に純白の輪になって落ちた。一日の間、押し潰されたふくらみの間にたまった体臭がふわっと舞い上がった。それがたまらなく恥ずかしく、綱吉は空気へ紛れ込ませるようにわざとばさばさと衣擦れの音をたてた。
「す、すぐ、行きま、す、」
同学年の女生徒とくらべるといささか大きすぎるきらいのある柔らかそうな二つのふくらみが、もたつく綱吉の動きに合わせて、ふやん、たぷん、と揺れるのを片手でぎゅっと押さえて、カバンの前でしゃがみ込んだ。何があっても、これだけは、着けさせてもらわなくては、雲雀の要求に応えることはできない。
綱吉は、クラスメイトに見つからないようにカバンの底に押し込めた、ビニールのパッケージを震える手で掴みさっと取り出すと、
( 中 略 )
靴を履いて、すっかり暗くなった空の下、校門を出た。
綱吉には超直感があったが、それは戦闘に特化した能力で、綱吉と戦う意思、殺気を持ったものにしか働かない。また綱吉も、自分の血が持つ能力以上に、他人の気配を読むことを習得しようと思わなかった。だから、最初から綱吉を拉致するだけの目的で背後から近づく気配に気づくことが出来なかった。
「むっ、う、むーっ!」
背後から突然口を塞がれて、ガムテープを貼られてしまった。抵抗しようと伸ばした手もまとめて拘束されてしまう。
「ボスがお呼びだ、」
だみ声に振り返る。2m近い身長と変なヒゲとピアス。ボス、という単語と隊服でヴァリアーだとわかるが、名前が思い出せない。
(あー、こいつ何て名前だっけ、)
スクアーロは昔から九代目の周辺をうろうろしていたので何とか覚えていたものの、ザンザスとスクアーロ以外のヴァリアーのメンバーはあまり馴染みがないので、聞いたことはあるはずだが記憶には残っていなかった。能力も知らない。けれどとりあえず、ザンザスが呼んでいる、ということは、ザンザスと顔を合わせて何らかの話をするまでは殺されることはないだろう。
「んむぇ、んんーっ、むうう、んーっ!!」
口は塞がれているが気持ちだけは大声で叫んで暴れる。しかし、鼻呼吸で、肩に担がれ頭を下にした状態で興奮したためにすぐ気が遠くなってしまった綱吉は、だらんと無抵抗で運搬されるはめになった。
並盛で一番格が高いと言われているホテルの最上階スイートルーム。話を聞く限り、ヴァリアーの連中というのは血気盛んなばかりで、暗殺集団と名乗っておきながらお前ら隠れる気あるのかと言いたくなる逸話ばかりが残っていたが、さすがにガムテープだらけの子供を担いだまま高級ホテルのフロントを通る非常識は持ち合わせていなかったらしく、近くの裏路地で拘束を解かれ、騒げば殺す、と脅されながらエレベーターに乗せられた。
任務完了、と変なヒゲの男が扉を開けると、今度は奥からモヒカンのオカマ(もちろんこいつの名前も覚えていなかった)が出てきて、待ってたわよぉ〜ん、とやっぱり担ぎ上げられた。そのまま浴室まで連れて行かれ、なみなみと湯を湛えた泡風呂の中に頭から叩き込まれた。
「ぶはっ、げほっ、いっ、いきなり何すんだよ!」
浴槽の底で頭をぶつけ、鼻から湯を飲んでしまう。拘束を解かれ肩から下ろされて、やっと意識朦朧の状態から復帰した直後の暴挙に勢い込んで抗議したが、モヒカンは「あらあら野蛮ねぇ」と取り合わない。
「ボスの前にそんなみすぼらしいカッコで出せるわけないでしょっ」
厚手のパーカーが湯を吸って重いし、濡れた布が肌にまとわりつく感触が気持ち悪い。全身にある傷に泡風呂の湯がちくちくと沁みる。びしゃ、と冷たい液体を頭に掛けられた。シャンプーだ。むせ返るような薔薇の香りがする。わしゃわしゃと髪を洗う手つきは丁寧だったが、何人もの人間を殺めてきた手だ。頭と首という命に直結する場所を人質に取られて大人しくせざるを得ない。
「ちょっと、何でこんなにゴワゴワなのよ!普段どんなお手入れしてるの!?」
野太い声のオネエ口調が広い浴室にわんわんと反響する。手入れなんて、シャンプーで洗ったらタオルで拭いて終りだ。綱吉は「男」だったのだから。何かクリームのようなものをたっぷりつけた髪にタオルを巻かれて、それで終りかと思えばいきなりパーカーを破かれた。
「ぎゃああああ何なのお前ら!人の服駄目にするのが趣味なの!?」
買ったばかりだったことも地味にショックだ。濡れた厚手のスウェット地を素手で破るとかどんな怪力だよ、と悪態をつきながら胸を手で覆った。何よオンナの身体になんて興味ないわよォ!と泡立てたスポンジを持ったオカマが迫ってくるのに戦慄した。興味があって触られるのは当然嫌だが、そもそも他人に身体を触られること自体が御免被りたい。
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